元TS聖女の受難 作:脱糞十字騎士
俺たちは、無言で歩いていた。エリザベートのすすり泣く声と、吹きすさぶ冷たい風の音だけがあたりに響いていた。アリアの亡骸を抱え、俺たちは町を目指す。
冷たい亡骸を、順番に抱えて歩く。聖女の亡骸は、不思議と腐敗することはなかった。
出立の日から、明るいのはアリアだけだった。俺も、勇者も、エリザベートも。これから為さなければならないことに危険さと、責任に押しつぶされそうになっている中で、ただ一人屋台で買った串焼きをほおばりながら歩いていた。
「……シシィ、なんでそんな悲壮な雰囲気なんですか? まるでもう二度と帰ってこれないかも、みたいな」
まるで、散歩に行くかのような気軽さで、アリアはエリザベートに声をかける。エリザベートはアリアにあきれながら口を開いた。
「帰ってこれないかもしれないのよ。あんた、陛下の勅令を理解してなかったの?」
「――魔王討伐、ですよね?」
「分かっててその能天気さなのね、アンタ。前々から思ってたけど、つくづくバカよね。で、何食べてるの」
「屋台の串焼きです。二度と王都のは食べられないかもしれないので。……シシィも食べる? ついでに、勇者様と戦士殿も」
思わぬ形で会話が振られる。エリザベートは、不敵に笑った。
「……アタシは要らない。戻ってきて、食べるから」
「じゃあ、俺も」
「……俺もだ」
「あれぇ? なんか、私だけ悲壮感あふれてる感じにされました? 逆だったかもー?」
なんて、腑抜けた会話をしていた二人を思い出す。結局、アリアだけが帰ってこれなかったのだから皮肉な話である。
――王都に帰って、串焼きを食べる気力が残っているだろうか。
「私」が生まれなおして、はや十二年の年月が経った。ん? 俺じゃないのかって? なんかもう、前世も私だったし、どうでもいいかなって。今回男だったらよかったんだけど、フツーに女性として生まれてしまった。てか、別に一人称ってあんま重要じゃないよなと気づいてしまった。大事なのは心の在り方。
今生の私――リリーナ・アリア・ハミングバードは、ハミングバード伯爵家の私生児であり、なんと長女でもある。立場的にやりづらいですね……女神さま、このややこしい立場もまた罰とおっしゃるのですか?
私は当然のように信仰心が高く*1、敬虔な信徒であることを自認していたおかげか、やや教会と折り合いのつかない父上とは馬が合わなくなってしまいました。
父の正妻はなんだか私のことが嫌いみたいで*2、いつも無視されちゃって
もうこのまま修道院に行ってしまえればよかったのだが、教会と関係を作るつもりがマジでないらしく、シスターになることもできない。貴族教育は温情ゆえか為されるのに……もしかして、飼い殺しってやつですか…………?
とはいっても、飼い殺しであることが別に悪いことではない。聖女の時はかけらも上達しなかった魔力操作は貴族のたしなみとして叩き込まれたし、一般的なマナーもだいぶ落とし込んだと思う。今思うと聖女の時の私ってほんとにバッドマナーメイデンだったんだな。反省してまーす。
「……輝星十字さえあればなぁ」
勇者一行で稼ぐ路銀と、その取り分は余りに少なかったし、信仰を高めれば高めるほど効率は高まるのだから輝星十字の質の高低は正直なところ道楽ではあったのだ。
……まぁ、先の魔王討伐から十二年。未だに平和は破られていないのだから、好戦的な考えは捨てるべきだろう。私が戦う理由は、何一つない。正直なところ意外だった。
人間というものはあらゆる世界で、私利私欲のために戦争を繰り返す生き物だ。貴族は特に。この世界の連中も、もれなくそうだったし――私もそうだった。だから、魔王を勇者様が倒した世界の平和がここまで続いていることが。素直にうれしい。
とりとめのない思考をしながら、私室でのんびりしているとノックの音が響いた。
「リリーナお嬢様。当主様がお呼びです」
アンナ。私の側仕えで、お転婆だった私のしりふきを任せられている若き辣腕メイド。私は、当主様からのお呼び出しに思わず顔をしかめた。
「――はいはい。できの悪い長女が行きますよ」
「お嬢様。そんなこと、冗談でもおっしゃらないでください」
「冗談じゃなくて事実でしょ、アンナ。当主の言葉に不平不満を垂れる貴族の恥さらし。自分でもわかってますから」
アンナが、こちらを睨む。
「――屋敷の中で、お嬢様をそのように思う人は一人としていません」
そりゃまぁ、
「はいはい。じゃぁ、行きますか……はぁ」
お父様。嫌いじゃない。私「は」好きだ。私が物心ついて、教育をしていく中で父は私に見切りをつけただろうが。――私は、赤子のころから記憶を持っている。惜しみのない愛を受けたことを、よく覚えている。
その恩を受けてなお、お父様のいうことを素直に聞くことができない。どうしようもないバカな自分に嫌気がさすこともある。貴族としての教育を受けておきながら、その役目を――政治の道具として生きることに反発を覚えてしまう自分がいる。継承権を放棄していることが、救いだろうか。
アンナが、私を父の部屋へと通す。緊張で、少しだけのどが渇く。もう、父は弟や妹にかかりっきりで、多分私は何一つ期待されていないのだろうなということは感じる。
実際に、お父様が私を見る目は。鋭く、冷たい。
「来たか。――リリーナ」
「お久しゅうございます。当主様」
「やめろ、二人きりだ。楽に呼ぶといい」
声を緩めて、ほんのりと笑う。昔はこれに気をよくして、笑っていろいろしゃべっていたが――。貴族として初歩の初歩。おべんちゃらというか、「意外と優しい」と思わせて相手の印象を良くしようとする試みだ。
私はもう政治的交渉相手らしい。まだ十二歳なのに、なんてことを言うつもりはない。目の前にいる伯爵は、わずか八歳で広大な領土を継承し、魔王との戦や王家からの警戒をはねのけた。政治の怪物。
私は、ありのようなものだ。
「……では、お父様。お元気そうで何よりですわ」
「リリーナ。お前の方こそ、ふさぎ込んでいると聞いたが……どうやら、そうでもないらしい」
「あら。冗談を。少し、内省する時間を取っていただけですわ」
私の言葉に、お父様は破顔する。
「ほう。お前が内省、か。ずいぶん面白いことを言うじゃないか」
「――貴族としての務めを。末席を汚しているこの身で、何ができるかを考えておりました」
「ははははは! 知らぬ間に、我が娘はまるで王宮の狸のようなことを言うようになった!」
た、たぬき? 失礼な。私は腹芸なんか何一つできませんけど!
「……だが、そうか。ちょうどいい話だったかもしれんな」
父上が、居住まいをただして私に告げた。
「――――まず、言っておかねばなるまい。お前は、妾の子などではない」
「……はい?」
「お前自身が、増長して家督を争うことを避けるため、あえて
苦しそうに吐き出す父を見て、思わずアンナの方に振り返る。アンナは、ゆっくりと首を縦に振った。つまり。私は――。
「
空を舞う竜と、鱗の家紋。パルテ帝国家の家紋だ。かつて魔王の圧力を受けながら、全面戦争を宣言し最も多くの死人を出した勇猛な国。魔族と、魔獣と戦いぬいた精強なドラグスケイル近衛騎士団は常備軍であり、地上最強。この大陸唯一の常備軍であることを考えれば、皇帝家がどれだけ強力な中央集権体制を整えているかがわかるだろう。
「ああ。魔王が君臨しておったころ、王家と皇帝家は連合の機運が高まっていてな。その第一の試みが、我がハミングバードとドラグスケイルの婚姻だった。だが、大聖女が魔王を討ってから、そういった流れは立ち消えてな。賢者様*3は王国の宮廷魔法使いに、勇者は帝室の騎士団に。大戦士は南方に姿を消した。結果として、各国が持つ戦力は均等になり、王室と皇帝家は
聞き捨てならない部分に、軽く突っ込んでおく。
「…………いや、魔王を倒したのは勇者ですよ」
「何を言っている。大聖女の力で魔王は滅んだ。勇者も賢者様もその点で証言は一致している」
「そうでしたっけ」
「お前はたまに歴史があやふやだな。特に大聖女の旅は」
捏造を私が知ってからもう二年になるが、なかなか正しい歴史というのは伝わらないものである。私が間違えてるんじゃなくて、あなたたちが
私の不満を無視して、お父様は滔々と話を進めた。
「帝国と領地を境にする我々ハミングバードを守るため、スカーレットとの嫡子は隠しておかねばならんかった。お前に、ふさわしい待遇を与えてやれなかったことを、申し訳なく思う」
うーん。いや、別に謝られても……。だって、母様が生きているころのあなたは、私のことをとっても――。ま、いいや。
首を振って、笑う。
「なぜ、今更お伝えくださったのかしら」
「後ろ盾ができた」
「うしろだて?」
「ああ。魔力操作に長けた貴族の子弟が、王宮魔法騎士団に集められることとなった。お前も、招集がかかっている」
思わぬ言葉に、衝撃が走る。後ろ盾という言い方は、かなり嘘だろう。だって、私の血筋をもって領土を望むのは、ある種の外交だろう。
だが、騎士団を結集し、鍛錬を積ませるということは、すなわち。選択は外交にとどまらない。
「ああ。――王室は
「そんな――いえ、失礼いたしました。その争いは、当家に利益をもたらしますか……?」
お父様は、力強くうなずいた。でも、私の関心は別のところにうつっていた。
どうして。シシィがまた、戦争に行かないといけないのだろうか。それに、私は。シシィに合わせる顔がない。
たとえ向こうが知らずとも。私は。あの子の親友のつもりだった。それに、戦争って。
結局人類は、魔王が滅びてもこうして殺しあうのか。村の中で聞いた、童子の泣き声が頭で響く。シシィ。勇者様。……なんで、止めないの? 反対しないの? どういう意図があって、戦争なんかに協力するつもりなの……?
勇者様は言っていた。人民のための剣となると。シシィは、本当は優しくて。誰かを傷つけようなんて思う人じゃなかった。
十二年の歳月は、人をこうも変えるのだろうか。――私も、変わらないとだめなのだろうか。
いろいろなことが起こりすぎて、頭がおかしくなりそうだ。
女神様「こんな複雑な環境に放り出すつもりはなくて……」
天使「え、でも罰って……」