元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです(旧題:元TS聖女の受難) 作:黄金りんね
アタシたちの歩みは遅々としたものだった。帰路は二年かかった。行きが周り道や寄り道をしながら三年だったことを考えると、ずいぶんと重い足取りだったのだろう。
二年のうち、道中で魔獣や魔族の残党と戦うことはあったが、村が魔族に襲われることは不思議となかった。
アリアの結界は死ねば解かれる。おそらくは、彼女の力の残滓が魔族を寄せ付けないのだろう。
彼女は、ヘタレではあったが――女神の執行者の中では、ずば抜けた才覚と力を有していた。女神の啓示を受け、権能を与えられても彼女は権能を振るうことはなかった。
「私はいざという時、をいつも考えてるんです。それにあの力は代償が大きければ大きいほどに力を増します。使えるのに使わない、という選択が力を一層強めるような気がするんです」
でたらめだとすぐにわかった。嘘をつくとき。何かをごまかすとき。彼女の周囲の魔力は、容易く乱れる。きっと、使いたくない理由があるのだろう。そう思っていた。
魔王との戦いで、彼女の権能の行使を初めて見た。
感情は、彼女の死に絶望していたが、理性は。アタシの目は。権能の力を詳細に分析していた。
女神の権能。「
アリアが積極的に使わなかった理由は、のちに判明した。
死体をきれいにしようと思って行使した回復魔法が、弾かれてしまったのだ。残された魔力の残滓を解析して。ああ、そうか。思わず、歯噛みした。奥歯が、砕けそうになる。
意識が蒙昧となるほどの、激しい怒り。
「魔王の傷は、破壊の権能そのもの。射抜かれたものは、遅かれ早かれ存在それ自体を破壊されるのです。見た目を治すことに意味はありません」
「ま、私の死が確定してしまったわけですし、そうですね――」
あの女。
破壊の権能は、事実として存在した。だが、聖女の回復力は破壊の権能による損傷に対処できていた。しかし、アリアはその傷を治さなかった。
魔王を確実に葬るために。
頭が沸騰する。許さない。許せない。
「あはは、命を懸けるなんて。できるわけがないでしょう」
嘘つき。
「――いざとなったら、私はトンズラしますよ。死ななければいくらでもチャンスはあるんですから」
嘘つき。
でも。嘘をついた親友より、許せないのは。
「――ホント、アリアってばびびりなんだから。怖がらなくても、いざというときはアタシが守ってあげるわよ。約束。絶対だよ。だから、泣かないで」
親友との約束一つ守れない。命一つ守れない、みじめで、弱くて、情けなくて、何の力もない。自分自身。
アリアは分かっていたんだ。あの瞬間。あの時以外に、魔王を仕留めるチャンスなんてなかった。アタシたちの攻撃だけじゃ、魔王の無敵に近い身体強化も。破壊の権能も。何一つ、破れやしないって。
だから、あの子は――。
どれだけ、恐ろしい選択だっただろう。あの子は、ターニングポイントでいつも泣いていた。同じ孤児院で育って。私が王都に行くと言ったときは。寂しいと泣いていた。
「シシィは……一人で平気なの? どうして?」
「一人じゃないわ。離れても、心はつながってるから」
「心なんて知らねー。シシィ、お……私の側にいてよ! 役目でしょ!」
「そんな役目はないわよ!」
修道院で修業を積んで、女神からの啓示を受けた時も泣いていた。
「シシィ……どう考えても間違いですよね……ドロシーの方が優秀だし、私はビビりだし……聖女って何? メス堕ちNTRとかするわけ……?」
「メスお……なにそれ、神学の用語か何か? 大丈夫よ、アリアがほんとは優しいの、知ってるんだから」
勇者一行として、魔王を討てと命じられた日の夜は。泣いていなかった。
「このために、生まれてきたのかもしれないと。勅令を受けた時に思いました。魔王を殺すために、この地位と力と、命は授かったのかもしれないって。だから、大丈夫ですよ、シシィ」
……強がりだって思ってた。そんな寂しいことを言わないでほしい。アリアが生まれてきたのは、あなた自身が幸福になるためでしょ? でも。アリアの勇気を否定する気にはなれなくて。一言。強くなったねとしか言えなかった。
今思うと、それがあなたの本音だったのかもしれない。もし、そうなら。天国に行って、ぶん殴ってやる。
なにが、王立魔法学院唯一の平民だ。歴代最高の成績で卒業した、天才だ。莫大な魔力と、無尽蔵の魔法を操る、次世代の大魔法使いだ。
アタシなんか――。
王都の教会で、聖女の葬式が始まる。不思議と腐敗しない彼女の身体は、死したのち大聖女として、教会で保存されるらしい。
保存されるなら傷は望ましくないと、高位の執行者が回復を試みてなお、疵はふさがらない。
勇者や戦士も、その様子を力なく見つめていた。アタシは、ぼんやりとその様子を眺めて――。思わず、立ち上がった。
ふらふらと、幽鬼のようにアリアに近づいて、質素で粗末な衣服を。血まみれの胸の上に、手を当てた。
村々で、不思議と魔族は現れなかった。
とくん、とくん、と。鼓動が、弱いながらにも動いていた。抱えて歩いても、気づかないほど弱く。――だが、そこに魂は存在しなかった。死してなお。あのバカは――。
「結界を守るためだけに――動いているのか」
やってまいりました、懐かしの王都セントレアです。
建国時は辺境の街でしかなかったセントレアは、度重なる領土拡張の中で交易の街として大いに栄え、今では様々な人種や国籍の人間が入り乱れる国際都市である。十二年の間にずいぶんにぎやかになっている。これは都市が栄えたからなのか、十二年前の王都が敗戦ムードだったからなのか。
あんまりそのあたりは意識してなかったなぁ、と考えながら馬車を降りる。関所の手前で、馬車からは降りなければならない。王都の城下町より内側で馬車に乗っていいのは王家だけだ。石畳の上に華麗に着地する。
アンナが、あまりはしゃぐなと小言を飛ばしてくる。まだまだガキなんだから、はしゃがせてくれよ。
「ここが、私の第二の故郷になるんですねぇ」
「お嬢様、ずいぶん気が早いですね」
「まぁまぁ。これから騎士としてそれはもう厳しい鍛錬を積むことになるのだから、前向きに頑張らないと」
私の言葉に、アンナは首をかしげる。
「……魔法騎士と言っても、皆貴族の子弟ですよ。そう厳しい訓練になるとは思えませんが――」
アンナに、ぴしりと指を突き立てる。その発想。あまりにも甘い。甘々だ。
「ありえない。甘々ですわね、アンナさん!」
あのシシィが。面倒見がよすぎるシシィが、騎士団を結成するのだ。彼女の言う「最低限」に達しなければ、当然地獄が待っているのは明らかだ。
城下町へと向かいながら、私はしっかりとシシィについて説明してやる。
「シ……あの英雄、エリザベート・シルバースノウ・ノルトライトは苛烈で、自他に厳しく、他人の甘えを許さず、規律を守れと口うるさく、怠惰や惰弱を嫌い、そのくせ人情を大事にしていて、周囲へのさりげない気配りもできる――でも、普段は財布のひもが固いわりに魔法書やマジックアイテムなんかはこっそり買い集めていて、それを指摘するとそれはもう激しくあたふたしてそんなところが意外な一面な、それはもう恐ろしくもかわいい英雄様なんですから!」
ましてや、勇者様が率いる騎士団と事を構えるつもりなのだろう? ならば、彼女が構築する魔法騎士は単に魔力を操るだけでなく、詠唱破棄や魔法剣、魔力治癒すらも叩き込まれるだろう。もし私が執行者で勇者を倒せというなら、五年分の鍛錬を一週間に詰め込むくらいはしないと勝てないと思う。
勇者はそういう怪物だ。力と名誉と己の研鑽のために、命を燃やしていた。
私の演説を横目に、アンナは冷たかった。
「……そういう吟遊詩人の詩でも聞いたんですか? その情熱を歴史の勉強に費やしてほしかったですけどね、私は」
アンナの呆れ声に目をそらす。目をそらした先に、ずいぶん懐かしいものを見つけた。
「串焼き……」
出立の時に買った、王国の屋台料理。肉の保存を容易にする氷結魔法をシシィが考案してから、塩漬けや燻製は市場から数を減らし、新鮮な魚肉や肉類が出回るようになった。
アンナをちらりと見ると、ため息をつきながらうなずいたので、串焼きを購入して、口いっぱいにほおばる。店主の顔を見てみたが……ごめん、昔すぎて覚えてないや。
だが、この味は確かに、あの時の……!
「ひょっとして、この串焼き。大聖女も買い求めたことがあるのでは?」
「ん、あぁ。ま、誰も信じてはくれないがな」
適当に返す店主。そりゃそうか。いわゆる宣伝文句というやつにうってつけ。みんなそういうことを言うのだろう*1。
一本平らげて、立ち上がると後ろから軽い衝撃があった。振り返ると、私よりやや背の高いお姉さんがぶつかってきたらしい。串焼きを何本か買っているあたり、この人も食いしん坊らしい。どれ、顔を拝んでやるか――。
「あぁ、ごめんなさい――って、どうかした? 見たところ、貴族のようだけど。こんな店で買い食い?」
その後も、なにかペラペラと話していたけれど。私には聞こえなかった。
その立ち振る舞い。その髪色。その顔立ち。すべて、よく覚えている。
「――シ……っ、……エリザベート・シルバースノウ・ノルトライト――」
「……は?」
年齢が、一切変わっていない。十二年の歳月を忘れたかのような、私の親友が。そこに立っていた。
「……王宮に立ち入ったことのある人間しか、アタシの容姿は知らないはずだけど。どうして、知っているのかしら?」
目をそらす。私はあなたのケツの皺の数まで知ってますよ、とか言ったら殺されるだろうか。昔なら殺されていた。今の落ち着いたシシィなら殺されないかも……?
いや、殺される。この女。見たらわかる。全然落ち着いてない奴やん。どーせ儀式に必要な血を求めて戦争とかするんだ。この十二年の間に頭でも打ったのだ。そして、邪悪な魔女へと変貌を遂げた……。かも?
ダメだ。再会できた喜びで思考がまとまらない。
「何にやにやしてるのよ。答えたらどう?」
「――知れたことですね。その練り上げられた魔力。至高の領域に近い。そのレベルの魔力操作を、私は一人しか知りません*2。それが王都にいるなら……おそらく、賢者かそれに類する存在。違いますか?」
「……魔力偽装は、一応してたんだけどね。――それで? あんた何?」
自己紹介をしそうになって――首を振る。
「どうせ後から知ることになります。貴方の作る騎士団に加入するのですから」
「ふーん。ま、いいんじゃない。素質はあるみたいだし」
「ほっ……」
「でも、相当才能があるみたいだから。入ったら覚悟しなさい。リリーナ……アリア、ハミングバード」
「な、なんでそれを……?」
シシィは、バカを見る目をしながら、胸元をつんつんと指さした。
「知れたこと。家紋が丸見えじゃない」
「……家紋の偽装は、重罪ですから」
「魔法使いには致命的な欠点ね。おつむが弱すぎる」
それじゃあね、と腕をひらひらさせるシシィに思わず歯噛みする。
うるせー!!! 三十歳にもなってアタシって言ってるの、ちょっとだけきついからな! ババア! 若作り! なんで老けてないの? ……口が裂けても言えない。ほんとに殺される気がするから。
「お嬢様。賢者様に、あの対応はさすがに……」
「大丈夫よ。私的な場所だし。もともと平民でしょ、頭が高いのはあっちの方でしょ」
「……賢者の意味、ご存じですか?」
「もっちろん。王家の指南役であり、国王ですら頭を下げる存在でしょ? それくらい貴族的一般教養ってもの……」
もしかして、頭が高いのは私のほうか……? いやでも、シシィにへりくだるの? 私が?
……ふ、ふーんだ! こっちは皇帝家の継承権も持ってるんだから、ぎりぎり対等みたいなもんでしょ*3!?
それに……。
「賢者様は、立場を利用して人を黙らせることはなさりませんよ」
地位を利用するだけの無能に、シシィは学園で何度も足を引っ張られている。そういうのをかさに着て好き勝手することを、彼女の正義が許さないはずだ。
エグいタイトル被りを見つけたのでタイトルを修正しました。
感想たくさん、ありがたいです……♡