英雄と呼ばれた僕は。 作:虎春
シルフィ「ありがと。そう言われて嫌な気はしない」
そこで一度言葉を切り、シルフィは淡々と続ける。
シルフィ「ただし、今日は英雄扱いされたくて来たわけじゃない」
アイリス「えっ?」
シルフィ「冒険者として登録したいの。しばらくはここに滞在するし、そのときに役立つって聞いたからね」
冷たく聞こえるほど平坦な口調だった。ただ、事実を伝えているだけなのだろう。
アイリス「……え?」
アイリスはもう一度固まった。白銀の剣聖が、自ら新人と同じ冒険者登録を求めている。理解が追いついた途端、彼女は慌てて必要書類を取り出した。
アイリス「か、かしこまりました! 本来であれば試験などの手続きがございますが、あなた様であれば最低限の手続きのみで、試験は省略させていただきます!」
慌ただしく紙を揃えるアイリスを、シルフィは不思議そうに見つめる。
――どうして、こんなに慌てているのだろう。
そんな無自覚な疑問が、その顔にはっきりと浮かんでいた。
アイリスは冒険者登録用紙をシルフィの方へ向け、二つの欄を指で示す。
アイリス「こちらのお名前と、一人称だけご記入ください」
シルフィ「……」
羽根ペンを受け取ったシルフィは、言われたとおり二か所だけを書き込む。
名前――シルフィ。
一人称――僕。
用紙を受け取ったアイリスは、それ以外の欄へ迷いなくペンを走らせた。
性格。経歴。容姿。能力。そして注意事項。
世界中に知れ渡る逸話と、目の前で交わした僅かな会話を、受付嬢らしい正確な筆致で整理していく。
書き終えると、用紙を再びシルフィへ向けた。
アイリス「ご確認をお願いします」
シルフィは一通り目を通し、無言でこくりと頷いた。
確認を終えたアイリスは、黒を基調とした一枚のカードを両手で取り出した。
金と銀の装飾が縁を囲み、表面にはリベリア支部を示す文字と、シルフィの名が刻まれている。肖像の下では、最高位を示すアダマンタイトの宝石が青白く輝いていた。
カード表記
LIVELIA/リベリア
WORLD GUILD MEMBER CARD
Silphy Straus
アイリスはカードを捧げ持ったまま、深く頭を下げる。
アイリス「正直に申し上げますと、アダマンタイト級という最上位の称号ですら、あなた様の実力を収めるには小さすぎると重々承知しております。ですが、現行制度ではこれが最高位です。何卒ご容赦ください」
シルフィは嫌な顔も、得意げな顔も見せなかった。ただ片手でカードを受け取り、その意匠へ静かに目を落とす。
シルフィ「別に、そこは文句を言う気はない。むしろ仕事が早くて助かるよ」
思いがけない返答に、アイリスはきょとんとする。
顔を上げたシルフィの整った横顔と、真っ直ぐな白銀の瞳が目に入り、アイリスの頬が僅かに赤く染まった。
アイリス「い、いえ。当然の仕事ですから」
アイリスは誤魔化すように視線を逸らす。
シルフィはカードを衣服のポケットへしまうように腕を動かし、受付から離れようとした。
シルフィ「ご苦労。また世話になるときは頼むよ」
アイリス「はい。お待ちしております」