ソロアート・オフライン   作:I love ?

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久々の番外編。
本編にしようかも迷ったんですけど、原作にも載ってるエクスキャリバー取得祝いも番外編だし、いいかなって。

ちなみにタイトルだけで誰の話かわかったあなたは作者的にSAO上級者だと思います。


何故か、比企谷八幡は東北地方にいる。

東北地方。

青森、岩手、秋田、宮城、福島、山形の六県からなる地方で、日本では北海道に次ぐ寒さを誇る地方である。別名奥羽地方とも。

冬至も過ぎ去り、新春明けましておめでとうも済ませた後のある日、俺は東北を訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、さみぃ……」

 

「……当たり前でしょ。なんでそんな軽装備なのよ」

 

独り言のつもりで言ったのだが、刺々しい反応が返ってくる。や、俺千葉県民か東京都民だったことしかねぇし……。

 

「つーか、なんでお前の帰郷に俺まで着いてこなきゃいかんのだ、朝田」

 

「むっ、それは悪いけど、祖父母に帰郷する理由を訊かれたときにうっかり口を滑らせてあんたのことを話したら、連れてきてってせがまれたんだから……」

 

「……なんでや……」

 

朝田のじっちゃんとばっちゃん、なんで俺まで呼んだんや……。や、それで着いてきちゃう俺も俺かもしれんが、せめてもうちょい説明があってもよかったんじゃねーんですかね? 朝田さん。

 

「さ、いいから行くわよ」

 

くいくいと袖を引かれ、半ば無理矢理に引っ張られる。ちょ、やめて! 引っ張られてできた隙間から風が入ってきて寒いから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィーンガッシャッン、ウィーンガッシャッンと電車に揺られること一時間数十分。……いや、ウィーンガッシャッン、ウィーンガッシャッンはモビルスーツだな。まぁ、何はともあれ木造建築のやや大きめな一軒家に着く。ここが朝田の生家なのだろう。

見ると、深呼吸をして真っ白な息を吐いている朝田がいた。無理もないのかもしれない。朝田の人生を大きく変えたあの事件から数年が経ったとはいえ、未だその傷跡は完全には癒えていない。

朝田はPTSD(トラウマ)を発症し、朝田の母親は幼児退行。それを見て、朝田の祖父母はなにを思ったのだろうか。俺には推し量ることのできないくらいの苦労と苦しみがあったはずなのだ。

目を開いて、決心したように古びた旧式のインターホンを押す。

意外にも押すときは結構あっさりだったが、押した後息荒すぎだろ……。こっちまで緊張しちゃうからやめて! ただでさえ人見知りなのよ!

 

「……過呼吸になんぞ」

 

「うっ、うっさいわね! 久しぶりなんだから緊張するに決まってんでしょ!」

 

いや、そうだけどね? 俺は初めてお前の祖父母に会うのであって、君が余裕を持ってくれないとどうしようもないんだよ。ていうか、本当になぜ俺まで?

 

「はー……い」

 

……若干の言い争いの時、会合(ファーストコンタクト)。最悪や……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず、上がったらどう? 詩乃ちゃん」

 

「え、あ……うん」

 

早速気まずげな雰囲気を出す朝田の背中を軽くどつき、段差がある玄関から家のなかに入るように催促する。だが、地面に根でも下ろしたかのように動かない。

違うだろ? このお祖母さんはお前に対して気まずげな気持ちは確かにあるが、お前に嫌悪感は抱いてない。むしろ歓迎している。なら、言うことは一つのはずだ。

 

「……違うだろ。お前は家に帰ってきたんじゃないのか」

 

「え、あ……でも……」

 

普段は気が強いくせに、肝心なときは小心者だな、こいつ。

さすがに俺が先に入るわけにもいくまい。いや、入ってはいけないのだ、こいつが最初に言葉をかけ、帰らなくてはならない。言うべきことはわかっているはずなのだ。

玄関の扉を開けたままで寒いはずなのに、嫌な顔せずにこにこ笑っている朝田の祖母もその言葉を待っている。

 

「そ、その……た、ただいま」

 

「――おかえりなさい、詩乃ちゃん」

 

日常的に出てくる何てことないモノ。それを聞いた瞬間、朝田は。……朝田の頬を伝った一粒の滴は、俺の見間違いだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝田栞です、よろしく」

 

「あ、はぁ、よろしくお願いします……」

 

さすがに六十を越えた人に勘違いすることはないが、それでも純粋な笑顔を向けられることに抵抗というより違和感を感じてしまう。

それにしても、『詩』乃に『栞』か……。もしかしたら朝田家は文系一家なのかもしれない。理系だったら早くも心が折れていただろう。いや、朝田家が文系一家か知らんが。

ぺたぺたとたいして長くもない木造の廊下を歩きながら下らないことを考える。無愛想すぎる返事にも温厚で優しげな笑顔を崩さず、むしろ人付き合いが得意ではないと察したのか、あれ以降は話しかけてこない。これが年の功という奴なのだろうか。

東京や千葉の都会ではあまり見ない――というか、俺はキリトの家以外で見たことのない――正面からみたら漢字の目みたいな形になっているスライドドアを開け、居間に栞さんが入っていく。俺たちも続く。

円卓の炬燵に俺がよく見るものより遥かにでかいストーブ、その他はテレビ、炊飯器、冷蔵庫など関東でもよく見るものばかりだ。まぁ、一般住宅なのだから当たり前なのだが。

そして円卓の向こう側に、とても朝田の祖父とは思えないほど若々しい老翁が座していた。

どっかの亀の仙人や食の魔王、獣人種(ワービースト)のおっさんのように筋骨隆々としているわけではない。むしろ細身だが、しっかりとした筋肉がついている。

そしてなにより――目が鋭い。

立ち尽くしている俺に気を遣ってか、栞さんが老人と称するには若く見えすぎる男性の紹介をする。

 

「あぁ、彼の名前は朝田誠で、退職する前は警察官をしていたのよ」

 

あ、はちまんなっとく! なんで会ったばかりで苦手意識があんのかなーって思ってたら警察の方でしたか! 警察に目のせいで補導された過去が……。

 

「……まぁ、座ってくれ……」

 

荘厳な声にはなんの強制力もないというのに、気づいたら言葉に従って座ってしまう。言霊の存在を本当に信じてしまいそうだ……。

取り敢えず、着席。

 

「……さて……」

 

今から裁かれるような雰囲気を肌でピリピリと感じ、早速逃げ出したい。何回でも心の中で言うよ? 俺なんでここに居んの?

 

「……君が詩乃とお付き合いしている、比企谷八幡くんかい?」

 

時が止まった。それはもうザ・ワールド並みに。いや待て、そういう意味で言ったんじゃないのかもしれん。すぐにそういう風に捉えるのはモテない男子の悪い癖だ。

 

「あの……それは親交があるか、ということですよね」

 

「いや? 男女関係にあるのか、ということだが?」

 

絶句である。そーっと朝田を見遣れば朝田もこちらを向いている。フッ、と溜め息を吐いて誠さんに向き直ると、何が気にくわなかったのか朝田の肘打ちがあばらにヒットした。痛い! なんか知らんがごめんなさい!

 

「い、いや、あのですね、俺……僕と朝田さんはそういう関係ではないのですが……」

 

「……何? ……栞、どういうことだ?」

 

「あら? 詩乃ちゃんとたまに電話したら、比企谷くんのことを嬉しそうに話してたから……」

 

「私が話してるのは、こいつだけじゃなく友達のことでしょうが……」

 

あら、どこかで見たようなポーズ……うん、気持ち悪いな。ちょっとスーパーマーケットで特売品を見つけたおばちゃんをイメージするもんじゃないぜ……。あれだ、雪ノ下が額に手をやるときに似てるな。さすが氷の女王と氷の狙撃手だ。

 

「まあまあ、いずれそういう関係になるかもしれないでしょ?」

「いや、ないと思います」

 

「……ないわよ」

 

「……間があったな」

 

 誠さんに特に意識したわけではない間があったことを指摘されたのが恥ずかしかったのか、違うのに勘違いされたのに怒ったのか朝田は顔を赤らめた。

 

「ふむ……、済まなかったね比企谷君。こちらの勘違いで遥々東北まで来てもらってしまって」

 

「……いや、いいっすよ。東北のラーメン旨かったですし」

 

「ああ、確かにあれは美味しかったけど眼鏡が曇るのよね……」

 

「でも詩乃ちゃん今眼鏡掛けてないわよ?」

 

「邪魔だから取ったのよ」

 

あらそう、と軽めに言う栞さんとは反対に、俺は気分が重かった。二人が俺を朝田の恋人だと勘違いして呼んだのは解った。が、実際には俺は恋人などではない。つまり、この家に於いて俺は部外者だ。

はてさて、呼んだのは向こうとはいえ、俺はこのまま居ていいものなのか。さすがに東北まで来て、目的を数十分で果たしたから東京にとんぼ返りはしたくない。というか、そうなったら新幹線代を払って欲しい。……言わないけど。

 

「……比企谷君。いや、八幡君と呼んでもいいかな?」

 

「え、あ、はい。好きに呼んでもらって結構です」

 

「そうか。八幡君、まず此方の勘違いで遥々東北まで来てもらってすまない。どうか、謝罪させて欲しい」

 

そう言い、座ったまま深々と頭を下げる。……いやー、謝ってはほしかったけど謝られたら謝られたでちょっとなんかもっとこっちが心苦しくなるんですけど……。実際大学生なんて暇だしな。

 

「……いや、別に平気です。どうせやることなくゲームやってただけだと思うんで」

 

「ホントよね」

 

茶々を入れんな。いや、確かについ先日までエクスキャリバー、ゲットだぜ! とか思ってたけれども。これで俺が金髪で風王結界使えたら完璧だな、アホ毛も生えとるし。いや、冗談だけどな。そもそも性別違うし。

 

「……そうか。お詫びに、と言っては物足りないが、どうか寛いでくれ」

 

「あー……はい」

 

懇意にしてくれるのは有り難いが、寛げるわけない。いつものアパートなら今頃テレビ見てるかラノベ読んでるかゲームしてるか寝ているのだが、ついつい居住まいを正してしまう。

 

「時に八幡君。君は武道を嗜んでいるかね?」

 

「いや……」

 

「いかんぞ、日本男児たるもの何かしらやってないと」

 

いや、誰かと戦う予定はありませんし、警察官や自衛隊になる予定もないです。提督にはなってるけど。いやー、普通のネトゲも捨てたもんじゃない。

 

「……剣ならスゴいわよ。十メートルからの対戦車用狙撃銃(アンチマテリアル・スナイパーライフル)の弾をぶった斬るくらいだから」

「あらあら、アンチマテリアル・スナイパーライフルって何かしら?」

 

「あー……別名、対戦車用狙撃銃と言って、その名の通り戦車を撃破するためのものです」

 

俺も銃にそこまで詳しいわけではない。中二時代に調べたのは、こういうリアル系な武器ではなくファンタジー系が多かった。だから説明にすらなっていない説明を言ってしまったのだが、栞さんは柔和に微笑む。

 

「そんなものを斬れるなんて八幡君はすごいわねぇ」

 

……ゲームの中だけですからね? リアルでは斬れませんよ? 天然系、恐ろしいでェ……。ていうか朝田、ゲームの中だけってことを補足しろ。誠さんが訝しげに見てるだろーが。

 

「あのー、そういうゲームがあるんです。仮想世界に入って戦うやつで……」

 

「ああ、聞いたことがあるわ。VRなんちゃらよね?」

 

俺は首肯する。

たかだかゲームの話だろ? と言われたらそれまでだが、あながち馬鹿にもできないのだ。なぜなら、自衛隊ですら仮想現実世界での訓練が検討されているのだから。

やはり時代が違うので受け入れられないのか、重々しい沈黙を保っていた誠さんが顔をあげる。

 

「……八幡君、唐突な頼みで申し訳ないが、私と試合ってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何回かキリトの家でも桐ヶ谷やキリトと剣道(ルールなし)をしたことはある。だが、礼儀を重んじ心を大事にするであろう誠さんと武道をやっていいのか、いささか疑問だった。

 

「あの……俺、剣道の礼儀とか所作とかルールとか知らないんですけど……」

 

「む、そうか……。いや、手前が君の剣の腕を見たいだけだからルールは気にしなくていい」

 

あ、それはありがたいですけど、それは最早剣道と言うんですかね?

 

「はぁ……まぁ、それならなんとか」

 

「そうか……。栞、始めてくれ」

 

「はぁ〜い」

 

よぉ〜い、始めっ! と少々間の抜けた声で試合が始まる。さて、どう試合を進めたものか。

ゲームとは違い、これはあくまで俺の『剣の腕』を見るための戦い。竹刀を振るってのミスディレクションで注意を引き付け、掌底を腹に叩き込むなど、体術との複合技は出来ない。当然だが投剣も出来ない。

……。

…………。

………………。

……………………えー、俺の戦い方全否定じゃないですかー?

誠さんは剣道で言う中段の構えで静止している。どうやら俺の出方を見るらしい。

どないしよか……。

取り敢えず、いつもの構えをとる。

竹刀が床と平行になるように右手で握って前に突きだし、左手はパーの形で右手とは反対に後ろに位置させる。足は両手に倣う。

キリトと俺の構えは似ているが、あいつは地面すれすれに剣を構えるのに対し、俺は肩の高さまで上げて地面と平行に構える。まぁ、凄い疲れます。そもそもこの構え、後ろにある左手に投擲武器を持って相手が前にある剣に注目している不意を突いて先手をとる構えなのだ。

遅蒔きながらこの構えに意味がないことに気づき、普通に構えることにした。

とんとん、と軽く足踏みをして体の調子を確かめる。ほぅ、悪くない……。

某人類最強の兵長風に心中で呟き、一歩一歩ゆったりと近づいていく。

開幕の号砲は、俺の水平斬りだった。

危なげなく捌かれ、正中線を狙って頭上から襲いかかってきた竹刀を両手で握った竹刀で受け止める。重い。とても還暦を迎えている人の力ではない。

「ほぉ……」

 

一旦距離を取って仕切り直す。

この人、基本に超忠実だ。一つの事を追求し、極める。正に武人。

 

「……ッ!」

 

無言の気合いの声とともに手加減手心情け容赦なしに全力で竹刀を振るい、誠さんに痛烈な一撃を喰らわさんとする。

またしても、弾かれた。

そうか。俺の戦闘スタイルが限定されているだけじゃない。当然ながら、俺にはゲーム内のようなバカげた身体能力は持っていないのだから、剣速や敏捷が鈍るのは当然なのだ。

再度、俺の正中線を狙った竹刀が接近。さっきの再現のようにまた受け止める。

――が。

 

「グ、ギッ」

思わず変な声が口の間隙から漏れ出た。

今回は受け止めるのではなく、刃(といっても竹刀だからないが)に滑らせ、打撃を逸らす。

 

「ほう……。……八幡君、君の剣は我流の域を越えているよ。しかし、それは剣道ではない。実戦的過ぎる」

 

初めて好戦的な色が誠さんの瞳に混じる。

え、ちょっと? 好戦的なのは仮想組(仮想世界がファーストコンタクトだった奴らの略称)だけで十二分なんですが……。

 

「……ま、嫌でも剣技を研鑽しないといけなかったからですね」

 

「……そうか。君の剣に込められるものが重いわけが少し理解できたような気がするよ」

 

会話が途切れ、俺達はまた各々の構えに入る。俺は剣を上段に構え、ソードスキルで言う《ソニック・リープ》のモーションで、誠さんは変わらず剣道中段構えだ。

疾駆。

さすがに仮想世界内と同じ速度というわけにはいかないが、それでもかなりの剣速のはずだ。それを難なく誠さんはいなし、続く連撃は素早く体を翻して避けた。

反撃の喉元への突きは体の向きを九十度変えながらのステップで、すんでのところで躱す。その回転を活かし、竹刀を左手に持ち替えがら空きの胴を捉えんと思いっきり振った。

 

「くっ……!」

 

アインクラッドで最高の反射神経を持つキリトに勝るとも劣らぬ反応速度で突きのために重心が前にあったのにも関わらず、無理な体勢でバックステップして俺の一撃を避ける。

だが、体勢を崩したのは逃さない。よろめいている誠さんに追撃の一打を食らわせるべく、間合いを詰めて追撃。籠手をかすったが、有効打だとは認められないはずだ。事実、審判役の栞さんはノーリアクションである。

 

「ゼァッ!」

 

「甘いッ!」

 

今度は誠さんが跪いたまま竹刀を振り抜こうとし、先程と立場が真逆で俺は無理矢理体を後ろに傾ける。が、勢いがすごすぎてそのまま後転してしまった。

 

「いっ……てええぇぇぇぇッ!」

 

面やら籠手やら胴台やら着けていたせいで変なところに装着品がぶつかり、ちょういたい。メディック、メディィィィィーック!! 戸塚ァァァァ!!

 

「す、すまない八幡君。大丈夫か?」

 

「……あ、あぁ、大丈夫です。でもちょっとどっかぶつけたみたいで、まあまあ痛いです」

 

「それ大丈夫じゃないわね。ほら、胴着脱ぎなさい」

 

やだ、朝田さんここで脱げって言うの!? そんなこと出来るわけないでしょ!? ……や、まぁ、もちろん全裸になれとかいう意味じゃないだろうけど。

 

「あら、詩乃ちゃん大胆ね〜。私も殿方に人の眼があるところで脱げなんて言えなかったわ〜」

 

「なっ……そ、そういう意味じゃないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぁ〜、極楽じゃあ〜。

冷えた体が温まる感覚というのは堪らなく気持ちがいい。景色が良い温泉だったら最高だが、まぁそこまで高望みするのもどうだという話だ。

アパートの風呂では伸ばしきれない足をデローンと脱力させ、酷使した筋肉を慰労させる。ふえぇ、気持ち良いよぉ……。

 

「……満足してくれたようで何よりだ」

 

「あー、はい。スーパー銭湯来たのはあんまりないんですけど、結構気持ちいいもんですね……」

 

雪道歩いて十数分のスーパー銭湯で、朝田一家+俺で入浴中だ。もちろん混浴などではない。

暫し無言の時間が流れるなか、他の客が一人もいない浴室にポツリと声が響く。

「……詩乃は、よく笑い、よく泣き、よく怒る、感情豊かな子だった」

 

「……そう、みたいですね」

 

「ああ。だが、あの事件の後、あのこの笑顔を見ることはめっきり減って……いつからか、あの子は何かに追われるように、強く、強くなろうとしていた。多分、母親を……(あや)を守ろうとしたんだろうな……」

 

「…………」

 

「そして、詩乃は東京の高校に進学してしまった……会話といったら週に一度の電話でだけ。本当に事務的なことしか話さなかった」

 

湯船から立ち上る湯気を追い、誠さんは上を見上げる。俺もつられて上を向くが、湯気は最後には見えなくなり、消えていく。

 

「……でも、詩乃は変わったよ。多分、君と詩乃の友達によって。私たちと話すようになったし……何より、笑うようになった」

 

僅かな微笑みを携え、彼は何を考えているのだろうか。祖父どころか人の親になったこともない俺には解りかねる。だが、それはきっと、親愛とか愛情とか、単純な言葉一つでは形容しがたい複雑で、雑然としたものなのだろう。

 

「……八幡君」

 

「……何すか?」

 

「君は……一体何者だい?」

 

鋭い眼。疑問を解明する刑事そのものの眼だ。

 

「……《ソードアート・オンライン》。約四千人もの命を奪った、過去最悪の悪魔のデスゲーム。俺は、その生き残り……俗に《SAO生還者(サバイバー)》と呼ばれている者です」

 

「《ソードアート・オンライン》……。なら、君は……」

 

「……えぇ、人を殺しました。一人や二人じゃない。二十人近くも……だからですかね、生まれも育ちも境遇も……何もかもが違う俺があいつのことを唯一解ったのは……胸の内にある《罪の意識》」

 

二十人。そんな人数を殺せば現実じゃ凶悪殺人犯だ。警察官である誠さんには許容しがたいことだろう。

「罪って、法律を、社会のルールを犯すこと……なんですよね、きっと。でも、なら……俺は害悪で、死ぬべき存在だったんですかね?」

 

虚空を見つめ呟いた言葉は、誠さんにというより自分自身に向けたものだと無意識ながらに理解していた。

正当防衛。大義名分。

そんなものは社会からの攻撃を遮るものであって、自分自身からの攻撃は遮れないどころか二倍にも三倍にも膨れ上がらせる。いっそのこと、社会的罰を与えられた方が楽になるくらいに。

正当防衛だろうと大義名分があろうと、人殺しは人殺し。

でも、それならどうすればよかったのだろうか。

やらねば死んでいた。殺らねば殺されていた。

ただ、死にたくなかった。何かを守りたかった。

自分の命であったり、大切な人の命であったり、誇りであったり、意思であったりもするのだろう。

それが俺とあいつで唯一共通していることだ。

 

「……守りたいものがあったから、詩乃も……恐らく君も、人を殺した。ただ……納得はできない」

 

そりゃそうだ。いくら理由付けしたって人殺しなんて度し難いに決まっている。

別に受け入れてもらいたいわけでもないから反論はしない。だが、言い訳くらいはさせてもらおう。

 

「……それは強い人の理論です。何もかもすべて守ることなんて不可能です。小を殺して大を生かす。誰かが必ず嫌な役をやらなきゃいけない」

 

「……確かにそうかもしれない。だが警察官(われわれ)は限られた中の最善を探すのが仕事なんだよ」

 

「……複数の選択肢があるだけ僥倖ですよ。一つのルートしか取れないよりは」

 

「そうか……」

 

また浴室に静寂が訪れる。

ポチャンと何処からか垂れてきた水滴が水面にぶつかった水音がよく響く。

お湯に浸かる心地よさが空気のせいか半減しているような気がする。

 

「……八幡君、詩乃を頼むよ」

 

「……え?」

 

あまりにも唐突で、文脈も脈絡もない突然の頼みに思わず呆けた顔をしてしまう。口から魂が抜け出てるんじゃないのと思うくらいだ。

 

「友人としてでも知人としてでも何でもいい、ただ詩乃の傍にいて、詩乃を一人にしないで欲しいんだ」

 

「……俺は、まだ誠さんとあって一日も経ってませんよ? しかも人殺しときた。そんなことを任せられる要素0じゃないすか?」

 

言うと、どこか寂しいような悲しいような悔しいような笑みを湛え、ゆっくりと話す。

 

「……私には、私たちには詩乃の気持ちを理解することはできない。私も職業柄、人の死には一般人よりは近しいと自負しているが平和な日本だ、人を殺したことなどない。だから……私は詩乃の苦しみや悲しみを理解できない」

 

悲痛な声だった。

人殺しをしたことがない、だから朝田の気持ちが解らない。

前者は警察官である自分の理念に反するが、後者は家族である自分の理念に反する。

難儀なものだ。

人生には必ず選択がある。

受験であったり、就職であったり、その他にも色々だ。

選択とは、他の取りうるルートを切り捨て一つの道に進むことだ。

だから、複数の道を選ぶことはできないし、すべてのものを守ることもできない。

そんなことは解っている。

でも、それでも、それは……

 

「……まちがってます」

 

「……何?」

 

予想外の返事だったのだろう。眼を丸くしている。

それでもつらつらと追い討ちをかけるように喋る。

 

「……多分ですけど、アイツが一番今欲しいのは家族の愛情ですよ。家族ってのは、無条件で愛情を注いでいい、傍にいていい存在……だと、俺は、思うん、ですけど……」

 

年上に偉そうに語るなんて初めての経験のため、なんか自信なくなってきた。いやほら、よく言うじゃん。亀の甲より年の功って。

数十秒ほどキョトンとし、言葉の意味を反芻しているのか虚空を見つめている。

数秒ほどで眼を瞑り、何かを考えているような表情を浮かべる。やがて眼を開くと、ゆっくりと緩慢な動きで俺の眼をしっかりと見て、言った。

 

「……八幡君」

 

「……はい」

 

「確かにそうかもしれない。……だけど、一つ言わせてもらうよ。――君は、やっぱり詩乃の気持ちをよく解っていると私は思う」

 

 

 

× × ×

 

 

 

髪をしっかり乾かしていたからか、大して湯冷めすることもなく帰宅……いや帰宅だと語弊があるな。まぁ帰ってきた。

夕食はパッパッと済ませ、今はのんびり寛ぎタイムである(俺以外)。

その時スマホが鳴る。

 

「はいもしもし」

 

『ちょっとあんたシノンの実家に転がり込んでるってホント!?』

 

……耳が痛ぇ。スマホ画面を見れば『篠崎』と表示されている。

 

「……おい、それだとダメ男が彼女の家に転がり込んでいるみたいに聞こえるからやめろ。……ま、朝田の実家にいるのは事実だけど」

 

『アンタ何やってんのよ!! 非常識すぎるでしょ!?』

 

「お前の大声も相当非常識だぞ。つーか、文句なら朝田に言え」

 

「は!?」

 

いきなり話を振られて驚いた朝田が素っ頓狂な声を出す。これはかなりのレアボイスだ。

 

「……で、要件は何だよ」

 

『何もないわよ! フンッ!』

 

「……何だよアイツ」

 

勝手に電話かけてきて勝手に怒って勝手に切りやがった。フリーダム過ぎるだろ。その自由をぜひ調査兵団の皆様にも少し分けてあげて欲しい。

 

「リズから?」

 

「ああ」

 

ま、放っときゃいいか。怒りは持続性がない感情だし、一日経てばいつもの調子に戻っているだろう。篠崎の扱いは基本放置でなんとかなる。

ポケットにスマホをしまうと、視線が注がれる……あの、何?

 

「……何だよ」

 

「別に大したことじゃないけど、あんたのアドレス帳って女子の割合が高そうだと思っただけ」

 

何をそんなバカな。そんなことがあるわけないだろ、俺は葉山じゃねーんだよ。葉山のアドレス帳女子の割合が高いか知らんが。

あー、っと……朝田、綾野、エギル、川崎大志、桐ヶ谷妹、キリト、小町、クライン、材木座、篠崎、父、戸塚、母、平塚先生、由比ヶ浜、結城、雪ノ下……。

家族を抜いたら、女子十対男子四……あ、戸塚は男だったから、女子九対男子五か。若干女子寄りだが、そんなに偏っているわけでもなかろう。……平塚先生を女子と言っていいのかは甚だ疑問だが……。やめよう、東北地方にいるからか寒気がしてきた。

それにしても眠い。慣れない新幹線で慣れない土地まで来て、慣れない家にいるから精神的な疲労が大きいのかもしれない。

 

「……すいませんが、俺、もう休ませてもらっていいですか?」

 

「十時半か……少し早いが八幡君も慣れない場所で疲れただろう。もう寝ようか」

 

誠さんの提案に眼鏡の奥の瞳が少し眠たげな朝田は賛同し、まだ元気そうな栞さんも反対はしない。

歯を磨き、寝室に連れていかれる。十二畳の和室は引き戸で半分に遮れるようになっていて、布団が二組ずつ敷いてある。

 

「それじゃ、寝ましょうか」

 

言うと、モゾモゾと隣合いの布団に潜り込んでいく誠さんと栞さんを見て、何の反応もできなかった。

眼に入るのは、六畳ずつに仕切られた向こうの部屋に敷いてある二組の布団と、顔を赤く染めた朝田だけだ。

……いやまぁ、いつも一緒に寝てる夫婦が客人のためにわざわざ離れて寝るのもめんどくさいが、もうちょっとこう、……配慮は?

 

「あー……、俺、廊下で寝るわ」

 

「……風邪引くわよ。……いいわよ、隣で寝るくらい」

 

なら赤面するのやめてね? 恥ずかしいから。

俺は尚もしつこく食い下がる。

 

「いや……、しかしだなぁ」

 

「それとも、何? 私が寝ている間に何かするの?」

 

「いや全然まったくそんな気は微塵もないけど」

 

一時の性欲を満たすためにこれからの人生をふいにしたくない。超究極な安パイ思考(略して地球)を……嘗めるなよ?

がすっと脛を蹴られて痛いんだけど。

 

「ならいいじゃない」

 

「いや、そうじゃなくて倫理的な問題がだな……」

 

「じゃあ、ここで寝る?」

 

すでに誠さんと栞さんが床に就いている今俺たちがいる部屋を指差す。……無理、夫婦間に割ってはいるとかどんだけ無礼なんだよ。

 

「朝田がここで寝ればいいんじゃないか?」

 

また脛蹴られてちょっとイラッ☆としたが特になにもしない。大人げないし逆らうと怖いし。

 

「……私もまだちょっと気まずいし……」

 

まぁ、和解したとはいえ一日で一緒に寝れるほど朝田はフレンドリーな性格ではないだろう。

しかしそうなると困った。

廊下はさすがに冷えて眠れない。リビングだと誠さんたちが早く起きた場合邪魔になる。同理由で他の部屋も却下。二部屋ある寝室のうち一部屋はもう二人が寝ている。……詰んだ。

 

「はぁー……」

 

仕方ないので最大限布団を離し――と言っても六畳なのであまり変わらないが――、振り向いて朝田に訊ねる。

 

「……お前、どっちがいい?」

 

さして違いもないが、一応質問しておく。

 

「窓側」

 

即答された。……もしかして違いあんの? いや、ないよね? こいつの好みなだけだよね? まぁどうでもいいけど。

 

「じゃ、寝るか……」

 

疲れて布団に気だるげに入るところが親父そっくりらしい(小町談)と言われてちょっとショック受けたので、出来るだけしっかりと入っていく。中は栞さんが何かの機械で温めてくれていたのかぬっくぬくだ。

女子が隣の布団で寝ている状況下で寝れるかと思っていたのに反して眠気がすぐに襲ってきたので、それに逆らわずに身を任せているとすぐに寝落ちした。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「……エイト、寝たの?」

 

自分の声以外は祖父と祖母、そして隣で眠る男の規則正しい呼吸音だけが響いている。

隣の布団からはみ出ている手をおずおずと触り、人差し指と中指だけを立てて脈を確かめる。

これが詩乃は好きだった。相手が生きていると実感できるのだ。無論胸に耳を当てて心音を聴く方がより感じられるのだろうが、そんな少女漫画チックなことは詩乃にはハードルが高すぎた。

本人と同じく、気だるげに脈打っているのが感じられるのがおかしくて、少しだけ頬をつり上げる。

さらに八幡の右手首をしっかりと左手で繋ぐ。

眼を閉じて、子守唄を聞いている子供のように安らかな笑顔を浮かべる詩乃の顔は、普段の大人びた顔ではなくて年相応の可愛らしい顔だった。

外に出して寒いはずの左手は何故か温かで、その心地よさに身を委ねていると詩乃もまた眠りに就いた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

翌日の朝。俺が初めに見たものは朝田だった。

朝田だけに朝チュンか、朝チュンなのか!? ……なわけあるか。

淡く薄いライトグリーンの寝巻きとリボンで髪を結わえていないのを見るに、どうやらこいつも今起きたばっかなのだろう。眼福であります。

身を起こそうと両手を布団につけると、右手首がビリビリする。輪ゴムで長時間血管を圧迫していたかのような感覚だ。

 

「……なあ、何か手首がビリビリするんだが何でか知らんか?」

 

「し、知らないわよそんなこと……」

 

なぜそこで顔を背けるのかはわからんが、大した問題じゃないので無視する。

俺の着替えが置いてある部屋に行き、バッグを漁って適当にズボンとシャツ、上着を取り出してパッパッと着替える。

寝室のドアをノックし――誠さんたちが寝た方には引き戸、俺たちが寝た方にはドアがそれぞれある――、入っていいかと訊ねるともう少し待ってと言われる。一分かそこらで入室許可が出たので、扉を押して入る。

布団の片付け方はわからんが、誠さんたちの布団に倣って掛け布団、敷布団に分けてそれぞれ半分に畳んで重ねて置いておく。……そういや、今何時だ?

 

「……ねみぃ」

 

冬休み……それも怠惰な正月の後に早起きはキツい。それは朝田も同意なのか、いつもの半分くらいしか開いていない眼を何度も瞬かせていた。

ダルい体に鞭打って、いつも以上に重い足取りでリビングに向かう。朝田も続いた。

 

「……おはようございます」

 

「……おはよう」

 

「ああ、おはよう」

 

「あら、起きたの? おはよう」

 

眠たげな俺たちとは対照的に、二人はもう完全に意識が覚醒しているようだった。やだ、この人たちすごい……。

昨日と同じ席順で朝食を摂った後、真っ先に口を開く。

 

「あの……俺、昼前にはもう帰るつもりです。昨日確認したら新幹線もあったんで……」

 

「もう帰るのかい?」

 

「まぁ……、はい」

 

今日は朝田は母親に会いに行くらしい。俺がそこまでするのは違う。ここから先は家族の問題というやつだ。

 

「そ……、じゃあ、またALO(あっち)で」

 

「ああ」

 

まったりタイムで中座し、さしてない荷物を整理する。忘れ物がないかチェックしたり、いつの間にやら着信したメールに返信したりしていたらあっという間に昼前だった。

 

「……んじゃ、色々お世話になりました」

 

「やめてくれ。お世話になったのはこっちだよ」

 

「そうよ。よかったらまた遊びに来てね」

 

「……じゃあね」

 

三者三様の挨拶をし、雪が深々(しんしん)と降る外へと出る。最後にお辞儀をもう一度してから最寄り駅までの雪道を歩く。

 

 

 

× × ×

 

 

 

罪を犯した者は罰せられるべきである。ただ他人から罰せられるのではない。自分の手で罰するべきである。

それでも犯した罪は、あるいは罪悪感は消えない、消してはいけない。

なぜなら、人の死に何も感じなくなったものはもはや人間ではない、化け物だ。

かつて俺にもそんな時があったのだろう。

この雪のように罪は積もり重なり、いずれは自らも殺してしまう。しかし何とか贖罪しようとすれば、きっといつかは溶かしてくれる。

だけど、また新たな罪は何度でも生まれるのだろう。

辛かったら逃げてもいいだろう。だが背けてはダメなのだ。

背けたら、見えなくなってしまう。わからなくなってしまう。化け物になってしまう。

必要なのは自覚なのだ。罪を犯したという自覚。認識。識別。

 

そのことを、我々は努々忘れてはならない。

 

 

 

× × ×

 

 

 

新幹線内で昨日銭湯でアドレスを交換した誠さんからメールが届いた。画像付きメールか……しかも二枚。

一枚目。

……見た瞬間死にたくなった。

寝ている二人の男女。

女性の左手が男性の右手首をがっちり掴んでいる。ともすれば、仲良く見えるような写真だ。

二枚目。

 

「……!」

 

後ろは殺風景な白銀の雪景色が広がっている。だが問題はそこではない。

還暦を迎えたであろう老男女に高校生くらいの女の子一人が写っている写真。日常の一枚を切り取っただけにも感じる写真。

笑うことに慣れていないような笑顔、柔和で優しげな笑み、困ったようなくすぐったいようなそんな笑顔。各々が心からの笑みを携えていた。

なんてことない写真だ。

でもそれは、お互いが勇気を出して一歩踏み込んだ、尊ぶべき結果を表しているものだ。それは賛嘆されて然るべきものなのだろう。

ほんの一言だけ打ったメールを、俺は送信した――。

 


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