「はぁ……」
自分でも出所が判らない憤りにイライラしながら、作戦後のミーティング場所に早歩きで向かう。
周りのプレイヤー達はあまりに和やかで、まるで俺達攻略組だけがまちがっているかのようだ。
右に曲がり、左に曲がり、上り、下り……なんてことはなく、単純に噴水広場を左に曲がれば会議場だ。
木製扉を開き、同じく木製の宿屋に入ると、どうやら皆様お揃いのようだ。
「……よし、それじゃあ始めるぞ」
捕縛したラフコフは黒鉄宮に送ったらしく、当然ながらどこにもいない。
俺に向けられる視線は、軽蔑侮蔑恐怖嘲りエトセトラ……。感情がハッキリしている分、こっちの方が断然良い。
「今回のラフコフ捕縛作戦、攻略組には三人、ラフコフには十七人の死者が出た。……だが、これで殺人ギルド《ラフィン・コフィン》は壊滅した。ただ……なぜ情報が漏れていたのか? これは看過できん」
大ギルド故なのか、あくまで間接的にオブラートに包んで言い、体裁を気にする。
要は、誰が情報漏洩したのかを探り、吊し上げるということなのだろう。そして、今一番疑われているのは他ならない、俺だ。
ラフコフだと噂が流れていて、なおかつ情報が漏れていた。その後俺はラフコフメンバーを殺していたが、関係ない。感情論はあらゆる矛盾をかなぐり捨て、理論を無視し、こちらを糾弾してくる。そこにあるのは醜く浅ましい自己保身欲。責任逃れしたい、自分が疑われたくないと思い、他人に押し付ける浅ましさ。
「こいつが、こいつが洩らしたんじゃないのか!? 俺達を売って、ラフコフに!!」
来た。感情論で返す、激情型の人間。俺が苦手とする人の部類に入る。いや、俺はほとんど全ての人を苦手としてました、てへっ。
小学校時代を思い出すため苦手な重い空気を緩和するために脳内でふざけたが、重い空気に軽い空気がプラスされてさらに重くなるだけだった。
「……は〜……。言っただろ? 俺が何を言っても、お前は、お前らは俺の言うことを信じやしない。だから、俺が何を言っても無駄だ。どうしても俺がラフコフかどうか知りたいなら、物的証拠を個人的に探せ」
何回も同じことを言わさせないで欲しい。こちとらドラクエのNPCじゃないのだ。
「う、嘘だ! お前、ラフコフメンバーを殺したじゃないか、十三人も! それでなんで平気そうな顔をしてるんだよ!」
平気そうな顔? さすがに顔を思いっきり歪ませたり、苦痛な顔をしているようには感覚的に感じない。ただ俺は人を何人も殺して何も感じないほどの外道ではない。
鏡で自分の顔を見てきたわけではないが、表情的にはいつもと同じ顔だろう。いや、だからこそ、か。
「……別に表情的にはいつもと同じだが、さすがに何も感じてないわけじゃねぇよ。それとも、ここで俺に、泣いて、喚いて、慟哭してほしいのか?」
いつもと同じ表情。その原因を、俺は知っている。嘘を吐いているのだ、俺は。自分自身に。汚れていると認めたくなくて、無意識に、無自覚に。そして当然、自分のことだからまた無意識に気づく。自分自身に嘘を吐いている、と。そうして雪だるま方式に嘘を吐き続け、自分を騙す。自分の中のなにかを失いたくないから。
「なっ……それとこれとは話が違うだろ! 論点をずらすな!」
ああ、煩わしい。お前があいつと同じ言葉を吐くな。
「……なら、なんだ? いざというときには俺をここにいる全員で殺しにかかればいいじゃねーか。それでも俺を止められないなら、アインクラッドにいるやつがいくら対策しても無駄だ」
「く……」
「もう一つある。お前らの考えを当ててやろうか? 犯人は攻略組内にいると思っている。だが、犯人探しをしたら攻略組の仲は軋み、攻略に支障が出る。しなかったらいつまでも全員が疑心暗鬼に駆られる。なら、どうする? はい、あなたの回答を述べよ」
気だるげに右手をポケットから出し、人差し指で指す。奇しくも文実をしていた時、雪ノ下さんに問いかけられたような図だった。雪ノ下さんはこんなポーズしてなかったけどな。
「……んなの、どうしようもないだろ」
「不正解。正解ならあるだろ? 今この場の状況が答えだ。言葉に表すなら、一人に責任を押し付けて、自分はなんの傷も負わない、か?」
「な……」
憎々しげに睨んでくる……多分聖竜連合の男……と、なぜかニューディール。人は図星を突かれると、大抵睨んでくる。ソースは俺。
「だから今考えるべきは、事後処理だ。攻略組内にいるラフコフメンバーも元が壊滅したんじゃ後ろ楯もないしな。んじゃ」
話すことはもうない。俺はラフコフじゃないと、俺が、俺だけが知っていればいい。
「……エイト」
「ハチ君」
怒号飛び交う室内で、本来聞こえるはずないが、確かに聞こえる声。
「「私は信じてるからね?」」
無償の信頼の言葉。二年近く前、文化祭の相模を捜索するときに投げ掛けられた言葉以来だ。
思わずこいつらの姿をあいつらに重ねてしまい、また嫌悪する。こいつらは、あいつらの模倣品でもなんでもない。
一回溜め息を吐いて心を落ち着かせてから、ドアノブを回し出ていった。
「……うっす」
「……あんた本当に前触れもなく現れるわね……。せめてメッセージくらい送りなさいよ」
「いや、女子に自分からメール送るとか、いい思い出無いし……」
送った覚えのない外国人からメール来たり、ごっめ〜ん、寝てた〜とか送られて既読スルーされたりな。あとそもそも返信されないとか。
さっきまでの感情には蓋をし、いつもの俺を取り戻している。
「はぁ……まぁいいわ。で、ここに来たのは剣を取りに来るためでしょ?」
「……まぁな」
言うと、白い布がぐるぐると巻かれた剣が差し出される。こういうの中二心がくすぐられちゃうからやめてほしい。
「さすがにトレイターほどのスペックはないけど、キリトのダークリパルサー位はあるわ」
おい、それアインクラッドでも一、二を争う名剣じゃねえか。こんなのほいほい作れるとか、お前何なの?
「銘は《ソリチュード》。うん、なんか……ごめん」
ごめんって何だ。しおらしい感じだから逆に傷ついちゃうだろーが。いや、やっぱり傷つかないな。意味的には《孤独》だし、俺にこの上ないくらいぴったりだ。
「いや、別に俺にぴったり過ぎて逆に困るくらいだ。見た目もなんかいいし」
もう全ての色を混ぜたみたいな色だ。要は灰色である。図工の時間は作品仕上げたら、どんな色を混ぜたら何色になるのかな〜って、もはや実験気分だったな。
「……ねぇ、あんた。その……何?」
「……何だよ」
煮え切らない感じのこいつは珍しい。言いたいことは言う、雪ノ下スタイルに近い雰囲気なのにな。いや、あいつは空気読まずにずけずけしてるだけか。
「……なんか、気持ち悪いわよ」
前言撤回。こいつもずけずけしてた。少しは遠慮しろよ。ずけずけ系女子って流行ってんの? 略して図形女子。……俺とは相容れなそうだ。
「なんというか、無理にいつもみたいになってるというか、顔が歪んでるみたいな……」
「……んなこたねぇよ」
嘘だ。図星だった。
女の勘は鋭いとよく言うが、なかなかどうしてバカにはできないらしい。
たった一つの物を守るために、自分にも、他人にも嘘を吐く。人とは、こうして崩壊し、守りたかったものからも遠ざかっていくのだろう。
隠し、装い、それでも守りたかったものは知らないうちに壊れゆく。それでも人は、俺は、嘘を吐く。
それしか、守る方法を知らないから。本当は守れなどしてはいないのに。
失って初めて気づくこともある。俺の場合は、俺の高校生活で奉仕部は欠かせないものだったと気づくのが遅すぎた。
「……話がそれだけなら俺、もう行くけど。お代は?」
「え、うん……いいわよ別に。専属スミスなんだし」
「いや、そういうわけにもいかんだろ。親しくないから礼儀ありとも言うし」
「親しき仲にも礼儀あり、でしょ……」
親しき仲って定義が判らんからな……。家族以外で俺が一番友達っぽい会話をしているのって平塚先生の気がする。一回ラストブリット喰らったら、臓器破裂したかと思ったわ……。その次は北斗百烈拳……考えたくもない。
どうにも俺は重苦しい雰囲気になると、頭のなかで逃避する癖が若干あるらしい。
逃げているのだろうか。
そんなつもりはないが、どうしても、あの時あの場所での俺が下した選択は最適解だったのか、どうしても解らない。
秒読みで人の命が奪われかけたあの場所では捕縛なんて出来なかった。
会話して和解なんて以ての外。話すことすら叶わなかった。
いや、違うな。俺は最適解を得たいんじゃない。正当化したいのだ。俺が下した選択は正しかったのだと。間違いじゃなかったのだと。
「……そんじゃあな」
「あ、うん……」
いつの日か、現実に帰るために俺達は戦っている。二年近く戦い続け、アインクラッドは七割近く攻略された。最終層の百層まではあと三割。
悪い想像ばかりをしていても仕方ない。頭の回転は速い方だが、並列思考なんてものが出来るほど器用じゃない。現実世界のことは現実世界に帰ってから考える。
仮想世界で人を殺し、確実に汚れた俺の話を聞き、俺を拒絶するもしないもあいつらの自由だ。
だから、取り敢えず、今は。
上を向いて、歩こう。