元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
しばらく更新頻度が落ちてしまうかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。
しばらくお互いぐずぐず泣いていた。シシィは落ち着いてから、椅子に逆に座って、背もたれに頬杖をついてこちらをにらんだ。お股を広げちゃって、はしたないんだから。
「……アリア」
「――私はもう、アリアじゃ……いや、いっか。なんですか、シシィ」
もう、シシィが「賢者」であるように。もう、私が「大聖女」ではないように。この十二年は、お互い、別の道を歩んできた。
私はただの、貴族令嬢として。シシィは、国を手のひらに収める賢者として。
きっと、お互いすでに別の人間なんじゃないかなと思う。――例えば、私。
親がいれば。幸福だとか。家族は仲良くすべきとか。そういう幻想が、信じられるような価値観はとっくに掻き消えてしまった。貴族で、衣食が満ち足りていればなんてことはないとか。
飢えを癒せれば。それで満足というわけにはいかないらしい。――なんて、そんな当たり前のこと聖女の前の人生で、ずいぶんかすれて色あせた、ビルが立ち並ぶ灰色の空の下で。とっくに経験済みだったはずなのに。
そして、シシィも。私の死体と、私たちの旅路を利用して。あるいは、自分自身の才覚を存分に利用して。「吐瀉物を拭いた雑巾よりも臭いのが貴族」と言い放っていた女が、貴族の頂点たる王家すら、利用している。
私が知っているシシィなら、そんなことはしない。信念が魔法を作り上げるなら。その信念を曲げたか、或いは――もっと、曲げたくないものがあったか。
「……どうしてたかは、聞かないわ。どうやったのかも、聞かない」
「……なんで?」
「貴族の生活は何となく想像できるし、アンタの魂をどうこうできる存在は――」
黙って、天に指をさしてから、ゆっくりとその指をくちびるに運ぶシシィ。ああ、何もかもお見通しらしい。
「アンタの今回の使命は、アンタ次第なんでしょうね。前がそうだったように」
「――ソウカモシレマセンネ」
前世での私の罪って、何だったんでしょうか? いや、うっすら答えは出ているんですが、私の答えが正しいなら転生なんてもう一回食らうわけがないよなと思います。
でも、シシィに「私の人生って何が間違いだったんでしょう?」って聞くのは、その。すごく気まずいというか……ほら、そんな間違いだらけの人間に、彼女はずいぶん長いこと付き合ってくれたわけだし。忍びないよ、「また」付き合わせるのは。
「……アリアを、アンタが否定するのは、当然だったわけ」
「まぁ。あれが私だって言うのは、さすがに冗談が過ぎますよ」
「――大聖女の偶像は、人心の安定に必要だった。弱虫が英雄であるという事実は、人々にとって恐怖の種をまく。意味が分かるか?」
いや、まあ。わかるけど。勇者がへなちょこだと私も嘲りたくなる。笑わせてもらいますねって感じだ。
私がうなずくと、シシィはあきれたような顔でため息をつく。
「分かってないな」
あれ、私うなずいたよね。私の不服そうな顔を横目に、シシィは言葉を並べた。
「弱虫で、情けない英雄だったなら。……心の弱い人間は、『ひょっとして、自分たちもいつか犠牲にならないといけないんじゃないか』と感じるようになる」
……そうだよ。どれだけ弱い人間でも。価値のない土塊でも。恐怖におびえるだけじゃない。自分のために。あるいは、自分よりも尊いもののために。戦わなければいけない。
それは、当たり前のことだ。自由も、権利も、善も。すべて、同じ根っこから派生した概念であり。――私たちは、私というかつて神の使徒であったものですら。自由に思考し、自由に選択し、自由に行為する。
たとえ奴隷であったとしても、やろうと思えば――何もかも、ひっくりかえせる。
ただ従順じゃない存在だからこそ。天秤をゆるがせ、悪を為せるからこそ、人間の善性は尊いのだ。
正しく、私を伝えるべきだ。私の目線に、シシィは目をそらした。
「いや。事実として、そう感じる人間はたくさんいた。偉大な英雄の庇護下にいたいという願いや、祈りが。アリア信仰という形となり。そして、アタシや勇者。既存の教会はその流れを止め切れていない。せめても、大聖女の史跡をなるべく正しい形でとどめようとした結果が、今の教会が流布している聖典だ」
「……ふぅん」
「もちろん、その編纂には勇者とアタシもかかわった。弱い人間には、心の支えがいる。――市民が、貴族どもが、アンタの偽物を求めたことを。積極的に止めることはしたくなかった」
「ふぅん」
心が、急速に冷えていく。ああ、やっぱり。偽物の私でもいいんだ。私の姿がどう伝わってもいい。むしろ、偽物の方が都合がいい。
勇者や、シシィにとっても。私は、恥ずべき役立たずだった――。
「英雄として称えられるなら、勇者より、戦士より、アタシより、アンタがいい。でも、お前の、
「……は?」
「好きなものは全部独占したかった。魔法も、魔力操作も、希少な魔石も、杖も、魔導書も、素材も。全部、全部よ。――人間で独占するなら、アンタが良い」
「なっ、な~にを言ってるんですかね、賢者様!?」
こここここ、これじゃ、まるで、シシィが、シシィが!? 私のことを――アリアのことを、愛していたみたいじゃないか。
想像してみろ、愛されている自分を――だめだ。浮かばない。愛されているって、どういう状態だ? わからない。さっぱりわからない。
愛される資格のあるものを、人は愛するべきだ。ごみを、糞尿を、役立たずを。そういうものをめでている人間は、異常だ。
「……勇者は、弱虫が英雄で何が悪いって、怒ってたわ。でもね、アタシにとって、アリアの真実にヴェールをかけるのは、絶対すべき行いだったのよ」
ゆっくりと、シシィが立ち上がる。なんですか。やる気ですか?
わ、私は一向にかまわん! かかってこいよ。て、てめぇなんざ怖くねえ! だ、誰がシシィなんか……! 魔法ももう必要ねぇ……また、抱きしめられてしまった。
「んひぃ、耳に息が、くすぐったいですシシィ」
「ん? ごめんなさい。やっぱり、抑えられないわ」
耳元で、囁かれる。ぎゅぅ、と抱きしめられる感覚。――やめて。
心拍が、鼓動が早くなっていく。顔に血が上る。
「ぃゃ、そのぉ、エリザベートさん。団長、賢者様」
「だめよ、だめ。今更リリーナのフリしても、騙されてなんてあげないわ」
吐息たっぷりに、囁かれる。背筋がぞくぞくする。シシィさん、ちょっと。やめて、なんか、変ですよ。
「んっ、や、だから、ちょっと、冷静になりましょう。魔法使いは、いつも沈着冷静、冷静沈着。そういうものでしょ?」
「アタシはね、アリア。――ほんとは、アンタが勇者や戦士に知られるのだって――フフフ。ハミングバード、ねぇ。アリア。いや、リリーナでも別にいいわよ」
シシィの指が、つうと私の身体を撫でる。くすぐったい。――なんか、えっちぃんですけど。さっきから! てめぇ! 若作りババア! 未成年相手に、アラサーが!!! PTAとBPO、ついでにCIAとかKGBとかも黙っちゃねぇぞ!?!?
や、やめろぉ! くすぐったい、ホントにやめて!
「アタシのためだけに啼く、鳥にしちゃおうかしら。鳥かごにアンタを閉じ込めて、二度と、危ないところになんて行かさないで。アタシと一緒に、王宮の奥で暮らすの。勇者にも、戦士にも、シュガーアンセムにもあんたのことは内緒。アタシは老いを遠ざける魔法があるから。一生、二人で、誰にも邪魔されない国に生きましょう? なんて。――二度と、アンタを失いたくないから、そんなことはできないわね」
「し、しぃ?」
シシィは、突然体を遠ざけた。目からは、一筋の涙がこぼれていた。シシィは、泣き虫になった。私が、シシィをそうしてしまったらしいということだけは、よくわかった。
そして、なんでだろう。その泣き顔をすごくきれいだと思った。
時間を切り取って、保存できるなら。この瞬間がいいと。そう、思えるくらいに。
「冗談よ。アンタは、鳥かごの中で大人しくできる鳥じゃない。ハミングバードなんて、名ばかりね。ひとたび地上で生きれば、その輝きを誰もが道しるべにする
「……買いかぶりすぎですよ。十二年間、鳥籠の中にいました。よく、わかりましたよ」
星を見るか。泥を見るか。そういう話がある。私は、前世で。星を確かに見た。そして、あの家で。泥しか見ていない。私がもし、誰かの導となったなら。それは。
「私が輝いているんじゃなくて、私なんかに輝きを見出した、皆の心が尊かったんですよ」
私に、その尊さはない。他者の悪行に触れる時。ただただ、惜しいと思った。他者の善意に触れる時、当然だと思った。
「アリア――アンタがどう思うかとか。正直、関係ないの。アタシにとって、アンタは。クソみたいな貴族社会の中で生きる上で。変わることのない、輝く星だった。だから、アンタが姿を変えて、形を変えて、それでも。生きていてくれたことが、ただただ嬉しいよ」
そういって、穏やかに笑うシシィを見て。――反射的に、女神さまの言葉が脳裏に浮かんでいた。
貴女は、大きな罪を犯しました。他人の心を理解できず、理解しようとも思わず、大きく人を傷つけた。
あぁ、そうか。そうだとも。でも、そんなことを、認めてしまったら、私は――。
唇をかみしめる。だって、
「ねぇ、シシィ」
「……何よ」
「私、今度こそ強くなりたいです」
「急に、そんなこと。別に、ならなくていいわよ」
ダメだ。それじゃ、バカなアリアのままで終わってしまう。
「今度は、肝心な時に。守られる、弱い聖女じゃなくて。互いを、互いに守れる存在になりたいんです」
「――アタシは、肝心な時にいつも――」
「残念ながら。シシィがどう思おうと、私にはどうでもいいことですから」
言葉を返す。
「頑張るから。シシィが私を大切だって言ってくれるなら、シシィのために私はなんだってできます。ふふ、一方的に仲間を大事にするより、こっちの方がいいかもしれません。――だって、私は、シシィに――」
愛されていたのだから!
ごめんなさい、女神さま。ごめんなさい、シシィ。こんな簡単なことから目を背けて、わからずに、わかろうともせずに。自分の価値を安く見積もって、ごめんなさい。
愛されていたなんて。バカな自惚れを。ありえない幻想を。それでも、信じることを許してくれるなら。
私は、愛されていたという事実を。受け入れないといけない。
だとすれば、あの時命を犠牲にして。失ったものは、私一人の命じゃなかったのだ。アリアは、一人ぼっちで死んだんじゃない。
愛されて、その末路を遂げた。――ああ、それを教えるために、女神さまは。きっと――!
「……シシィ。アリアを愛してくれて、ありがとう。――でも、やっぱり。アリアは死んだんです。私は、リリーナ・アリア・ハミングバード。導には、なれそうもありません」
「……ッ」
「だから、やり直しましょう」
一度ほどけた縁。シシィの中にいまだにいるのがマグナポラリスなら。私は、そんな死体は蹴り飛ばして。貴方の心の場所を占めたい。
こんなエゴを、許してもらいたい。
「私たちは、互いに互いを導きあう、二つで一つの連なり星」
私たちは、互いに、アルベリオの名前を授けあうことにした。二人だけの、秘密の