英雄と呼ばれた僕は。 作:虎春
しばらくして、シルフィはようやく顔を上げた。泣き腫らした片目の縁は赤く、普段の無表情にもまだ僅かな恥ずかしさが残っている。
シルフィ「ごめん。取り乱した」
ミレリア「いいってことさ! たくさん泣いたら腹減ったろ!」
ミレリアが差し出したのは、熱い鉄皿に載った分厚いステーキだった。表面は香ばしく焼け、切れ目から溢れた肉汁が、付け合わせの野菜にまで染み込んでいる。
シルフィの白銀の瞳が、目に見えて輝いた。
ナイフとフォークを手に取ると、先ほどまで泣いていたことも忘れたように肉を切り分け、頬張る。
シルフィ「……おいしい」
その声音は小さい。けれど、飾り気のない素直な喜びに満ちていた。
ミレリアは頬杖をつき、夢中で食べる少年を微笑ましそうに眺めた。
シルフィが二口目の肉へフォークを伸ばした、そのときだった。
背後から、からかうような女の声が飛んでくる。
フェルナ「まーたミレリアの人たらしかい?」
黒を基調とした装備に身を包み、長剣を腰へ下げた茶髪の女剣士フェルナ・レイル 24歳。性別 女 身長 172センチ 体重 60キロ バスト Fカップ 容姿 茶髪のウルフカット。 性格 男勝りで、リベリアでも名の知れた冒険者にして、剣士。90センチはあろうロングソードを腰にかけている。
が、二人の背後に立っていた。
フェルナ「この前はゴリラみたいな男だったけど、今回はこんな年下の子の気分なのかい?」
ミレリアの肩がぴくりと揺れる。
振り返った彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。ただし、その額には青筋が見えそうなほどの圧がある。
ミレリア「泣いてる子がいたから見守る。当たり前のことをしてただけだよ」
シルフィもフォークを止め、不思議そうに振り返った。
そこで初めて、女剣士の視線とシルフィの視線がぶつかる。
フェルナの顔から血の気が引いた。
フェルナ「……は?」
見開かれた琥珀色の瞳が、眼帯と白銀の髪を何度も確かめる。やがて震える指がシルフィを示した。
フェルナ「な、ななな! なんでここに伝説の剣聖が!?」
指を差されたシルフィは小首を傾げ、困ったように苦笑する。
シルフィ「初めまして。白銀の剣聖、シルフィだよ」
ミレリアはそんな彼の頭へ手を置き、柔らかな白髪をくしゃりと撫でた。
ミレリア「ま、白銀の剣聖と言っても、今は腹を空かせて心が疲れた坊やさ」
フェルナは呆気に取られたまま二人を見比べる。やがて我に返ると、誤魔化すように小さく咳払いをした。
フェルナ「こほん。まあ、ミレリアがそう言うなら、あたしも深くは聞かないよ」
そして空気を切り替えるように、にかっと歯を見せて笑う。
フェルナ「フェルナ・レイルだ! ここらじゃ名の知れた剣士だが、伝説にお会いできて光栄だよ」
フェルナが差し出した手を、シルフィも静かに握り返した。
その短い握手が終わると、フェルナは空いた席へ腰を下ろし、威勢よく手を上げる。
フェルナ「あたしも肉とエールを頂戴!」
ミレリア「はいはい。もう少し坊やのこと見てたいけど、仕事も優先だからね」
ミレリアはシルフィの頭をもう一度撫でると、すぐさまフェルナを鋭く睨みつけた。
ミレリア「下手なことして、坊やに手を出すんじゃないよ」
フェルナ「うぐっ……」
フェルナは罰が悪そうに目を逸らす。シルフィもなぜか巻き込まれたような気がして、そっと視線を皿へ戻した。