英雄と呼ばれた僕は。   作:虎春

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第十話 規格外。

シルフィが静かに振り返る。

 

シルフィ「怪我はない?」

 

ヒュン!

 

シルフィは右手の刀を一度だけ振り、付着した血を払い落とす。左手で黒漆の鞘を支え、刃の棟を鞘口へ導くと、刀を滑らかに納めた。

 

ルミリア「あ、ありがと」

 

目にも止まらぬ斬撃を前に、ルミリアの声には感謝と畏怖が入り混じる。

 

ルミリア「あんた……本当に白銀の剣聖なのね」

 

シルフィはただ、柔らかく微笑んだ。

 

シルフィ「ただのシルフィ。でも、無事でよかったよ。ルミリア」

 

シルフィは地面に座り込んだままのルミリアへ、右手を差し出す。

 

シルフィ「ほら、立てるか?」

 

ルミリアは涙を拭い、その手を取って立ち上がる。

 

ルミリア「ありがと」

 

シルフィは手を離すと、何事もなかったように森の奥へ歩き出す。

 

シルフィ「さ、次行こうか」

 

ルミリア(わずかに頬を赤くして)「わ、わかってるわよ!」

 

二人は手をつながず、並んで森を進む。

 

やがて視界が開けた。木々に囲まれた広場には、およそ十七匹ものゴブリンがうじゃうじゃと群れている。

 

無数の下卑た目が、またしてもルミリアへ集中した。胸元、腰、脚へと向けられる不躾な視線に、ルミリアの顔が真っ赤になる。

 

ルミリア「な……っ!」

 

怒りと羞恥に震えながらも、ルミリアは無意識にシルフィへわずかに身を寄せた。

 

少しだけコミカルな空気へ変わり、彼女は八つ当たりするようにシルフィを指さす。

 

ルミリア「なんでこいつらは、そっちの趣味しかないのよ!」

 

シルフィ(困ったように肩をすくめて)「知らないよ」

 

ルミリアは半ばやけくそになりながら、短剣を鞘から抜き放つ。

 

ルミリア「やってやるわよ、もう!」

 

シルフィの口元が、わずかに吊り上がる。

 

シルフィ「そうだね」

 

シルフィは左手で鞘を握り、左親指で鍔を押し上げる。右手は柄を捉えたまま、白銀の刀身を静かに引き抜いた。

 

カチン。

 

シルフィ(穏やかな声で)「皆殺しだね」

 

二人の剣士が放つ圧力に、ゴブリンたちは一瞬たじろぐ。それでも数を頼りに、棍棒や刃物を振り上げて押し寄せた。

 

ゴブリンたち「ギシャア!」

 

ゴブリンたち「ギエエエ!」

 

最初に飛び出したのはルミリアだった。

 

一匹目へ踏み込み、短剣を左下から右上へ斬り上げる。

 

ルミリア「はぁっ!!」

 

ゴブリン一匹目「ギゲッ!?」

 

返す刃で、二匹目の腹部を右から左へ一文字に薙ぐ。

 

ルミリア「せい!」

 

ゴブリン二匹目「アギャッ!?」

 

さらに前へ踏み込み、三匹目の胸へ真っすぐ刃を突き立てる。

 

ルミリア「たぁっ!!」

 

ゴブリン三匹目「フギッ!?」

 

刃を引き抜く勢いを殺さず、そのまま真横へ振り切る。続いて飛び込んできた四匹目の首元を、紫色の血と共に一閃した。

 

ルミリア「はっ!!」

 

ゴブリン四匹目「ブギャア!」

 

四匹が次々と地に伏す。

 

息を弾ませながらも、ルミリアは得意げに振り返る。

 

ルミリア「どう!? 私だってやるときは……」

 

だが、彼女の瞳がシルフィを捉えた瞬間、笑顔が止まった。

 

ルミリア「は?」

 

ルミリアの目に映ったのは驚愕の光景。

 

一匹目。右手を鍔側、左手を柄頭側に置いた両手の握りから、刀を喉へ向けて一直線に突き出す。

 

ゴブリン一匹目「ギョポッ!?」

 

刀を引き抜くと同時に、二匹目へ向けて右上から左下へ袈裟に振り下ろす。

 

ゴブリン二匹目「アビッ!?」

 

その反動から刃を左下へ落とし、三匹目を狙って右上へ逆袈裟に跳ね上げる。

 

ゴブリン三匹目「ブギョッ!?」

 

最後は一歩踏み込み、両手で握った柄を頭上へ掲げる。握りは下、刃はその上で正中線に揃う。そのまま四匹目へ真っ向から垂直に振り下ろした。

 

ゴブリン四匹目「ギ、ガ……」

 

すべてが一呼吸にも満たない間に終わる。刀の握りは一度も崩れず、その軌道には一切の無駄がない。

 

次の瞬間、八匹のゴブリンがシルフィを中心に円を描き、全方位から一斉に飛びかかった。

 

ルミリア「危ない!」

 

シルフィの表情は変わらない。

 

身体を軸にして回転し、一振りの刀で円を描くように横薙ぎを放つ。

 

白銀の軌跡が、シルフィを中心に完全な円を描いた。

 

次の瞬間――周囲の八匹すべての胴に、同じ高さの斬線が走る。紫色の血が輪となって散り、ゴブリンたちは一斉に地へ落ちていく。

 

十二の敵を斬り伏せても、シルフィの呼吸は一つとして乱れていなかった。

 

森の中央に立つ白銀の剣聖。

自分が4匹を倒してる間に伝説は12匹を仕留めていたのだ。

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