ちょっと八幡のモノローグが入りますね。八幡のキャラを掴むのが難しいです……。あ、あと八幡達がSAOに囚われている時の現実世界での話のリクエストは無いそうなので、書かないってことでファイナルアンサー?
最後に、作者はオレンジじゃありません! 作者はオレンジじゃありません! 大事なことなので二回言いました。
翌日。五十八層ダンジョン、ボス部屋前。
「――では、これから最終確認をする!」
そんな大声出したら中にいるラフコフに聞こえるんじゃないの? と一瞬思ったが、扉が閉まっていたら多分聞こえないのだろう。というか、聞こえてしまうのならシュミットはただの間抜けになってしまう。
「ラフコフスリートップは、皆知っていると思うが《最凶》Poh! 《赤眼》ザザ! 《毒ナイフ使い》ジョニー・ブラックだ!」
一度言葉を切り、さらに重々しくシュミットは告げる。
「知っての通り、奴らはレッドプレイヤーだ。俺達を殺すことになんの躊躇いもない! だからこっちも躊躇うな!」
ごくり、と全員が唾を飲む。頭では解っていたが、実際に他人から言われることで認識したのだろう。この戦いは、人と人の殺し合いだということを。
「……ま、レベルも装備も人数もこっちの方が上だから、案外戦闘にならずに終わるかもな」
シュミットは場を和ませようとしたのか、軽い冗談――希望的観測とも言う――を言い、軽い笑い声が暗い迷宮に響く。
「よし……それじゃあ行くぞ!」
五十八層ボス部屋は、四角錐を逆さにした青に淡く光る石が多数浮いているという、ボス部屋でも三指に入るほど見映えがいい。
三次元機動力が求められるフィールドであり、重装備の奴はろくに戦えなかったボス戦はいつものことながら辛かった。
基本的な足場となったのは、今攻略組全員が立っているこの正方形の石。そこにはラフコフどころか攻略組以外のプレイヤー一人すらいない。
「いない……?」
誰かがポツリと呟いた言葉も虚しく虚空に溶けるばかり。
下を見ても当然映るは足場のみ。横を見渡しても俺と同じように困惑する攻略組。なら……上?
「……ッ! 上だ!」
ほぼ反射的に抜剣し、上から命を刈り取ろうとしてきた
情報が、洩れていた……?
「シュミット! 指示!」
「あ、あぁ。――戦闘開始!」
奇襲されたものの、迅速な対策で多少持ち直し、攻略組と殺人ギルドの戦いは、長い均衡状態に入った。
誠に遺憾ながら、俺はヒースクリフ、アスナ、キリトの人外と一括りにされている。もっと言うなら、俺含むその四人は戦闘のある分野の極致と言われているのだ。
ヒースクリフは《防御》、キリトは《攻撃》、アスナは《剣速》、そして俺は《回避》。いずれも戦闘のファクターであり、少なくともあって困るものではない。
だが極致だなんだと言われていても所詮は人間。数には勝てない。
「ハアァァ……」
狂笑を浮かべ、同時にラフコフメンバー五人が襲いかかってくる。周りは大体一対一で戦っており、今いる最大戦力のキリトはラフコフ幹部のジョニー・ブラックと戦っていて手助けは求められない。
「クソッ……」
飛びかかって来た奴は蹴りを入れ、右から攻めてきた奴を掴み左の奴にぶん投げる。後ろから振られた剣が背中に軽くかするが、《閃打》で吹き飛ばす。あとの一人は俺を観察し、動いていなかった。
「……ほう、どうやら、腕は、落ちていないようだな」
黒いローブを被っているため解らなかったが、その独特な声は忘れられない。
「……二度あることは三度ある、ってか?」
「クク、俺から、すれば、三度目の正直、だがな」
「……正直、俺が三回もお前みたいな奴に関わってることに驚いたけどな」
喋っている間にも当然立ち上がってきたラフコフメンバーは剣を振るってくるが、主に体術スキルで撃退する。こいつら、数の利を全く活かせていない。ただの烏合の衆だ。
「クク、安心、しろ。お前は、俺が、殺す。もう関わることは、ない」
「そっちも勘弁願いたい……なッ!」
四人を捌きながら話しているが、判ったことがある。こいつら、チームワークなんてあったもんじゃない。戦う身としては嬉しい限りだが、なんでこいつら四人を組ませたのかという不気味さが残る。
「フフ、そろそろ、頃合い、か?」
「何が……」
赤眼に答えてもらうまでもなく、解は首を少し回すだけで見付かった。
「う、うわあぁぁぁっ!」
ガラスの破砕音。砕け散ったのは、レベルでも装備のグレードでも上回るはずの攻略組だった。
「な……」
バカな。レベルや装備が上でも、連携や数、プレイヤースキルで上回ることは確かにできる。だが、戦って解ったが連携は杜撰、数は同じ程度、プレイヤースキルは格下を狩ってきたラフコフと常に命懸けで戦ってきた攻略組ではそれこそ天と地の差だ。
なのに、攻略組の一人は殺された。
たった今人を殺したラフコフメンバーにカーソルを合わせ、原因を探る。と、原因らしきものが判った。
「……なるほどな」
「クク、所詮、お前らは、正義感や義務感で、命の奪い合いに来ただけだ。そこには、人を殺す覚悟なんて、ない」
そう、それがあらゆるスペックでラフコフに上回るはずの攻略組が殺された原因。
――人を殺す、覚悟。
断言できる。この場はもう、捕獲作戦なんてもんじゃない。討伐戦、殲滅戦のほうが適切だ。
殺すか、殺されるか。
強者生存。
弱肉強食。
頭にそんな言葉がよぎる。
自然の法則だ。どこでも行われている、ただ俺達とは縁遠い世界だっただけ。ただ、縁遠かった世界が今ここにあるだけ。
「やだ、やだぁぁぁぁっ!」
――またガラスの破砕音。また一人、死んだ。
誰かが、誰かがやらなければ、否、殺らなければならない。
小町、戸塚、親父、母ちゃん、雪ノ下、由比ヶ浜、平塚先生……。
時はもう、二年近く過ぎてる。奉仕部はとうになくなり、俺達の関係はどうなっているのか。高校を卒業している年齢の今、あの残念ながらも良い先生は、もう俺の先生じゃない。
このラインを越えてしまったら、もうあいつらと関わることは許されないのかもしれない。
それでもいい。俺が居ようと居なくても、あいつらの人生は変わらない。平塚先生にとっては俺は単なる生徒の一人。所詮、偶然に偶然が重なって関わっただけなのだ。
誰かを、特別に思いたかった。人は優しいものだと、信じるに足るものだと、信じたかった。
誰かに、特別に思われたかった。俺という人間を理解してもらいたくて、その上で信じてもらいたかった。
そんなことは、砂上の楼閣、ただの俺の幻想だった。
雪ノ下雪乃に抱いた憧憬。由比ヶ浜結衣から感じた優しさ。もしかしたら、それすらも……。
考えれば考えるほど、疑心暗鬼に駆られる。数ヶ月ながらも、あの温かな部屋の中での出来事が黒く染まっていく。
――違う。たとえ雪ノ下雪乃が弱くとも、由比ヶ浜結衣が優しくなくとも、あの日だまりの部屋を作っていたのはあの二人、そこに疑いの余地はない。
――だが、強い雪ノ下雪乃こそが、優しい由比ヶ浜結衣こそが比企谷八幡の幻想であり、理想。なればこそ、比企谷八幡にとって弱い雪ノ下雪乃、優しくない由比ヶ浜結衣は欺瞞なのだ。
どこまで押し付けがましいのだ、俺は。今、俺は雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣に最大の侮辱をした。弱い雪ノ下雪乃、優しくない由比ヶ浜結衣は欺瞞なのだと。そう、思ってしまった。あいつららしさを決めつける権利なんて、俺には……いや、あいつら自身以外誰にもないというのに。
人殺しをする怖さ、人を殺した後の罪悪感。
なぜ人を殺したくないのか、その理由が他にもあることに、俺は気づかなかった。