元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
筆頭騎士が目覚めるのに、数時間。その他の騎士たちは、薄暗い砦の中で叙任式までの時間を待つことになった。
わずかにいらだつ騎士もいれば、例のゴーレムから逃げることしか考えなかった騎士が、リリーナの「健闘」に思わずうなることもあった。
他方で、アリスは別のことを考えていた。
リリーナは、明らかに「戦闘慣れ」している。未発達とはいえ闘気や、魔力による強化を行い、挙句の果てには魔力圧を高める特殊な詠唱を、極めて圧縮した。
元から持っているはずの竜鱗気で、十分ではないのか。そして、自分の引き出しが足りないと見るや否やすぐに手を引いて別の手を考える柔軟性。すべてが、明らかに年下の――子供のやり口ではない。そして、魔力圧を高める詠唱や、相手を分析する魔法。貴族らしくない、狡猾な魔法だ。どちらかというと、魔法使い崩れの、誇りを持たない傭兵の類が好む魔法。
――アリスの相伝(といっても、二代しか継承されていないまだまだ固有と言えるほどに歴史の浅い魔法である)でも、ゴーレムを仕留めることはできた。もちろん、大きな代償を払う恐ろしい魔法だ。おいそれと使う気はなかったが、自分以外の騎士が死ねば、それを披露するつもりはあった。
結局のところ、アリスにとってミシェルもルイもリリーナもパックスも、騎士になるためにたまたま同じ馬車に乗っただけの他人でしかない。親切にしてやってもいいが、一蓮托生とするつもりはまるでなかった。――だが、一番年下の少女が、そんな打算を消し飛ばした。
「こんなに優しくしてもらったのは、生まれて初めてです」
やめてくれ。優しくなんてしていない。――こんな、当たり前のことを優しさだなんて言うような暮らししか、伯爵家の人間がしていないのか? それも、貴族の斬撃を無力化できるほどの奇天烈な魔力性質と、固有魔法を持つ「才覚」が?
貴族として、ハミングバードの当主は二流どころか、三流と言わざるを得ないだろう。ドラグスケイルの血が今の王国でどれだけきな臭い意味を持っていようと、それでも優れた魔法使いであることが、歴代最強クラスの賢者に高く評価される可能性があるではないか。
――才能を愛され、才能を育てられ、器を満たすための研鑽を摘んできたアリスにとって。ハミングバードが理解できなかった。
そして、ゴーレムを見て、策なく突っ込むミシェルや、豆鉄砲を飛ばすパックスとルイに、内心で困惑した。
力がないなら、逃げるしかないだろうに。
そして、リリーナが吹っ飛ばされながら、戦う意志をしぼませないのをみて。理解ができなかった。
こいつらがバカなせいで。私も戦わざるを得ないじゃないか。――……賢者の前でも、奥義を晒したくはない。アリスの魔法は、アリスにとっては自身の存在意義そのものなのだから。
そう思って二の足を踏んでいると、リリーナが強烈な魔法を示した。
今あるすべてを使い、敵を滅ぼす。
そういう、強烈な意志。――リリーナに、騎士として比肩する日は来ないだろう。
打算にまみれた自身では、勝ちようのない相手だと。アリスは、理解らされた。
「――たはは、死ぬかと思いましたね」
散々待った挙句、けろっとした顔でやってきたリリーナを見て、何故だろう。ひっぱたきたくなるような衝動にかられながら、アリスは笑った。
「その様子だと、ケガはもう大丈夫なのかしら」
心配した。もうあんな真似はやめろ。そう言いたくなって、そう言う資格が、自分にあるのかわからなくなって。アリスは、リリーナを見てあいまいに笑うしかなかった。
ミシェルが、矢のように飛んで、リリーナに抱き着いた。
「心配したんですよ、リリーナ!!!」
「おっとっと……ふふん、私は無敵です。賢者のゴーレムごときで死んでたまるかって感じです」
平然と大口をたたく姿にぎょっとして……リリーナの後ろの気配に、寒気を覚える。
「……サシで戦ったら、どっちに分があったか。わかっていないわけではあるまいな」
「――シシ……賢者様。ちょっとくらい、強がってもいいじゃないですか。次はもうちょっとかたい岩人形を作れば、そういう遠吠えをしなくても済むんじゃないですか」
「……ちょっとこっちにこい、リリーナ・――アリア・ハミングバード」
「あはは、呼ばれてしまいました。それでは、また!」
私とシシィの関係は内緒。それは私の希望であり、シシィの同意するところでもあった。つまり、私はリリーナとして生きる肚を決めた(それはとっくの昔に決めたことでもある。改めて、決意したとでもいうべきか)。
シシィは、勇者と仲が悪いらしい。考えの違い、から少しすれ違っているとか。シシィは複雑そうな顔をしていた。多分、本当は仲直りできるんじゃないかなーと個人的には思う。一つのきっかけで仲が悪くなったのなら、新しいきっかけを作りさえすれば案外どうにかなるものである。戦士は、南方の覇王とやらを討伐しに行くといって、それっきりだとか。聞けば、南方の覇王はいまだに支配者として君臨しているらしいから、死んでしまった可能性もあるとか。
一番死ななそうな男だけどね、戦士。勇者とは別ベクトルで化け物というか……勇者は才気に満ち溢れた、強さを感じるけど、戦士は何というか。暴力? 獣? そういう感じというか……なんか、あんまり対峙するといいことがない気がする。覇王は女神さまの討伐対象にならないんだから、どうせ人間の尺度に収まっているはずだ。そうなれば、戦士に負ける理由はなさそうだが……。
と、それはさておいて。ともかく、シシィは勇者にも戦士にも
ドロシーはどうだろう、と聞いてみると教会の人間もあまり信頼したくはないとのことだった。人間はかわるからね、シシィもちょっぴり変わったけど*1。――ま、いいんじゃないですかね。
私は飲み込むことにした。そして、死闘を共に経験した仲間たちに挨拶をしに行ったのだが……。すぐに、別室に連れ込まれることになった。
「――この、アホ!!!」
「いてっ」
シシィが、私にチョップする。痛い。涙目になりながら抗議する。
「ちょっとぉ、何するんですか!?」
「……まぁ、ゴーレムの件でアタシを煽るのはこの際、死ぬほど不本意だけど認めてあげる。二度はないけど」
「あ、はい」
「アンタは知らないかもしれないけどね、――貴族で、アタシに舐めた口きいた連中は例外なくひどい目に遭ってるのよ」
「……シシィならさもありなんです。バカですね、そいつら」
あはは、と笑う。シシィをバカにするなんて、ひどい連中である。ちらり、とシシィを見ると。すごくおこっていた。
「リリーナ・アリア・ハミングバード。貴族のガキで、舐めた口をたたいたバカの名前なんだけど。ねぇ、アンタとの関係性を公にしないために、アタシはアンタに何をすればいいと思う?」
「――あっ」
リリーナが受ける、衝撃的な折檻とは――。詳細は、CMの後で!
協賛企業、ナシ!!! 自由主義経済ははるか未来の発明でした。
……なんて、現実逃避をしても。無意味な、ひどい状況である。私に突き刺さるのは、視線、視線、視線。私と生死を共にした騎士たちも。
ミシェルは半笑い。アリスは頭を抱え。ルイは顔を真っ赤にしている。……パックスは、……無表情だ。よく見ると、太ももをつねっている。
シシィが、全員の騎士を講堂に集めた。――私は、シシィの声を下に聞く。
「――実のところ、試験で決めるのは覚悟や技量の選別といったところだ。腕が悪いといっても、私がこれより鍛え上げるのだ。ここに集まったすべて、まっとうな騎士にしてやる。安心しろ。――だが、技量に違いがあるのに、同じ鍛錬をしても芸がない。しっかりと、立派な騎士にしてやる。――
いいこと言うね。騎士は、手をたたいて喜んでいる。うんうん。不合格だと思ってたら逆転合格って感じだもんね。
「もちろん、貴様らは見習い。これが出発点であると考えれば――最下位でも、恥じる必要はない。真に恥じるべき……そして、誇るべき筆頭騎士を紹介しよう」
「ん~~~~!!! ん゛ん゛ッ!!!」
私は、うねうねと動き、大声で叫ぶ。が、ダメ。声が出せない。猿ぐつわをかまされているから。私をしばる麻縄が、ゆっくりと下ろされる。天井から少しずつ、私の姿があらわになる。
全身を麻縄で縛られ、ぷらぷらと揺れる。
「――私のゴーレムを打ち破った、恐るべき魔法に、熟練した闘気。素晴らしい才能。そして、何よりも素晴らしいのは――私を前に不遜を吐き捨てる、その傲慢さ。いかにも、愚かな貴族というべきか」
杖で、横っ腹をぐりぐりされる。シシィの魔力が、全身につたわる。抱腹絶倒のこそばゆさを叩き込む魔法。私は、こそばったくて体をうねらせて絶叫する。
「ん゛ん゛ッ~~~~~!?!?!?!?」
「ひぇッ」
「うわ」
「やば」
「いったいどんな拷問を……」
とんでもない拷問だよ! 死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ~~~~!!!! 声が出ない!!! やめろ! こらぁ! ババアてめぇ!?!? やめろ! 死にたくない~~~!!!!
「私のことを愚弄した、特に貴族は例外なく屈辱を与える。貴様らが貴族の子弟であろうと、私は容赦しない。伯爵であろうと、な。誇り高き筆頭であり、
べらべらべらべら。……人が笑い死にしそうだってときに。これで女神さまと再会することになったらどんな顔をすればいいんだ*2。
――賢者が、自身の「駒」を育て上げる他方で。
勇者は、自身を頂点とする戦士団を作り上げ、帝国にて頻発する反乱を鎮圧し続けていた。
戦士は、今も姿を見せない。
聖女は――マグナポラリスで、今なお心臓を動かし続ける。
「――聖女以外、誰もかれもが自分のためだ」
地下に隠された教会で、吐き捨てるようにつぶやくのは、レイブンクレストと呼ばれた貴族であった。彼は、本来ならば輝かしい栄光――聖女と旅をした賢者の下で、己が技術を高め、偉大な騎士となる予定だったのだ。
だが、すべて、打ち砕かれた。何に? ――己の傲慢さに。
しかし、真実は口に苦く。アレクセイは、その過ちを認めようとはしなかった。
「……賢者も、所詮は俗物なのか」
アレクセイは、ひどく落胆していた。からからに干からびた、干物のような男……アンドロマリウス・ネストリウス・クラウドシープが、アレクセイの肩に手を置いた。
「そういうことです。……ですが、希望は闇の中でこそ輝くもの。我等は、聖女の導の下に、ついに新たな『奇跡』を作り上げました」
「……それは、いったい……」
アンドロマリウスは、重厚なローブの中から、石をこすり合わせた、綿毛のようなものを集めて編んだような冠を掲げた。
「各人の持つ信仰を源泉とする力。各人の持つ意志を源泉とする力。各人の持つ理性を源泉とする力。それぞれ、奇跡、闘気、魔法と呼ばれてきました。――すべて、脆い。信仰はもちろん、他の二つより秀でておりますが……聖女が持っていた力。すなわち、『権能』は……それらのどれにもよらない力。聖女がただ在るだけで示された、無謬の絶対。すなわち、存在をよりどころとする力。あるいは、それがあるからこそ、存在できるもの……」
「何が、言いたい」
「我らは、権能を疑似的に再現して見せたのです。この力があれば。聖女の祈りを。聖女の望む世界を。確実に手に入れられるでしょう――」
権能は、魔法とも奇跡とも違う。一つの存在に、一つしか与えられることはない。そして、それを与えることができるのは。古の神々、だけ。そのはずだった。
湖面の月影は、あるいは、人間は。
かつて、神々が結んだ太古の盟約に。触れるべきではない禁忌に、触れようとしていた。
第一章 完!
多分全体の四分の一~五分の一が終わったくらいです。
続きは連続投稿できるよう頑張ります。