必殺の星々   作:あだヒメ

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黒/まつろわぬ極彩色

・【隻剣聖(シンギュラー・ソードマスター)】ノン・アートマン

 

「はっ、はぁっ。一体、どれだけ……!」

 

 山間に位置するその村は、夥しい数の【ブラック・ウルフ】の群れに襲われていた。

〈マスター〉の彼がいなければ、村にモンスターの侵入を許し、今頃は皆殺しにされていただろう。

 

 魔境レジェンダリアでは、非日常が日常だ。

 常に莫大な魔力が渦を巻き、魔法現象を自然に引き起こすためだ。

 

 今回のモンスターの大量発生も、おそらくはそれによるもの。

〈アクシデントサークル〉による大量転移なのか、異常気象による大量発生なのか、それは定かではないが。

 

「くっ、《魂を込めて(ビビッドソウル)》……"翠"!」

 

 ノンは右手に持った絵筆で、左手の剣を鮮やかな翠色に染め上げる。

 

「ギャンッ!」

 

 翠の剣が振るわれれば、そこから放たれる風の刃が一太刀で十頭近くの【ブラック・ウルフ】を切り刻んだ。

 

 その豪快な一撃を繰り出しておきながら、彼の顔色は芳しくない。

 まさしく顔面蒼白……いや、蒼色すら抜け落ちて、その身体は白に染まっていた。

 

「くそっ……」

 

━━そしてそれは、ノンにとってガス欠を意味する。

 ノンは、左腕に装備した手甲、そこに取り付けられたパレットに目をやる。

 今の一太刀で"翠"は底をついた。残りの"色"はあと僅か。戦闘に使えるものは、その半分もない。

 

 戦場に似つかわしくない絵筆とパレット、そしてイーゼルがノンの〈エンブリオ〉だ。

 名は【ヴァニタス】。人生の儚さを表現した寓意画の名を冠する画材一式は、〈マスター〉の命を絵具に変えて着色を……属性付与を行う。

 絵具を使えばその分だけ、ノンからは色が抜け落ちていく。そして、最終的にはあらゆる色素がその性質を失い、命を落とす。

 

 窓枠のカンバスにものを描き、それを取り出すこともできるのだが、今は絵具の消耗を抑えるため、能力の使用を属性付与のみに留めていた。

 

 しかし【ヴァニタス】は命の切り売りを特性とする〈エンブリオ〉。どれだけ節約に腐心しようと、限界は目に見えている。

 

 無尽蔵の【ブラック・ウルフ】は着実に、ノンのパレットを真白に染め上げていく。

 

「ふぅ……っ。」

 

━━このまま戦ったとて、敗北は必至。

━━それならば。

 

 

「僕は、君に託そうと思う」

 

 ノンは、生命線である剣を迷わず投擲する。

 そして、命懸けで稼ぎ出した数瞬を使い、パレットに筆を向けてありったけの絵具をかき集める。

 混色などしている暇もなく、出来上がったのは不恰好なマーブル模様。

 

「もし君が見ていてくれるなら、どうか、力を貸して欲しい」

 

 その言葉の静かさとは真反対の激しさで、絵具を乗せた筆がカンバスに叩きつけられる。

 ばん。と銃声にも似た音が響いて、カンバスが無数の"色"に染め上げられる。

 

「《まつろわぬ極彩色(ヴァニタス)》」

 

 その言葉を最後に、あらゆる"色"を失ったノンは地に倒れ伏す。

 それと同時に、イーゼルから染み出すように影が伸びて、歪な人の形を取る。

 夜の闇よりもなお黒く、影はいっそ鮮やかなまでの"黒"に輝いていた。

 

 それは、〈マスター〉が文字通り全てを懸けて描き出す遺作。

 それは、あらゆる"色"を重ねた果てにある、決して褪せることのない極彩色。

 

「あら、画家様(マスター)。もう倒れてしまったの?」

 

 影がある。ならばそこには像がある。

 それが当然なのだと言わんばかりに、漆黒の少女が立っていた。

 イーゼルのものだったはずの影は、いつの間にやら彼女のものに。

 

TYPE:キャッスル・ガーディアン。【色災絵姫(しきさいかいき) ヴァニタス】が、ここに顕現する。

 

「名画に湿気は禁物。雨なんてもってのほかだわ」

 

 黒一色の少女は、何を気負うでもなく【ブラック・ウルフ】の群れにに向かって歩いていく。

 そこには構えも何もなく、それを見逃す【ブラック・ウルフ】ではない。

 先走った一頭が、夜闇と雨音に紛れて少女を喰い千切らんと迫る。

 

「でも」

 

 それすら意に介さず、少女はくるりと半回転。

 

「私、画家様が描かれるこの村は嫌いじゃないの」

 

 そのままさらに反転し、少女が伸ばした腕は【ブラック・ウルフ】を的確に捉える。

 

「ヴァウッ!?」

 

 そして、首を鷲掴みにされた【ブラック・ウルフ】から急速にに"色"が抜け落ちていく。

 すべての"色"を失った【ブラック・ウルフ】は崩折れ、少女の手の中には"色"だけが残った。

 

「だから、今回だけは許してあげる。お礼は……そうね。素敵な風景画でお願いするわ」

 

 少女が軽く指を張れば、絵具のようなそれから血の赤だけが取り出されて、ノンの身体に投げ込まれた。

 真白だったノンの肌に血色が戻る。血中のヘモグロビンがその性質を取り戻し、酸素を全身に回し始める。

 

 それが【ヴァニタス】の能力。顕現した少女は、全ての"色"を支配する。

 必殺スキルでしか顕現できず、その上で〈マスター〉に一切服従しない。

 それだけの代償を払っているだけあり、こと"色"において少女の支配は絶対だ。

 

「うーん。あまり綺麗な色ではないけれど、あなた達を皆殺しにするだけならこれで十分ね」

 

 そして少女は、少女の力を借りているだけの絵筆とは訳が違う。

 他者から"色"を奪うことだって、その"色"で世界を塗り替えることだってできる。

 

「《魂を込めて(ビビッド・ソウル)》、"黒"」

 

 血肉の"赤"がノンの血肉となった今、少女の手の中に残るのは毛皮の"黒"。

 少女は手を振って、その"黒"で空を塗り替える。

 

 そして現るのは黒い雨。

 闇属性を付与された無数の雨滴が、弾丸となって【ブラック・ウルフ】だけを撃ち滅ぼしていく。

 

 赤い血飛沫も、黒い雨が覆い隠していく。

 

「それじゃあ、失礼するわ。おやすみなさい」

 

 必殺スキルの効果時間が終わり、少女もイーゼルの中に消える。

 あとに残ったのは、闇の中に倒れ伏す〈マスター〉だけ。

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