英雄と呼ばれた僕は。 作:虎春
シルフィが静かに振り返る。
シルフィ「怪我はない?」
ヒュン!
シルフィは右手の刀を一度だけ振り、付着した血を払い落とす。左手で黒漆の鞘を支え、刃の棟を鞘口へ導くと、刀を滑らかに納めた。
ルミリア「あ、ありがと」
目にも止まらぬ斬撃を前に、ルミリアの声には感謝と畏怖が入り混じる。
ルミリア「あんた……本当に白銀の剣聖なのね」
シルフィはただ、柔らかく微笑んだ。
シルフィ「ただのシルフィ。でも、無事でよかったよ。ルミリア」
シルフィは地面に座り込んだままのルミリアへ、右手を差し出す。
シルフィ「ほら、立てるか?」
ルミリアは涙を拭い、その手を取って立ち上がる。
ルミリア「ありがと」
シルフィは手を離すと、何事もなかったように森の奥へ歩き出す。
シルフィ「さ、次行こうか」
ルミリア(わずかに頬を赤くして)「わ、わかってるわよ!」
二人は手をつながず、並んで森を進む。
やがて視界が開けた。木々に囲まれた広場には、およそ十七匹ものゴブリンがうじゃうじゃと群れている。
無数の下卑た目が、またしてもルミリアへ集中した。胸元、腰、脚へと向けられる不躾な視線に、ルミリアの顔が真っ赤になる。
ルミリア「な……っ!」
怒りと羞恥に震えながらも、ルミリアは無意識にシルフィへわずかに身を寄せた。
少しだけコミカルな空気へ変わり、彼女は八つ当たりするようにシルフィを指さす。
ルミリア「なんでこいつらは、そっちの趣味しかないのよ!」
シルフィ(困ったように肩をすくめて)「知らないよ」
ルミリアは半ばやけくそになりながら、短剣を鞘から抜き放つ。
ルミリア「やってやるわよ、もう!」
シルフィの口元が、わずかに吊り上がる。
シルフィ「そうだね」
シルフィは左手で鞘を握り、左親指で鍔を押し上げる。右手は柄を捉えたまま、白銀の刀身を静かに引き抜いた。
カチン。
シルフィ(穏やかな声で)「皆殺しだね」
二人の剣士が放つ圧力に、ゴブリンたちは一瞬たじろぐ。それでも数を頼りに、棍棒や刃物を振り上げて押し寄せた。
ゴブリンたち「ギシャア!」
ゴブリンたち「ギエエエ!」
最初に飛び出したのはルミリアだった。
一匹目へ踏み込み、短剣を左下から右上へ斬り上げる。
ルミリア「はぁっ!!」
ゴブリン一匹目「ギゲッ!?」
返す刃で、二匹目の腹部を右から左へ一文字に薙ぐ。
ルミリア「せい!」
ゴブリン二匹目「アギャッ!?」
さらに前へ踏み込み、三匹目の胸へ真っすぐ刃を突き立てる。
ルミリア「たぁっ!!」
ゴブリン三匹目「フギッ!?」
刃を引き抜く勢いを殺さず、そのまま真横へ振り切る。続いて飛び込んできた四匹目の首元を、紫色の血と共に一閃した。
ルミリア「はっ!!」
ゴブリン四匹目「ブギャア!」
四匹が次々と地に伏す。
息を弾ませながらも、ルミリアは得意げに振り返る。
ルミリア「どう!? 私だってやるときは……」
だが、彼女の瞳がシルフィを捉えた瞬間、笑顔が止まった。
ルミリア「は?」
ルミリアの目に映ったのは驚愕の光景。
一匹目。右手を鍔側、左手を柄頭側に置いた両手の握りから、刀を喉へ向けて一直線に突き出す。
ゴブリン一匹目「ギョポッ!?」
刀を引き抜くと同時に、二匹目へ向けて右上から左下へ袈裟に振り下ろす。
ゴブリン二匹目「アビッ!?」
その反動から刃を左下へ落とし、三匹目を狙って右上へ逆袈裟に跳ね上げる。
ゴブリン三匹目「ブギョッ!?」
最後は一歩踏み込み、両手で握った柄を頭上へ掲げる。握りは下、刃はその上で正中線に揃う。そのまま四匹目へ真っ向から垂直に振り下ろした。
ゴブリン四匹目「ギ、ガ……」
すべてが一呼吸にも満たない間に終わる。刀の握りは一度も崩れず、その軌道には一切の無駄がない。
次の瞬間、八匹のゴブリンがシルフィを中心に円を描き、全方位から一斉に飛びかかった。
ルミリア「危ない!」
シルフィの表情は変わらない。
身体を軸にして回転し、一振りの刀で円を描くように横薙ぎを放つ。
白銀の軌跡が、シルフィを中心に完全な円を描いた。
次の瞬間――周囲の八匹すべての胴に、同じ高さの斬線が走る。紫色の血が輪となって散り、ゴブリンたちは一斉に地へ落ちていく。
十二の敵を斬り伏せても、シルフィの呼吸は一つとして乱れていなかった。
森の中央に立つ白銀の剣聖。
自分が4匹を倒してる間に伝説は12匹を仕留めていたのだ。