さて、今回はまた八幡が死にかけます。題名を付けるなら『またしても、比企谷八幡は死にかける』ですかね(笑)
そんなどうでもいい話は置いといて、それでは第三十二話、どうぞ!
「な……にぃ?」
《アステリオス・ザ・トーラスキング》――アステリオスは確か、ギリシア神話のパーシパエーの息子で星、雷光を意味する……いや、そんなことはどうでもいい。最優先事項はこれからどうするかだ。
もちろん撤退が吉だが、ボス部屋の真ん中に陣取っているアステリアス王がそれを許さない。俺達H隊はボス部屋の手前で戦闘をしていたため逃げられるが、本隊は奥で戦っていたため撤退するにはアステリオス王の攻撃範囲を通らなければいけないため、撤退はできない。俺達だけが逃げて生き延びても、僅か六人でボス攻略などできるはずもない。
ならば、今俺達がすべきことは――。
「H隊総員、速攻でナト大佐を倒すぞ!全力攻撃!」
「オウッ!」
指示と共に俺は跳躍する。俺は《軽金属装備》スキルをホルンカまで取っていたが、今は取っていない。あの頃は軽金属装備スキル→隠蔽スキル→索敵スキル(一時的に)→隠蔽スキルという風に変わっている。……おかげであの時新しく買った胸当てと籠手が無駄になったが。
まあ何が言いたいのかというと、軽金属装備をしていないため高く跳躍できると言いたいのだ。
トーラス族は僅かな例外(分厚い金属鎧を着ている《トーラス・アイアンガード》など)を除き、大体は角の間の額に攻撃を当てるとディレイするのだ。
しかし、当然ノーリスクという訳ではない(ノーリスクならとっくに狙っている)。まず、ナト大佐でも額の位置は二メートルはあるため狙いにくい。そして、仮に当たっても必ずディレイさせることができるとは限らないからだ。
だが、第三のトーラス族が現れ、安全にのんびり対処していたらそれこそ危ない。多少のリスクは取るべきだ。
「お……おおぉぉっ!!」
一層のキリトのようにナト大佐の額に剣を向け、突進系片手剣スキル《ソニックリープ》を発動。見事に額にクリーンヒットし、ナト大佐をディレイさせる。
着地と同時に色とりどりのライトエフェクトがナト大佐を覆う。
ソードスキルの嵐を耐えきったナト大佐は、ナミングのモーションに入る。普通ここは引くのがセオリーだが、今度はキリトが跳躍、ソードスキルを発動させる。
「ヤアアァァッ!」
ナト大佐の雷を纏ったハンマーとキリトのライトエフェクトを纏ったアニールブレードが、がきゅいいん!という衝撃音と火花を散らす。お互いの武器がノックバック、決定的な隙を生み出す。
「チャンスだ!!これで決めるぞ!」
未だ空中にいるキリトを除いた五人で、これをラストアタックにするべく猛攻を仕掛ける。
しかし――僅か数ドット残ってしまうのを確認したのと同時に、あらかじめ左手に握っておいた投げナイフを投げるモーションに入る。
違う武器系統ならソードスキルの硬直時間がなくせるのはウインドワスプの時に立証済み。左手でソードスキルを発動させる練習はしていたものの、成功率は百パーセントではないが、システム的にモーションと認められたため投げナイフがライトエフェクトに包まれる。
もう何回も使った《シングルシュート》を発動させ投擲、その直後にキリトの左足もライトエフェクトに包まれる。あれは後方宙返り縦蹴り体術スキル《幻月》だ。
ナト大佐は爆散、はたして俺の投げナイフが着弾する方が早かったらしく、視界にラストアタックボーナスが表示されるが、目も呉れずアステリオス王の方を見る。
幸い麻痺になっている五人はタゲられておらず、本隊もバラン将軍とアステリオス王に挟まれるという最悪の事態にはなっていないが、アステリオス王が本隊に合流したら同じことだ。
H隊メンバー全員に目配せをすると全員頷き返してくる。……考えはみな同じ、か。
「……よし、まずバラン将軍から倒す。俺が先行してディレイさせるから、続いて追い討ちしてくれ」
「うん!」
「わかった」
返事を聞いて俺は走り出す。助走距離は充分。速度は最速。あとはタイミングを合わせて跳ぶだけだ!
バラン将軍がこちらを向いた瞬間に二度目の跳躍。最高到達点で、また《ソニックリープ》を発動し、額に狙いを定める。
ナト大佐の二倍ほどの体躯だが、俺の全力ジャンプ+身長+腕の長さ+剣の長さ+《ソニックリープ》の物理法則を無視した飛距離でギリギリ届いた。《投剣》スキルで狙えばいいと思うが、動き回る相手にそんなホイホイ当てられない。
見事に命中し、ディレイに陥るバラン将軍。仮想の重力に従い落ちていく俺。俺の指示通りに追い討ちを掛けるH隊メンバー。しかし、またも数ドット残る。
俺はバラン将軍の体にダメージを与えられない蹴りを放ち縦に一回転(というか宙返り)。一回転して体勢を立て直している間に投げナイフを右手に持ち投擲体勢をとる。《軽業》スキルを取っているからこそできる芸当だ。
バラン将軍に放たれた俺の投げナイフは、余すことなく将軍の命を刈り取る。再びのラストアタック。だが気にしている暇はまだない。
アステリオス王の方を見ると、息を吸い込み真っ黒な膨らませた胸を反らし――。
見たことがない俺でも解る。あれはブレス攻撃だ。
俺はアステリオス王に背中を向けている二人に叫んだ。
「キリト!アスナ!避け――」
轟音。現実でも聞いたことがない雷鳴に俺の声は掻き消される。それでも二人は僅かに反応できたようで直撃は免れる。
ブレスの余波はバックステップして避けた俺の所まで届くが、さすがにダメージもデバフもこの距離じゃ有効射程圏外らしい。
いや、そんなことはどうでもいい。アステリオス王の巨体はキリト達に迫っており、二人は麻痺で動けない。他にも十人以上が横たわっており、青、緑両隊のリーダーのリンドとキバオウも麻痺のため指示は無く、三十人以上のプレイヤー達はどうするべきかわからない様子だ。
はー、と息を吐き、覚悟を決める。
リーダーの指示は無く、他のプレイヤーは動けない、一層の時は二人がいたが今は麻痺のため動けない。……どんなクソゲーだ。
「エギル!二人を安全域まで運んでくれ!H隊は他のプレイヤーも運べ!」
「わ、わかった!……エイトはどうするんだ?」
言っている相手も、込められている感情も違うが、返す言葉は同じだ。
「決まってるだろ?俺は『ビーター』だ。ならやることは一つだ。俺は……ボスのラストアタックボーナスを獲りにいくんだよ」
猛然とアステリオス王に向かってダッシュする。走っている間に投げナイフを三本投げ、タゲをとる。バラン将軍より更に大きい相手に睨まれているのだから、どうしても萎縮してしまう。
「はっ……我ながらついてねぇ……」
思わず嘲笑。巨木の幹のような腕から繰り出されるパンチは、破壊不能な迷宮区の床にヒビが入ると思うくらいの威力だ。……笑えない。
ジリジリ、ジリジリと攻撃を避けながら後退していき、二人と本隊から遠ざける。
二分くらいそうしていると、背中に固い感触、壁だ。
それを好機と見たかのようにアステリオス王は、俺を叩き潰しにかかる。
しかし俺は股下を通り回避。更に振り向き様に《スラント》をアステリオス王の左足の腱にお見舞いする。
「グウオオォォォォアアアァァァ!!」
ボス部屋のプレイヤーを震撼させる雄叫びは、怒りを伴っているように聞こえた。が、こちらだって容赦はしない。
右足を俺を踏み潰すように下ろしてくるが、前にダッシュして回避。更に衝撃波がくると推測した俺は、アステリオス王の方に向き直し、三度目の跳躍。案の定同心円状に広がる衝撃波がきた。しかし空中にいるので問題はない。
さっきもやったように《ソニックリープ》で物理法則に逆らいそのまま右の太ももに突き刺さる。
だが、この策は失敗だった。
太ももに突き刺さるということは、地面から少し距離があるということで、地面に接地しないと次の行動に移れない。結果、アステリオス王は踵落としをするように足を振る。その足が俺にヒット、サッカーボールよろしく、グングン飛ばされていき体力もレッドゾーンになってようやく止まった。
俺が体を起こした時にはもうアステリオス王は俺の前にいて、その拳を――――
――降り下ろせなかった。
カァーン!という金属と金属がぶつかる音が上からする。
「え……?」
立ち上がるのも忘れ、辺りを見回すと銀色の星屑のようなキラキラとしたものを発しているものが、まるでブーメランのように何処かへ戻っていく。
――あれは、ネズハに渡した――。
俺はボス部屋の入り口を見ていないが、オルランドがネ……と言っていたことからネズハだと確定。そして今度はネズハ本人の声が聞こえてきた。
「僕がギリギリまでボスを引きつけます!その間に、皆さんは態勢を立て直して下さい!」
その言葉にやっと活動を再開するレイド隊メンバー。俺の努力が徒労に終わった気がするが、いつものことなので気にしない。
ポーションを飲み、ようやく麻痺が治った二人のところに走っている最中に、聞き慣れたという程ではないが、聞くことが多い声が聞こえてきた。
「ブレスを吐く直前、ボスの目が光るんダ」
という《鼠》の声が。
……やはり情報収集は大事ですね。急がば回れ、だけど回ってたらどっちにしろレベル的にも装備的にも置いてかれるからなぁ……
二層ボス部屋で、どうでもいいようで大事な事に頭を悩ませる俺であった。
次回!『決着、第二層ボス戦』です!