遅くてすんませーん!
……いや、ほんとすいません…
軍にとっての大きな転換期は二つある。
一に、アインクラッド初のクォーターボスが出現した二十五層。ここで一層から絶えずボス攻略に参加していた軍は大打撃を受け、最前線から姿を消した。
そして二つ目は七十四層でのグリームアイズとの戦闘。しかし二十五層以来前線を退いていた軍にボスを単独撃破する力はなく、結果としてまたもや大打撃を受けた。
二回目はきっと止めようと思えば止められただろう。しかし最低限の忠告はしたし、そこから先は自己責任だと思ったから引き止めやしなかった。
馬鹿か、俺は。
人の命は還らない。知っていたつもりだったのに分かっていたつもりだったのに。自己責任だとかそんな軽い言葉で片付けて、助けられたかもしれない命を見捨てた。
その結果がどうだ?
軍はほぼ壊滅し、回り回って全く関係ないサーシャさん達にすら間接的に迷惑をかけている。
人を殺し、どこかが壊れ、他人に迷惑をかけている。
そんな状態でなぜユイの面倒を見ようと思えたのか、どうしてキリトやアスナと関わっているのか。いつか取り返しがつかなくなりそうで、甘えてしまいそうでたまらなく怖くなるのだ。
だから、比企谷八幡はキリトやアスナと友達になれない。
× × ×
走りながら、どんどんと自己嫌悪が増していくのを感じながらも足を動かす。自分には何が正しいのかもう分からない。間違っていないことと正しいことは違うのだから。
初めて人を殺した時も、俺は自分が間違ったことをしたとは思っていない。だが正しいことをしたのかと問われれば、はいとは言えないだろう。そんなどうしようもない俺にまだ友達になりたいなんて言ってくるお人好したちがいる。
いい奴らだ。心の底からそう思う。だが、だからこそ関われないのだ。汚したくないのだ。こんな血にまみれた人殺しの手で触りたくないのだ。
いつか、きっとこの気持ちに決着をつけなければいけない時が来るのだろう。
俺が現場に到着した時にはすでに軍の件は片付いていた。そりゃ道案内してもらった二人と一人で探し回っていた俺とでは前者が速いだろう。ホッと一息つこうとした時だった。
「ーーハチくんっ!」
「なんだ? どうした?」
ボス攻略以外で聞くことはほとんどないアスナの切羽詰まった声でただごとではないのはすぐに察せた。近寄ると恐怖を目に宿したユイがゆらりとこちらに近づいて抱きついて来る。怖い、真っ暗、あたしずっとそこにいた……と、うわごとのように囁いている。
自分以上に何かに怯えている少女を突き放すなんてできるはずもなく、ユイが気を失うまで背中を撫で続けた。
× × ×
幸いにしてユイは数分で目を覚ましたが、どうにもこれ以上情報収集する気にもなれなかったので解散しようとするとサーシャさんが是非お礼をと言うのでキリトとアスナにも説得されて渋々泊まらせてもらうことにした。悪いな、マイホーム……今日は帰れそうにねぇや。
「本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいのか……」
年下である俺たちに向けて頭を下げるサーシャさんに対して向ける表情が苦笑い以外に思いつかなかった。本当に俺は何もしていないのだから。ただ一人で街中を走り回っていただけである。
「サーシャさん、頭を下げないでください。私たちは自分の意思で助けようと思っただけなんですから」
多分本気でなんでもないかのように言っている。それが故にそれがどれだけの人が当たり前にできないことなのかが分からないのだろう。なんの見返りも報酬もなく、善行を成せるやつなんてそうそういやしないのだ。
だからこそこいつらはいいやつであり、つくづく俺と一緒にいるべきではない人種なのだと思い知らされる。我ながらめんどくさいやつだ。
答えが見つからず、ヒントもない。今更遅いかもしれないが、顧問としてあるいは教師として生徒をいつも見守ってきた平塚先生のすごさを今初めて少し理解できた気がする。
しかし俺はまだそこまで人間できていないのだろう。どうにも二人を見るのが辛くなってきて、ユイを任せて街に出た。
目的のない散策は嫌いではない。千葉をぶらついて美味いラーメン屋を探したり、ふと立ち寄った本屋で新刊を買ったりなど意図しない楽しみがあるからだ……が、はじまりの街は隅から隅までとは言わないまでも八、九割は知り尽くしている。正直回っていても楽しくはなかった。
道行く人々の足取りは重く、商業区ですら活気がない。だからだろう、雪ノ下によく似た澄んだ声を聞き逃さなかった。いや、聞き逃せなかった。
「――エイト?」
「……おぉ」
声から察してはいたが、久々に会う人物につい気の抜けた返事をしてしまう。キョドッたりどもらなかった分、俺のコミュ力も上がっているのではないのだろうか。ないですか? ないですね。
「……久しぶり。数ヶ月振り、かな?」
「多分そんくらいだな」
またもや沈黙。そも俺とサチはキリト経由で知り合ったのだ。人間関係パイプがない相手と喋りづらいのも当然といえば当然である。友達の友達は他人と同じ理屈だ。みんな友達とか今時小学生でも言わないだろう。
「で、なんか用か?」
「用はないけど……今日はキリトと一緒じゃないの?」
「別にいつも一緒にいるわけじゃ……」
ない、と言おうとしたがついさっきまで一緒にいたことを思い出して言い切れなくなり、非常に歯切れが悪くなった。
「さっきも言った通り、用はないけど……今日のエイトは昔のキリトみたいな顔してるから……」
不意を突かれた言動に一瞬息が止まる。そんなことはないと否定したかった。だが、どうしようもなく俺自身がそれを自覚していて、久々に顔を合わせたサチにすら見破られてしまうほどに表に出ていたのかと、自分の弱さがにじみ出ていたことを恥ずかしく思う。こちらを心配しているような眼が、どうしようもなく痛かった。
「……まぁ、そんな日が俺にもあるんだよ」
「エイト」
茶化して誤魔化そうとしたことを察したか、強い語調で会話の流れを変える。正直に言ってしまえばこの場を一刻でも早く去りたかった。しかし、その濡れた瞳と泣いているような声音を聞いただけで金縛りにあったように体が動かなくなる。
そして、サチは言うのだ。
「ちょっと話そうよ」
サチも人の死に敏感です。
ラフコフ討伐作戦に居らず、人の死を感じたサチだからこそ今の八幡の相手になれるのだと作者は思っています。
※サチは八幡に恋愛感情を抱いていません。