元TS聖女は生まれ直して分からせられるそうです 作:黄金りんね
私は、女神さまを特別に信仰しているわけではない。だから、あの子が聖女の冠を授かったのだと思う。私が信仰しているのは。正しい畏怖を持っているのは、応報の女神さまのみにあらず。
旧時代の神々。その全てを、恐れている。
太陽が眩しかろうと、他の星々は確かに輝いているのだ。私は、全ての星に仕える存在だ。
アリアとはその信仰のあり方が違う。彼女は女神さまに心酔していた……その割に、天秤を意識して生きているようには思えなかった。むしろ、望むがままに振る舞い、天秤を傾ける存在であった。あるいは、そうなろうとしていたのか。今となっては、本人に聞く術もない。
故に、アリアがそうであったような一般的な信仰よりはむしろ、私の専門は旧時代の神々にあった。
古代遺跡から出土した粘土板や石板の写しを前にして、ほぅと息をついた。
「何一つわからない……」
暗号のような文字。共通点の見えない単語。おそらく同じことを指しながら、語尾が複雑に変化する単語の数々。
だが、それでも。この記録のすべてを、捨て去るのは余りに惜しい。アリアが旅に出てからずっと、ずっと続けていた私の活動はなんだかんだで報われることになってしまった。
星天図書館、司書長。
枢機卿には申し訳ないが、私にその肩書は重い。肩こりも私にそう告げている。肩書に釣り合うように、必死で文献を集め、発掘調査を進めてきたが――およそ神学を発展させられるような知見を生み出せたと思える瞬間は何一つなかった。
「私なんかに、務まる仕事じゃない――」
そうつぶやいて。アリアが笑っている気がした。
「務めを果たすのが人の生きる意味なら。務めを果たせない人間は、死ぬべきですか?」
掃除をさぼって、私が務めを果たすべきだと説いた時。アリアは、屁理屈のようにそう言った。私は――いっそのこと死んでしまえと、いつものように怒ろうと思ったけど……縮こまって座るアリアの隣に、座った。
「死ぬべき命なんて、一つもないわよ。だって、どんな悪人でも、生まれる時は歓喜と祝福の中で生まれてきたはずなのだから」
「――――私は、親も知らない呪われた子ですよ、ドロシー」
「呪いなんかじゃない。……仮に。……仮に! 貴女が生まれた時に祝福されてなかったとしても。それは、その後の人生で。華々しい、最も祝福される人間になるための道が用意されているってことよ」
私は、卑屈な理屈を垂れ流すアリアを叱った。
「アリア。掃除は……二人で片付けましょう。私も手伝うから。――そんな顔しないでよ。もしアリアが務めを果たせなかったら……一緒に、果たせる人が見つけられるわ」
アリアは、目を丸くして。嬉しそうに笑っていた。アリアは、手のかかる、どうしようもない修道女だった。それを、私は。私たちは。都合のいい英雄に改変しようとしている。
否。彼女の、英雄性だけをことさらに押し出して、まるでそれしかないように描こうとしている。それが、真実とかけ離れた行いであっても。私たちは、世界をまとめるために。アリアの死を利用しようとしている。
死んでなお、人々の心にあり続ける。聖女が、この世を照らしている。
そんな神話に基づく世界を私たちは作るのだと。聖女の遺体をみて。魔法使いと、勇者の二人と決定した。教会司書長と、帝国騎士と王宮魔法使いが一つの意志の下に合意を為したのだ。
平和な世界を作るのだと。二度と、世界で最も愛おしい存在が、誰かのために死を選ぶ世界を許さないために。
もう、戻ってこないけど。その傷を埋めることはできないけれど。それでも、できることがあるはずだから。
勇者と魔法使いは、言っていた。「世界は一つであるべき」だと。一つである限りにおいて。世界はきっと、共同して動くことができる。
そのために、教会の助力を借りたいと。
私は、うなずいた。アリアのためにできることは。なんだってしてあげたかったから。
目を覚ます。すでにすっかり暗くなっている。いつの間にか、眠っていたらしい。寝ぼけ眼をこすり、写本をまとめる。
研究は明日にでも始めよう……。そう思い、席を立とうとして――。
「へくちっ」
少し寒い。風邪でも引いてしまったのだろうか。思わず自嘲する。体を大事にしなければ。……写本に手を伸ばそうとして――。
「
ふと、写本の単語が目についた。……一部解読できた部分で、妙に浮いていた単語。教会の秘蹟を意味し、輝星十字による奇跡やアリアの戴冠、聖霊結界といったあらゆる神秘を示す言葉だ。
私の中に、一つの考えが浮かんだ。もしかすると、これは――。
「私にも、大いなる務めがあるかもしれない」
いろいろ考えて、本気で魔法騎士を目指すことにした。ハミングバードの家に、お母さまの血に恥じないように生きる。悪くない目標のように思える。……
ミシェルは、そこそこ裕福な商家の出らしい。魔力で有名になったのは、たまたま王宮を出入りしたときに見初められたのかもと考えているらしい。シシィのことだから、王都に出入りするすべての魔力を感知してるんじゃないかなと思うけど。
私は、ミシェルの流れるような魔力操作に対応しつつ、ぼんやりと考える。魔法騎士になった後の自分を。
単なるトラブルバスターであるなら、普通に鍛錬を積んで、普通に頑張るだけでもいいだろうが。勇者といつか戦うことを考えるなら。……普通じゃ許されないだろう。いや、シシィの言い方として勇者と戦うことが確定しているわけじゃないが……。うん。少しだけ、念のため。
竜鱗気を超えた魔法を練り上げないといけないし……いろいろ構想として考えるべきことがある。
ミシェルが最低限の動きで攻撃をいなす私に焦ったのか、魔力を一点に集中させる。――隙あり。
「
魔力を、弾き飛ばす。竜鱗の魔力が、ミシェルのおでこ――魔力がうすくなった、弱点でもある――に、ぱちんとぶつかった。ミシェルはそのままひっくり返る。
「決着を急ぎましたわね。ダメダメです。……魔力量も悪くないですし、魔力出力もかなり高まってきました。操作も流麗。私レベルなら、持久戦で倒せる程度の魔力操作になってきました。固有魔法を使える貴族連中には常に逆転の切り札があるのですから、ああいう雑な攻め方はしないように」
昔、家庭教師に言われたことを一言一句正確に告げてやる。ミシェルは、ぽかんとしてからこくりとうなずいた。
「は、はい。……」
「ほら、さっさと立ちなさい。――汎用魔法も使っていきますからね。魔力操作だけで耐えるのは少しづつ厳しくなっていきますわよ」
「……はいっ!」
ミシェルはいい子だ。積極的に私の戦い方を学び、どんどんと強くなっている。もう通常の魔力操作では私と同じかそれ以上の精度。魔法を多少扱える私のほうが手札が多い分有利だが……そのうちぬかされるだろう。
でも、ミシェルと戦う中で私も戦士や勇者の動きを思い出していく。そういえばあの時こう動いていたのは、とか。あの動きにはこういう利点があるのかとか。思い出して、真似をしてみればミシェルはあっさりと引っかかって倒れる。どうやら、勇者や戦士は上澄みらしい。
「……二人とも、毎日特訓だな。少しは休憩でもすればどうだ?」
ミシェルが肩で息をして、ふらふらになっているのを見かねたのか、一人の少年がこちらに声をかけてきた。赤い髪で、いかにも優男って感じの面だ。
「お気遣いありがとうございます。でも、私もミシェルも、騎士になれるほどの戦闘術は無いので。のんきしてる暇はないんですよ」
「……いや、そちらの平民はともかく。君は十分近衛騎士ともやりあえる戦闘術があると思うが……」
「平民じゃなくてミシェルと呼ぶべきです。で、あなたを私は何と呼ぶべきですか? あなたも私を『君』なんて言い方じゃなく、リリーナと呼ぶべきだと思いますが」
「失礼した。アレクセイ・フリート・レイヴンクレスト。こう見えても、君たちに敬意を持っているつもりだ。特に、リリーナ嬢。あなたは、最も勇気を示した人だ」
「そうですか?」
「そうだとも。賢者様相手に、反論し、大聖女様をまるでただの修道女のように語ったのだから」
これは……最初は好意的かと思ったが、バカにされてるな? うん、顔に浮かべているのは、明らかな侮蔑だ。
アレクセイは、得意げに言葉を続ける。
「大聖女の伝説は、王都では最も学ぶべきことの多い、偉業そのもの。我らレイヴンクレストでも、その偉大さには敬意を払っている。まさか、貴族にありながら大聖女に敬意を払わないものがいるとは……正直、驚いているよ」
「……別に、尊敬していないわけじゃないですよ。魔王を打倒した功績を持つ四人を、ことさらに侮辱したいとは思っていませんし」
ただ、私の扱いだけやたら誇大だから、気に入らないだけだ。
「ふふ、偉人の中でとびぬけた功績を持つ聖女を他と同格のように扱っている時点で、君は大聖女を侮蔑している。まだ、わからないのか」
「面白いことを言いますね。アリア・ルーシー・マグナポラリスが何をしたと? その具体的な『偉業』とやらをぜひお聞かせいただきたいところですわね」
実際私が何をしたのか。ぜひ強火オタクくんから聞いてみたいね。最後の最後しかあんま役に立ってないからな。マジで。
嵐がコントロールできなかった時とか、それはもうこっぴどく叱られたものだ。なつかしいねぇ。勇者とは喧嘩ばかりだったが……なんだかんだ会って話してみたい。好き勝手言って申し訳なかったとか。結局私に助けられましたよね、とか。いろいろ話して、また怒られて。そういう日々がめちゃくちゃ楽しい旅だった。……やっぱりなんもしてないな。
アレクセイが、顔を赤くして私をなじる。
「貴様――軽々しくその聖名を――!」
聖名ってのは、応報の女神さまの真名とか。そういうものを言うのであって、アリアみたいな人間の名前を言うんじゃないですよ。嘲るように、歌うように言葉を紡ぐ。
「大聖女は間違いなくあなた方の言うところでは、下賤の平民でしたわよ? 魔力も持たず、尊い魔法も知らず、親すらいない! 持っていたのは僅かばかりの信仰心だけ! なるほど、そんな何も持っていない素寒貧の下女風情が、賢者様や勇者様の旅に同伴したのですから、多少の勇気はあったのかもしれませんわね」
くすくす笑って言ってやると、とうとう真剣を抜き放った。爆発的な魔力とともに、こちらに肉薄する。顔色は憤怒一色。ああ、ぶちぎれているらしい。その剣は、私の頸を刎ねようとまっすぐに最短距離を奔った。
極度に圧縮された、短い時間の中で。一節の詠唱を済ませる。
「我が敵を鎖せ」
ミシェルが動き出すよりも早く、私の頸に刃が振れて――へし折れた。アレクセイが、全力の一撃を無効化されたことを理解できず、唖然としている。
刹那。ミシェルの前蹴りが、アレクセイの水月に突き刺さる。全体重を込めた一撃。さらに、前足に魔力が集中している。まずい。これは――。
アレクセイが、地面をバウンドしながら転がっていく。土煙をあげながら、壁に激突し、ピクリとも動かなかった。――怖すぎ。ミシェルは怒らせないようにしよう。
「リリーナ様! ――あれ、無傷……?」
「もちろん。竜鱗気を術式に流し込み、防御力のみに特化させる私の固有魔法*1。竜骨鎧ですわ」
「……固有魔法。そのレベルの魔法使いだったか、リリーナ・アリア・ハミングバード」
気が付くと、隣にシシィがいた。気配を断てるのか……?
「ドラグスケイルの魔力だが、連中の相伝は受け継げず、独自に開発したわけか。……術式は簡素。魔力操作は上々だが、攻防に優れた竜鱗気を防御に特化させるのはやや惜しい。……いや、だが、ガキの割に達者な魔法を使う……。悪くない才能だな、素晴らしい」
気分よさげに、私を褒める。よくわかる。この状態。くそきしょ魔法オタクモードだ。にちゃにちゃした笑みを浮かべている。
「それに比べて……アレクセイ・フリート・レイヴンクレスト。単なる魔力強化、それも一点突破で無理やりに首を切ろうとは……つまらん。相伝魔法くらい、一息で使えるようになるべきだ」
白目をむいて、泡を吹いているアレクセイに関心はないらしい。
「ミシェル・サークホルン。お前の前蹴りは、相手の不意を衝くいい一撃だった。だが、魔力の無駄遣いだな。……リリーナ・アリア・ハミングバード。こいつに、魔法の鍛錬はさせんのか?」
シシィの疑問の意味が分からない。
「し……賢者様の手ほどきをいずれ受けるものに、私が魔法を教える意味ってありますか……?」