英雄と呼ばれた僕は。   作:虎春

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第二話 英雄と弱雄

ミレリアは背後の棚へ手を伸ばしかけ、ふとシルフィの顔と小柄な体格を見直し、悪戯っぽく片眉を上げると、酒瓶ではなく果汁の入った瓶を取った。

 

ミレリア「まずは何はともあれ酒……は、まだ駄目だろうから、これにしな」

 

カウンターに置かれたのは、鮮やかな橙色のオレンジジュースだった。

 

シルフィ「ありがと。オレンジジュースは好物だよ」

 

シルフィは気取ることなくグラスを受け取り、一口飲む。その様子を見つめていたミレリアが、興味深そうに頬杖をついた。

 

ミレリア「あんた、白銀の剣聖様だろ? 立派な英雄さんが、なんだってこんな街に?」

 

シルフィの動きがぴたりと止まり、カウンターにぺたんと頬をつけるように伏す。

しばらくグラスの水面を見つめたあと、彼はそれを静かにカウンターへ戻した。

 

コトン。

 

伏せられた白銀の瞳に、微かな翳りが落ちる。

 

シルフィ「英雄も、、、時には疲れるのさ」

 

それは愚痴と呼ぶには静かすぎて、助けを求める言葉と呼ぶには諦めすぎていた。

 

ミレリアは幾度か瞬きをすると、腹の底から豪快に笑った。

 

ミレリア「はっはははは!!そうかい! 英雄様も人間ってこったね! 少し安心したよ!」

 

予想もしなかった反応に、シルフィはぽかんと目を見開き、信じられないものを見るような、白銀の剣聖と呼ばれた男が初めて動揺していた。

 

シルフィ「えっ……?」

 

ミレリア「剣聖様って呼ばれても、人間だってことさ! それがあたしは嬉しいって、勝手な話!」

 

その笑顔には、同情も憐れみもなかった。

ましてや、英雄への媚びや恐れなど欠片もない。

 

あるのはシンプルな大人としての心。ただ目の前の一人の少年が疲れている。その当たり前の事実を、当たり前のように受け止めているだけだった。

 

シルフィの白銀の瞳が揺れる。

 

堪える間もなく、一筋の涙が頬を伝った。

 

シルフィ「……ずるいよ」

 

唇が幼く歪み、声が震え始める。続いて溢れた涙を隠すように、シルフィは両手で目元を擦り、溢れれ涙を拭う。

 

シルフィ「優しすぎるのは……ずるい」

 

その声はもう、世界最強の剣士のものでも、白銀の剣聖と呼ばれた英雄でもなかった。

 

幾つもの伝説を背負わされ、御伽噺となり、人々を守ることに尽くし続けたことで、泣くことさえ忘れていた、弱り切った十六歳の少年の声だった。

 

ミレリアは急かさない。慰めの言葉を重ねることもせず、ただ彼が泣き止むまで、カウンターの向こうで静かに母のように慈愛をこめた目で見守った。喧騒が行き交う酒場で、この2人の空間だけは別物のように静かで温かった。

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