《ソードアート・オンライン》の舞台である鋼鉄の城――浮遊城アインクラッドは先細りの構造であるため、一層が一番広い。
一層最大の街である《はじまりの街》は直径一kmある。
もちろん、はじまりの街程じゃないが、至るところに中小規模の村や町がある。
そんななかでも最大の------といっても二百m程の------街が迷宮区最寄りの《トールバーナ》という町だ。
俺とフェンサーは連れたって……とも言えない空気の中歩いていた。
「…」
「…」
歩いて行くと、やがて【INNER AREA】という文字が見えた。どうやら【圏内】に入ったようだ。
「はあ…」
あまりモンスターと戦闘していないから、恐らくこのフェンサーといる空気に疲れたのだろう。
言うこと言って、さっさと休もう……と思った俺は、《会議》の時間と場所を伝えることにした。
「……会議は町の中央広場で、午後四時かららしい」
言うことは言ったので、さっさと帰ろうとした。
「妙な女だよナ」
「うおっ!」
び、びっくりした…
……索敵スキル上げようかな……
ちなみに、レイピア使いはもう居なかった。
声の主は更に続ける。
「……すぐにでも死にそうなのに、死なナイ、どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。何者なのかネ」
……技が恐ろしく切れるのは、現実でもやっていたからじゃないかと勝手に推測している。
「…知ってるのか?あのフェンサーのこと」
俺がそう言うと声の主――通称《鼠》のアルゴは、
「安くしとくヨ、五百コル」
ニンマリ笑って、言った。
「いや、そこまでして欲しくないし、興味もない」
そこで俺は一呼吸置き、
「で、何のようだ?アルゴ」
「いや、特に用はないヨ、強いて言うならハッチがキー坊以外の人と一緒にいたからだナ」
……毎回思うのが、何でキリトは女なのに『坊』なんだろう、ということだった。
……あ?俺のアダ名?何回言っても直さないから諦めたよ、バカヤロー。
「そうか、じゃ」
……正直言って俺はコイツが苦手だ。できるだけ関わりたくない。
「まあ、待てヨ」
「ぐえっ」
……また襟掴まれた。そろそろ襟ない装備に変えようかな……
いや、ホント、マジで。
「……で、話は何だ?」
若干イライラして言うと、
「キー坊のアニールブレード+6を高値で買い取りたいプレイヤーがいるんだガ…」
……俺には関係がない話だった。
「わかった、つまり俺には関係ない話だから帰っていいってことだな?」
「違うヨ!少しは話を聞けヨ…」
仕方ないので俺は座り直す。
「はあ…ようやく話ができるヨ…」
ならさっさと話して貰いたい。
「キー坊のアニールブレード+6を二万九千八百コルで買い取りたいんだそーダ」
……少し驚いた。が、すぐに言い返す。
「……そんなところじゃないのか?自分の命を預ける武器な訳だし…」
「アア、でも、もしそれでもダメならもっと上げてもいいらしイ」
……それは少しおかしい。そこまで上げても損なだけだ。
「……というか良いのか?そんな情報言って」
「アア、これはオレっちからの依頼だ、そのプレイヤーの真意を調べて欲しい、キー坊はお得意様だしナ、それに情報料金は報酬から引かせてもらウ」
そう言って提示された金額は十分なものだった。
「……わかった、受ける。……で買いたいって言ってる奴の名前は?」
「依頼者は会議に出るから、終わったら話すヨ…」
「わかった、んじゃ」
そう言って俺はNPCレストランを出た。
「げっ」
俺こと比企谷八幡はNPCレストランで飯を食っていないことを思いだし、いつものベストプレイスで遅い昼飯を食おうとして----先客がいた。というか、さっき別れた(?)フェンサーだった。
フェンサーは俺の声でこちらを見るが、またパンを食べて、
「……何をしてるの?」
……冷たい、超冷たい。具体的に言うと雪ノ下くらい。
「いっ、いえ!いつもしょこで飯を食っているので!失礼しました!」
…噛んだのは仕方ないだろう……だって怖いんだもん!
「……別に、座って食べれば…」
「は、はいっ!恐縮でしゅ!」
…だからこえぇよ、フェンサーさん……
フェンサーのお許しも出たことなので、最大限距離をとり、パンとクリームの瓶をオブジェクト化させる。
パンにクリームを塗って、食べていると視線を感じた……正確には瓶に、だが。
「あ、あの…良かったらどうじょ、ここで食べさせてくれたお礼とでも…」
いいながら瓶を差し出す。
フェンサーは最初は戸惑っていたが、蓋をタップしてクリームを使用する。
その時瓶がポリゴンへと変わるが、気にしない。
フェンサーは、クリームをパンに塗って噛んだ、瞬間――。
すごい勢いでパンを頬張る。それこそサイヤ人かよ、と思うくらい。
全部食べてから俺の存在を思い出したのか、少しハッとしながらお礼を言ってくる。
「……ご馳走さま」
「お、おう…」
そこまで気に入ったなら、手に入れる方法を教えようかと思って口を開く。
「さ、さっきのクリームは前の村の《逆襲の雌牛》ってクエストで手に入れられるからやってみたら…「いい」…」
俺の親切を一蹴して、フェンサーは続ける。
「…美味しいもの食べに来たわけじゃないから」
その割にはすごい勢いでパン食べてましたね、と思いつつ、聞いてみる。
「じゃあ、何しにここに来たんだ?」
フェンサーは少し間をおいて、
「わたしが……わたしでいるため。最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム……この世界には負けたくない。どうしても」
その言葉に俺は強さと危うさを感じた……同時に初めてこのフェンサーに好感を持った。
コイツは最後まで自分を貫き通せる強さを持っている。その点は俺と同じだから…
だから、俺はこう答えた。
「…そうか……じゃあこの戦いで証明したらどうだ?……お前はこの世界になんか負けやしない…って」
…俺と彼女が似ている、と思ってしまったからだろうか、俺らしくもない言葉が出てくる。
ふと時計を見ると、もう午後四時、会議が始まる時間だ。
フェンサーは立ち上がり、
「……行きましょう。あなたが誘った会議なんだから」
そう言って広場の方へ歩いて行く。
俺も立ち上がり、広場へ向かって行った。
いよいよ、初めての
――会議が始まる。
次回は多分、会議終了までだと思います。