「しっかしよぉ、エイト。前々から思ってたけどよォ、お前さんギャルゲー得意だっただろ?」
「……なんだよ藪から棒に」
確かにフォトカノ、ラププラスなどのギャルゲーをやってはいた。あれだ、現実の理不尽さに触れると二次元世界に行きたくもなるんだ。……まぁ、今いるここも二次元世界と言えば二次元世界だが。
「いや、おめェがキリトとかアスナさんとかと仲良かったのは重々解っていたつもりなんだがよォ……。……なんつーか、うまく言えないけど、なんかあったんか?」
「いや、全く」
そう、何もない。
元から俺たちには何もなかった。信頼も信用も思いやりも慈しみも気遣いも。
それでも幾何かの時を重ね、やむなく命を預け合い、約二年の時を掛け、こうして七十四層の地を踏みしめている。その過程で俺達が一時的にパーティーを組んでいたのは、『なんとなく』とか『成り行きで』なんて言葉でしか表せない曖昧模糊としたものなのだろう。
アスナはよく判らないが、俺はキリトの情報を求めてパーティーを組んでいて、キリトは異常な状況下で独りで居たくなかったからパーティーを組んでいた。だが、俺達の根底にあったのは、『死にたくない』という同じ感情。――の、はずだった。
今は解らなくなってしまった。
俺はぼっちだ。やることがなさすぎて培われた観察眼は人一倍あると自負しているし、物事を深読みする癖と相俟って、相手が何を考えているか『心理』を読み解くことは出来る。だが人の機微は解っても、『感情』を読み解くことは出来ない。
自分と同じだとシンパシーを押し付け、解った気になっていたのかもしれない。自分でも知らないうちに体内を駆け巡り、侵食していく遅効性の毒のように。
……いや、俺は多分理解していた。
怖かったのだ。俺は。
それは個人の否定であり、冒涜である。それでも知れば知るほど重なっていく。見た目も性格も雰囲気も、似ているとは言い難いというのに。
「……そうか。おめェは無茶しちまうとこがあるかんな、ボス戦とかいつもヒヤヒヤしてたんだぜ?」
「最近ボス戦出てなかったけどな」
「揚げ足取んじゃねぇよ、可愛くねーな」
「俺が可愛かったら気持ち悪いだろーが……」
比企谷家で可愛いのは小町だけで充分だ。小町……何をしてるんだろうな……。彼氏とか作ってたらぶん殴るよ? 彼氏を。や、俺が殴る前に既に親父が殴ってそうだな。親父小町好きすぎて小町に引かれてるし。うわー、気持ち
「確かに可愛かったらエイトじゃねぇよな」
「お前も無精髭に悪趣味なバンダナ、それなのに侍みたいな格好じゃなきゃアイデンティティーないよな」
「……あ? おめェこそ腐った眼とアホ毛がなきゃアイデンティティーねぇよな」
「……はっ、残念だったな。もし腐った眼がなかったら俺はそこそこイケメンなんだよ」
なんなら眼鏡とかかけて眼を隠せば女子にモテちゃうまで……ないな。そもそも眼鏡が似合わねーだろうな。やだ、自分を冷静に見つめ直すと希望が一つずつ潰えていっちゃう!
俺はクラインと、キリトとアスナは他の風林火山メンバーと暫し談笑していると索敵スキルに引っ掛かった奴……いや奴等がいた。キリトも俺と同じ方向を向いている。規則正しい足音が迷宮区内で反響し、徐々にこちらに近づいてきていることが判る。
「『軍』か……」
唸るように呟く。
俗に攻略組と呼ばれるプレイヤーは、よくも悪くも我が強い。それを纏め上げるものは様々だ。血盟騎士団ならカリスマ性、聖龍連合ならギルドに在籍することで手に入れられるレアアイテム、軍ならギルドに在籍することで手に入る威光。
ようやく見えた軍のメンバーの数は十二人。どいつも似たり寄ったりな装備をしているが、一人だけグレードが高い鎧を着込んでいる。恐らくこいつが頭だ。軍の連中はここまでノンストップで攻略してきたのか、疲弊の色が濃かった。
頭の男が一言「休め」と言うと、残り十一人が俺達のいる場所とは真逆の
「アインクラッド解放軍、コーバッツ中佐だ」
「うへぇ……」
誰かが思わず呟いた。すると、なぜか視線が俺に集中し、軍部隊の隊長の睨みも向けられる。……あ、今の声って俺?
「……何か?」
「いえ、別に。それより何か用すか?」
立場が悪くなったらすぐ話題転換。これ大事。特に政治家になりたい人はこれは必須スキルだヨ!
「君らは、この先も攻略しているかね?」
「まぁ、はい。ボス部屋前までは」
「うむ。ではそのマップデータを提供してもらいたい」
「まぁ、いいっすよ。……キリト、アスナ、いいか?」
「え? ……あ、うん、いいよ」
「……私も、別に構わない」
一応三人でマッピングしたので許可を貰っておく。しかし正にマップデータを渡す寸前、それを制す声が聞こえた。クラインだ。
「おいおいおい、エイトよォ……本当にいいのか? おめェさん達が命懸けで埋めたマップデータを簡単に渡しちまって」
「あぁ、別に渡したからってどうこうなるもんじゃない」
送信する。ちゃんとデータを受け取れたのか、首を少し動かした。一応、忠告しておいてやろう。何も忠告せずに死なれるのは目覚めが悪い。
「ボスに手を出そうとか考えてんならやめとけ。せめて万全な状態で挑んだ方がいい」
「私の部下はこの程度で音を上げるような軟弱者ではない!」
いや、思いっきり疲弊してんじゃねえか。下の者の状態も見極められないようなら、こいつは指揮官失格だろう。
「……ハッキリ言ってやる。このままボス攻略をやろうってんなら、お前らは死ぬ」
「……ほう、なら、試してみるか……?」
「ちょ、ちょっとエイト……」
不穏な空気を感じ取ってか、キリトが仲裁に入ろうとする。もちろん戦う気なんて俺には更々ない。
「いや、試さねぇよ。ここまで忠告しといてまだボスに挑むかはあんた達の自由だし、それで死んでも自己責任だからな」
この世界は制約やしがらみが現実に比べ少ない。それは俗に『自由』と呼ばれるのだろう。だが、それが無条件に良いものかと訊かれたら答えはノーだ。『自由』は全面的に良い意味だと思われ勝ちだが、裏を返せば何の庇護も保護もないことなのだから。そんな世界では自分がした行動の全責任は自分の物だ。
……そう、だから俺がこの一ヶ月間、ラフィン・コフィンの壊滅のため人を殺し続けた責任も全部俺の物。
俺はユニークスキルによる騒動がおさまるまでの二週間と、ホームで休養していた二週間以外、投獄されていないラフコフメンバーの投獄……若しくは討伐をしていた。
ラフコフ討伐戦では、ラフコフ全メンバーを淘汰出来ていない。攻略の邪魔になる不穏分子は駆逐しなければ、やがてまた一つの勢力になりかねない。それも一区切りを迎え、七十三層からようやく攻略を再開し始めたのだが、ラフコフのトップ……PoHをまだ排除できていない。
頭がいれば、組織は何度でも息を吹き返す。それは二十五層で壊滅的打撃を受けてもまた最前線に舞い戻ってきた軍が証明している。それがヒースクリフやPoHなど、カリスマ性があるなら尚更……PoHに至っては、もはや洗脳と言ってもいい。
個は弱く、集は強いと思うだろうか? 確かに、物理的な意味では個は集に勝てない。だが、精神的な意味なら個は集に勝る。個には個のやり方というものがあるのだ。
集団とはリーダーを失い、統率するものがいなくなれば脆いものだ。しかも無能が上に立とうとも抑圧によってロクに逆らえない。何故か? 迫害が怖いからだ。
先の命より、今の安寧を取る奴はバカだと思うだろうか? 言葉だけで聞いたらそう思うだろう。だが、今目の前で去っていく軍の部下達はその状態に陥っている。さながら、集団のしがらみは底無し沼のようではないか。1+1は必ずしも2にならないことを、教育機関はそろそろ教えるべきだ。
互いに足を引っ張り合っていく姿は見ていて浅ましく、滑稽で、無様だった。