元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
魔族の民は、総勢百名近くにのぼった。彼らは元来群れる習性はなく、魔王の権能により支配に置かれたのち、俺たちを殺す駒として使われ続けた。魔力で構成された個は、親も、家族もいない。――そもそも、子を為すという概念も、何一つない。魂の存在すら、彼らにとってはあやふやなものだった。ただこの世に、何も持たず生まれてきた。
絶望的な、果てまで存在する孤独。それなのに、心なんていう不確かなものだけを寄る辺に、これまで生きてきたのだという。
俺には到底想像できないし、きっと納得できない。祝福されぬ存在。そんなものになり果てれば。俺たちは、何をもって自分を自分だと信じられるのだろう。
仲間は、人間に見つかれば当然殺される。俺たちからすれば当然の理も、連続性のない彼らからすれば理解できないものだ。
俺が魔族の存在を世に示し、大陸大会議において魔族の処遇について問うた時。教会の連中も、王国の人間も。魔法使いでさえ、難色を示した。
「……アンタの言う通りなら、魔族の言う『心』はまやかしよ。自然界のマナが特定の性質を帯びただけの、人間や動物種の模倣的魔力にすぎない。――もし、魔族に精神と呼べるものが宿るなら。何かを依り代にしているはずよ」
エリザベートは、魔族を極めて慎重に扱うべきと言った。自然界の魔力災害でしかない存在は、早々に駆除すべきであると。
「魔族は肉体を持たぬ呪われた種族。認めるわけにはいかん」
教会の主流派はそう言って色めき立った。聖女の知り合いだという司書長だけが、冷淡な反応を示した。条件付きで認めるという意味では、彼らに譲歩しているだろう。
「信仰を誓い、神に背かぬ限りはどうでもいい」
「シュガーアンセム!!! 貴様、教えをなんだと思っているのだ」
「魔族に関しての条項はあくまで星光議会の暫定議定書の議決よね。……魔王が滅びるまでという、但し書き付きの。それ以外の例外を示してもらえるかしら」
「……三百年前の神学者、ディアポッテがかつて魔族は異端という学説を示していた!」
「あら、ディアポッテはまさに『異端中の異端』認定だったと思うけど」
くだらない宗教論争は後にしろ。そういいたいくらい、何人もの学者が司書長にかみついていた。司書長も途中からめんどくさくなったらしく、積極的に肯定する気はないと譲歩を示したほどだ。
だが、俺は。不思議なことに、敵対した魔族の存在を認めてやってもよいのではないか。そう、感じた。シュガーアンセムは、不機嫌そうに言い放った。
「旧時代のテキストの解読が進んでいるわ。自然の力……魔力が固まり、一定の情緒や存在を示すものを、地神と呼んでいた。旧時代の神々は天星の権能を与え、地神は大地の力を与えた。権能については良く伝わっているけれど、大地の力については……まるで分らないわ」
大地に属する力。俺とエリザベートは、思わず顔を見合わせた。確か、戦士がアリアにかけてもらったという最後の力は、大地の加護だった。
「大地の加護は、奇跡に属する力だろう? アリアが魔王戦でその属性加護を操っていたが」
俺の疑問に、ドロシーは一瞬だけ驚いたような顔をして、皮肉気に口をゆがめた。
「私が、どれだけ時間を費やしてここまで来たと思っているのかしら、あの子は……」
……何となく察した。あまり、深く言及しない方がよさそうだ。そういえば、魔族や魔物が住み着いた古びた神殿の石板を熱心に見つめては、手帳に何やら写していた気がする。
手帳は、最終決戦前にアリアが燃やした。彼女いわく、天才はノートの秘密を燃やすことで隠蔽するらしい。由来は分からない。何か、信仰に属することなのかもしれない。
「……魔族が何か害をもたらしたときは、その時こそ俺が皆殺しにするさ。それで、文句はないだろう」
「――そこまで言うなら、アタシだって文句はないわ」
「…………教会は貴族の判断を尊重する。だが、魔族の教会への立ち入りは認めん。聖霊結界は、依然として魔族どもを拒んでいる」
……聖霊結界の条件を変更できる存在は、アリアだけだ。
もし、アリアがこの会議に参加していたなら。「いいんじゃないですか?」と。言っていたと思うのは。俺の願望だろうか。
だが。それでも。魔族たちが、俺をすがるように見ていた。あの目は。間違いなく。守るべき弱者の目だった。
魔族は、例外騎士、
魔族の長であり、戦士長を名乗るクーガーに、俺は礼を受けた。
薄く青みがかった肌の色の男は、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
「勇者に救われる日が来るとはな。――本当に、ありがとう」
だが、俺は。俺たちは、知らなかった。否、知ろうとしなかった。
世界も、人間も、魔族も、貴族も王も皇帝も。皆が皆、それぞれの意志と判断を有しており。それは、必ずしも物事を良い方向に運ぶわけではないということを。
結局のところ。俺も、エリザベートもまだまだガキで、何一つ。わからなかったんだ。
目を覚ますと、ベッドの上だった。飛び起きようとして、体に痛みがないことに少しだけ驚く。
「……傷がない。ついに奇跡が使えるようになったのでしょうか。神に感謝ですね」
当然の結果ですね。とありもしない眼鏡をくいっと上げる。
「わ、た、し、が。治してやったんだよ、リリーナ・アリア・ハミングバード」
「うわぁっ、陰険魔法使い……じゃなかった、シシ……でもないな、団長!」
「陰険魔法使いだぁ?」
眦が吊り上がるシシィ。そんなキレないで。さっきげろ吐かされたからつい……。
「言わなかったか、友達じゃないって。――私がお前に何を言われても怒らないと思っているのか? 礼儀作法はハミングバードに置いてきたのか? そろそろ死ぬか? 小娘」
「――ごめんなさい、でも、ついうっかり……」
「わざとじゃないなら許されるとか、無いからな」
親友の正論が痛い! 頭を下げる。
「失礼いたしました。……以後気を付けます」
「お前が以後気を付けるようには思えんが……まあいい。クソ、こんなのが筆頭騎士とはな……」
「――へ? ひっとうきし?」
何か、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。……頭を必死に回転させて、答えを導き出す。――まて、ひょっとして、そういうことか?
「お前たちだけだった、あのゴーレムをたお――」
「そんな、落ち込まないでくださいよ団長!」
「……は?」
私は、シシィの肩をぽんとたたいてサムズアップする。ばっちりウインクもしてあげる。
「大丈夫です。
「――べらべら、ずいぶんと口が回るな。そうか、ハミングバードの魔法は舌先三寸で私を煽り立てる魔法だったのか。……それとも、お前の固有魔法か? いずれにせよそれを遺言にするつもりか?」
突然の暴言に、仰天する。不気味な魔力に布団から飛び上がり、枕を頭にのせて縮こまる。
「そんなっ! 敗北の腹いせに、私を亡き者にしようと? そんなっ、ただでは死にませんよシシィ……あっ」
「――――前から思っていたんだが、なんでお前がアリアと同じ呼び方をするんだ」
「……あはは……なんでなんでしょうね――」
やってしまった気がする。てか、前から? 確かに何度かミスった気はするが……。だが、鈍いシシィのことだ。魔法以外に関心はないだろうと高を括っていたのがまずかったか。
目をそらして、だらだらと冷や汗をかく。
そんな私を睨みつけながら、シシィがぶつぶつつぶやき始める。怖すぎ。
「……いや、ありえない。他人の空似としか……第一、魔力がここまで強力な女じゃなかった……だが、でも、ここまでのバカが二人といるはずがない……」
「バカじゃないですけど!?」
「バカだよ、少なくともお前は」
「そんなぁ」
「……いや。お前がアリアだと決まったわけじゃない」
「リリーナ・アリア・ハミングバードなので、アリアではあるんですけどぉ、なんつって……」
「だが、確かめる術がないこともない」
シシィは、ローブから一つの輝きを取りだした。星の輝きを模した聖なる道具。私が宿屋において忘れたとき、平然と予備を取り出したのは。目の前の女だった。
「――ぽ、輝星十字」
「証明してみろ。リリーナ・アリア・ハミングバード。……聖女の奇跡を、誰でも起こせるといったな。……使ってみろよ、奇跡を」
なんで私は余計なことしか言わないんだろう。バカバカバカバカ! 私の特大ウルトラミラクルバカ! なんて。目の前の現実から逃げようとしても、そうは問屋が卸さないらしい。
投げ渡された十字を掴んで、文句をつける。
「ちょっと! 丁重に扱ってください。……じゃあ、使って見せましょう。――告げる。わたしは、あなた方を裁かない。あなた方を裁くものは、あなた方自身である。わたしは、正しく裁くものであることを望んでいる。あなた方が、悪しく裁くものであるならば、はっきりと、悪しく裁いたこともまた、裁かれるであろう。その時、天秤を蔑ろにしたことを思い出しなさい。駝鳥の羽の冠を戴き、空の星を掴むもの。それこそが、大いなる担い手であり、私そのものであるということを――
輝星十字を中心とした、星の剣。騎士になるならば、剣は必要だろうと思ったので最適なものを用意する。闘気や魔法防御の効果を弱め、女神さまの敵をことごとく切り裂く。……輝きは、信仰心に比例してより強くなる。
月よりもまばゆい剣に、シシィは目を細める。私は、まるで別のことを感じていた。
かなり厳しい。――出力は悪くないというか、いつも通りなのだが。……メモリに空きがない、という感じだ。普段なら光の鎧から回復、嵐に雷なんでもござれという感じだが……かなり残りに余裕がない。これが限界、って感じの出力しか出せない。
……この感じだと、大規模な回復は難しいかもしれないな。完全詠唱でこのレベルしか使えないのか。……信仰が衰えた? 違う。そんなわけはない。何か、他のことに使われているような――。
「聖霊結界か、無意味な力を――っ」
舌打ちする。聞いたことがある。私の心臓は、まだ無駄に脈打っているらしいと。いや、困ります。勝手に動かないでもらえますか。なんか、頭をもいでも動いてる虫みたいで気持ち悪い。
そんなものの維持に、余計なリソースを使うべきではないのだが……どうやら、私の一存で止めたりできるものではなさそうだ。仕方ないと、ため息をついて、奇跡の剣を解除する。
十字架を手渡して、肩をすくめた。
「――見せたとおりです。信仰心さえあれば、女神さまは誰にでも力をお貸しくださる」
「……お前、が。なんで、アリアなんだ」
「…………使えって言うから、使って見せただけですけど。団長。ちょっと、エリザベート様?」
知らんぷりをしていると、――シシィが、しゅんと小さくなって――。その体が、一気に動いた。殺される――死にたくなぁい!
ぎゅ、と抱きしめられていた。昔みたいな、少女のシシィがそこにいた。
「どうしてよ」
「えっと、何がでしょうか」
「どうして、今なのよ。――どうして、アンタが!!!!! 今、私の前にいるのよ……」
もう、何を言っても無駄な感じだろうか。私は、小さくため息をつく。
「シシィ。何も特別なことはありません。いや、少しだけ特別なのですが……あはは」
「何、笑ってるのよ――バカ、ホントバカ!!!」
「……ごめんなさい、シシィ」
今も昔も、シシィは私より背が高い。胸元に、体が押し当てられる。上から、すすり泣く音が。のどの鳴る音が聞こえる。
――――何でだろうね。
アリアの魂の存在を知って、涙を流すあなたを見て。
涙が止まらない。
「ねぇ、シシィ……私に出会えて、よかったですか?」
「ッ、ほんとに、バカ!!! 当たり前!!!!!」
――そっか。