ソロアート・オフライン   作:I love ?

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次回仲直り。
……え? 早くないかって? 作者の心が持たねぇーんだよぉぉぉぉッ!


その部屋に、彼の姿はもうない。

軍の足音が遠ざかっていき、完全に聴こえなくなっていった辺りで俺達はようやく行動を再開した。嵐のような奴らだ……。

 

「……んで? どーする?」

 

迷宮区の攻略方針の再設定……のことではない。今し方居なくなっていった軍のことを言っている。

問題です。一度失墜した権威を取り戻すにはどうしたらいいですか?

答え。失墜した原因を上回る偉業を打ち立てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一行は結局《軍》を追ってボス部屋へと足を向けることに決まった。

俺の忠告に耳も貸さなかったあいつらの自業自得とはいえ、さすがに死ぬのを解っていて見過ごすのも目覚めが悪い。それを言ったらクラインに「おめェらしいな」と笑われたのは心外だが。

さて、そんな俺達の目の前には多数のリザードマンが立ち塞がっている。

 

「エイト、下がってて、邪魔だから」

 

キリトに有無も言えないですごすごと引き下がる姿を風林火山の面々から憐憫の眼で見られてしまった。おいクライン、なんだその「キリトとアスナさんに逆らえないのは相変わらずなんだな」と言いたげな眼は。違うよ? 逆らえるよ? ただ年上のお兄さんが大人げなく年下の子達に接するのはどうかと思ってるだけで。それとキリトとアスナが怒ると怖いからだけで。……や、ダメじゃん、逆らえないじゃん。

何故か気合い充分な二人の前にリザードマンはデジタルデータの体を次々にガラス片にして散っていく。ズゴゴゴゴゴ……と効果音に描かれそうなほどの気迫がビシビシ伝わってきてちょっと怖い。なに、お前らサイヤ人なの? いやスタンド使い?

前々からこいつらが戦闘狂――やっぱ戦乙女(ヴァルキリー)か? いやブリュンヒルデだな。まぁなんでも良い――だということは認知していたのだが、それともなにか違う気がする。鬼気迫ると呼ぶのが正しい。

風林火山も戦闘に参加して、完全に俺は手持ちぶさたである。

傍観者。

かっこよく家以外での俺の立場を呼称するならこれだろう。……ちなみに未来日記は持っていない。

未来は誰にもわからない。それは至極当然のことで、だから誰もがまちがえる。いや、俺は何をまちがえたのか、そもそも何が問いなのかもわからない。

ナーヴギアは感情の電気信号を解析し、擬似電気信号を仮想体に投影しているわけではなく、脳から送られる電気信号を脊髄でカットし、そのまま仮想体にトレースしているのだ。

つまり、希代の天才茅場晶彦ですら人の感情を完全に読み解ける機械を作り上げられなかった、ということだ。

果たして、天才ですらない凡人は本当の意味で人の気持ちを理解することなど出来るのだろうか?

答えは否だろう。

俺は言った。『誤解は解けない。もう解は出てるからな』と。

されど雪ノ下雪乃は言った。『なら、もう一度解き直すしかないわね』と。

問題を解いて、まちがえて、答えを探してまた迷って、問題を解き直して、正解に近づく。

だから、もう一度解き直そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行軍というものは大勢が規則正しく歩き進むため進行速度は遅い。俺達は走っているのにも関わらず、未だ《軍》には追い付けていない。

 

「転移結晶で離脱したんじゃねェか?」

 

「それはないな。ざっと見ただけだが、あいつらは二パーティー……十二人くらいいた。転移結晶で離脱したらデカイ損失だし、カツアゲ紛いのことをしてまでマップデータを手に入れる必要もない。よって――」

 

「あああああぁぁぁぁ……」

 

その時、俺の次の言葉を裏打ちするように地獄の底から響いてきたような叫び声が耳に届く。

 

「――あいつらは、ボスに挑んでいる」

 

俺の言葉に弾かれるように全員一斉にボス部屋に向かってリスタートする。全力疾走をすれば、先頭に敏捷極振りの俺、次点にアスナ、その後ろがキリト、最後に筋力値よりなステータスの風林火山が着いてくる。

足が速すぎてもつれそうになるが、そこは慣れと経験で何とか堪える。敏捷極振りステータスは直線で如何に速く動くのかではなく、限られた空間でどのように動き、相手を撹乱して戦うのかが重要なのだ。……と、このことは今関係ないな。

ボス部屋が見えてきたところで急ブレーキを掛け、地面とブーツの鋲の摩擦熱によって――本当にSAOは細かいところまで良くできている――火花が散る。

眼に飛び込んできたのは、地獄絵図だった。

名前にある通り、青眼をギラつかせ弱者(プレイヤー)を狩る強者(モンスター)。これは戦いなどではなく、一方的な残虐に近いだろう。

呑気にも言葉を失って立ち尽くしていると、遅れてきた二人も俺と同じようになる。十二人いた軍のメンバーは十人になっていた。転移結晶で離脱したのであればまだいいのだが……。

 

「転移結晶! 離脱!」

 

単語二つを大声で叫ぶ。一度でも戦闘をしたことがあるSAOプレイヤーならこれだけでも言いたいことが伝わるだろう。しかし、返ってきたのは悲痛な叫びだった。

 

「ダメだ! クリスタルが使えない!」

 

その一言で思わずキリトを見てしまう。

《クリスタル無効化エリア》というのは文字通り回廊結晶、転移結晶、治癒結晶などのクリスタル類をまったく使用できないエリアのことだ。《月夜の黒猫団》のように、これによって命を落とす可能性が格段に上がる。事実、いない二人は恐らく……。

撤退のためにはこの出入り口から逃げるしかない。だが、扉と軍の間はあの青い悪魔が陣取っている。

考えろ。ぼっちの長所は思考速度が早いことだ。

 

「……俺が突っ込んであいつのタゲを取る。キリトは軍の退却誘導及び万が一の護衛。アスナはここで待機して、風林火山にキリトの手伝いをしてもらうように状況を説明してくれ。その後キリト達に合流」

 

「却下よ。なんでハチ君だけそんなに負担が大きいの? ダメよ」

 

「悪いが他に案がないならこれで行く。タゲは複数人で取り合ったら逆に危険なのは知ってるだろ? この中でタゲ取りのノウハウが一番あるのは俺だ」

 

そう言うと、きつく口を結んでしまった。何かに耐えるように歯を食い縛り、忸怩たる思いが溢れ出ている顔をしている。

 

「……行くか」

 

0から一気にトップスピードにギアを上げる。鈍重な動きで振られた斬馬刀の腹で殴られただけなのに軍のプレイヤーが吹き飛ぶのが見えた。

隙だらけの背中に片手剣単発最大威力のソードスキルであるヴォーパルストライクを叩き込む。スキル硬直の間に相手のHPバーを確認するが、大して減っていない。思わず乾いた笑みが洩れた。

タゲが俺に移った時にキリトがボス部屋に突入。避難誘導を開始しようとするがそれを拒むものがいた。コーバッツだ。

 

「ふざけるな! アインクラッド解放軍に撤退の二文字はない! 総員、突撃!」

「バカ野郎! 逃げろ!」

 

言いながらグリームアイズの横凪ぎ攻撃を剣でわずかに方向を逸らし、何とかやり過ごす。だがボスの背中に幾度もライトエフェクトが煌めき、再びタゲは軍へ。

 

「グオオォォォォ!!」

 

悪魔の咆哮が痛いくらいに空気を震わせ、あまりの大音響に耳が聞こえづらくなる。悪魔は状態を反らすと山羊の頭の頬を膨らませ、鋭い牙の隙間から青い炎を吹き出す。あれは、ブレスだ。

 

「クソッ……キリト、スピニングシールド! タンクは前に――」

 

「――オオオォォォォ」

 

轟音とともに放たれた青い吐息によって声は掻き消され、視界が蒼然となる。更に、グリームアイズが持つ大剣が眩い黄色のライトエフェクトに包まれ、高々と頭上から振り下ろされようとしている。さながら、神の鉄槌のように。

 

「第二撃の振り下ろすソードスキルが来るぞ!」

 

パーティーを組んでいるキリトのHPバーは判るが、軍の奴等のまでは判らない。しかしキリトでさえさっきのブレスでHPを危険域(イエローゾーン)近くにまで持っていかれているのを見るに、俺達より前に戦っていた軍のメンバーはレッドゾーン近くくらいだろう。そんな体力でボスのソードスキルを喰らったら、死は免れない。

「くっ……」

 

片手剣だけでできる剣技連結(スキルコネクト)によるダメージで何とかタゲをこっちに向けようとするが、先程の軍の一斉ソードスキルには到底及ばない。止めることは構わず、無慈悲に剣は振られた。

轟音と爆風。

大気と大地が揺れていることから自らが吐いた豪炎をも霧散させた先程の一撃の威力が窺える。だがお陰で炎の膜で見えなかったキリトと軍の様子が判る。

だが、しかし。

 

「う、うわあああぁぁぁ!! こ、コーバッツさんが殺られたぁ!」

 

――最悪だ。

たとえ愚人とはいえども、上がいなくなれば集団は浮き足立つ。統制はとれずバラバラになり、最悪は全滅――。

ふと、青い騎士を思い出した。

彼がいなくなった後、俺達はどうした……? 死戦だ。下手に撤退なんてしようものなら殺される。ならば、相手を倒すしかあるまい。

いつ来たのかは知らないが、風林火山によって軍が勝手に散り散りに逃げることはない。

状況を確認しつつ放ったバーチカル・スクエアによってようやくボスがこちらを向いた。

あんな見た目からして力こそパワー! みたいなやつの攻撃なんて喰らったら死ぬ。攻撃が一回一回dead or alive とか、俺の戦闘ナイトメア過ぎる。

攻撃を避ける、捌く、逸らすならまだ良いのだが、弾くとなると少々厄介だ。弾くためには俺の筋力値では少なくとも初級ソードスキルを使わなくてはならない。だがその後、わずかとはいえ隙が生まれてしまう。そこを突かれたら終わりだ。キリトとのデュエルもそれで負けたのだから。

 

「グオオォォォォッ!」

 

「……ァァァァァァアッ!!」

 

バーチカルのエフェクト光と火花により、薄暗い円柱状の部屋が明滅する。斥力が生まれ、巨大な斬馬刀は大きく上に、俺の漆黒の剣は下に力が働く。

右手に力を込め、弾かれる剣を何とか留める。今の俺の体勢はバーチカルのモーションだ。

再度の垂直斬りにさしものフロアボスといえども反応できず、体の正中線を真一文字に斬り裂く。

 

「なっ……ハチ君、撤退でしょ!? 何をしてるの!?」

 

残念ながら、それは無理だ。ボスの攻撃を避けていった際、徐々に扉とは反対側に追い詰められている。

 

「どうやら無理ッ! ぽいな。ま、何ッ! とかするわ」

 

「……《スターバースト・ストリーム》」

 

悪魔からの恐るべき凶刃をいなしていたとき、いきなり星屑が瞬いた。何事かと思えば悪魔が苦悶し、また無数の星屑が飛び散る。

キリトだ。

煌々とした粒子を撒き散らす凄絶な剣技は二刀を携えた剣士によって繰り出され、無尽蔵に続くかのように次から次へと斬撃を叩き込んでいく。……待て、二刀?

 

「……まさか」

 

いや、そんなはずはない。双剣スキルにスターバースト・ストリームなんて技はなかった。だとするならば、あれは別物のエクストラスキルかユニークスキルのはずだ。

スター……星。バースト……爆発。ストリーム……流れる。材木座だったら星光連流撃って和訳しそうだ。

しかし、その選択は愚作も愚作。いくらユニークスキルといえども、まだまだ余りあるボスの体力を一回のソードスキルでは削りきることなぞできん。

 

「風林火山! キリトスキル硬直後隙カバー! アスナ俺と攻撃!」

 

極限まで短くした指示でも意味を汲み取って、素早く各々の役割を果たさんと移動を開始する。

双剣スキルは、俺にとってユニークスキルである消滅剣よりも隠していたいスキルだった。それは未だ双剣スキル本来の持ち主があの老人だという認識が拭えないからだろう。最期に見せられた表情は、到底作り物なのだと判らなかった。

だがそんなことはもういい。

俺の逡盾や躊躇いで誰かが死ぬのかもしれない。

ここは、そういう場所なのだ。

 

「【ステラ・インパクト】」

 

ステラ・インパクト。

数多ある双剣スキルの中でも上位に位置する剣技であり、場合によっては双剣スキルで最大連撃数を誇る。星の衝撃と名付けられている1〜7連撃の剣技は一撃一撃が既存のスキルとは段違いである。

 

「【ムーン】」

 

黒一色の剣が纏う黄色いライトエフェクトはどんな光よりも煌びやかで、見るものすべてを魅了するかのようだと使用者である俺でも思う。

スキル後硬直から回復するまでキリトの護衛をしていた風林火山にタゲを移していたボスは、背後から来た半端ない衝撃にさぞ驚いたことだろう。

 

「グギャアアァァァ!!」

 

苦痛から来たであろう雷鳴のごとき絶叫に手応えを感じつつ、次のスキルの名を呟く。

 

「【マーズ】」

 

振り向いたところで反撃はさせん。スキルとスキルを連結させ、タイムラグなしでライトエフェクトがオレンジの光に変わった剣を凄まじい剣速のまま袈裟斬りする。

 

「がっ……クッ、【マーキュリー】!」

 

飛んできた拳に何とか耐え、モーションを崩さず次に入る。地を這うような一回転斬りであるマーキュリーは碧水のような色の光跡を残して終了する。

忍がただいま参上したみたいなポーズからシステムに後押しされ、深緑色をした剣がシステムアシストなしだったら絶対にできなかった珍妙な動きをする。あきらかに肩の稼働域を越えていた。

 

「【ジュピター】! ゴッ……」

 

危なかった。次のソードスキルに入っていなければ絶対に連撃が中断されて長い硬直時間に突入しているところだ。

 

「……ァアアアアアアッ!! 【ヴィーナス】ゥゥゥウ!」

 

黄金の光が剣を取り巻く。金は成金でゴージャスな感じがするが、剣が真っ黒なのでむしろシックに決まっている。

 

「ゴアアアアァァァァァ!!」

 

「【サターン】!!」

 

 

怒り心頭のボス渾身の一撃を跳躍による上向きの力とシステムアシストによる推進力、ソードスキルの勢いで弾き、相手をノックバックさせる。

サターンによる腕だけではなく体全体を使った斬り上げで中空に躍り出た俺は体勢を立て直し、そのまま最後の一撃に入る。腕ごと覆うような焔にも似た光はもはやそれ自体が剣に見える。その焔の剣の切っ先を悪魔に向け、ほくそ笑んだ。

――勝てる。

僅かな慢心。微々たる油断。それは、命懸けの仕合……いや、死合にとって命取りだ。

 

「ガァアアアァァァアァァ!!」

 

こちらの剣に負けぬ青い猛炎を吐き出し、一秒も数えぬ間に俺を包み込み、みるみるHPバーが削られていく。

 

「ダメ……、ダメだよ……」

 

掠れた声。

そんなものが聞こえた気がしたが、俺の耳には届かない。

 

「ア、アアアアアアアァァァァァ!! 【サン】!」

 

構うものか。どうせこれはキャンセルできない。なら、せめて……。

爆炎の中から現れた斬馬刀に目もくれず、ただただあいつの命を屠らんと剣を振りかざし、一筋の火矢と俺は化す。いや、流星か。今まさに燃え尽きようとしているのだから……などと、皮肉なことを考える。

ああ、そう言えば、初めて雪ノ下雪乃と会ったとき、それに似た話をしたっけな。

なら、こうして燃え尽きようとしている俺は、きっと最期まで自分の居場所を見つけられなかったのだろうな、と……。

 


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