そんな思いで書いた第四十一話、どうぞ
二階建ての宿屋である《風見鶏亭》は、一階がレストランで二階が客室という造りになっている。
受付にいるNPCに話し掛け、チェックインを済ませて、レストランにある椅子に座り、向かいに座っているシリカに話し掛ける。
「取り敢えず、飯にしないか?」
俺の提案にシリカが頷いたところで、NPCが飲み物を運んでくる。
グラスに注がれた飲み物を飲もうとしたが、シリカがグラスを上げていた……え?何?
「あー、その……乾杯」
俺の考えは正しかったらしく、カチンとグラス同士が当たる音が聴こえた。
赤い熱い液体(血ではない)を口に含むと、スパイスが効いた酸っぱい味が口に広がる。
成人しているクラインやエギル曰く、ホットワインに味が似ているらしいが、酒はあまり俺に合わないのかあまり美味しく感じない。
それでも飲んでいるのは、この飲み物にはコップ一杯で敏捷力の最大値が+1されるからだ。
シリカは飲み覚えがないのか、俺に訊ねてくる。
「あの、これは……?」
……別に毒なんて入ってないから安心しろ。……圏内じゃ毒にならないか。
「ん、ああ……これは《ルビー・イコール》っていうアイテムで、敏捷力の最大値を+1してくれるんだ。ちなみに持ち込み」
これはアイテムトレードで、筋力に+1されるアイテムとキリトと交換して手に入れたアイテムだ。
「そ、そんな貴重なもの……」
「いや、別にいい。どうせ今日飲もうと思ってたしな」
何なら一緒に飲む奴いなくて一生開けなかった可能性もある。
グラスの中の飲み物を全部飲んで一息ついたシリカが口を開く。
「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」
恐らくシリカはこういった悪意や害意に自らが体験するのは初めてなのだろう。
「あの……シリカは大規模ネットゲーム(MMO)は……」
「初めてです」
やはりか……という言葉を呑み込み続ける。
「人は誰しも仮面を被ってキャラを演じて生きている。それは現実世界でも言えることだ……それをネットゲームの世界ではロールプレイというんだろうが……それにしたって……いや、この世界には悪意が多すぎる」
アイテムやコルなどを奪いプレイヤーに危害を加えるオレンジプレイヤー。そして……殺人まで犯す自称レッドプレイヤー。
「ここは、限りなく現実に近い。負けたら死ぬデスゲームじゃなくて、ここは《異世界》なんだ。だから……俺は、ここで犯罪を犯す奴は現実でもろくでもない奴なんだと思っている」
どの口が言うんだ。俺は、人助けなどせずに自らの強化だけをしてきた男が。どちらかと言えば俺もオレンジプレイヤー寄りのくせに。
俺の言葉で重くなった空気を軽くしようと、軽い声を出す。
「……ま、俺もそんなこと言ってるけど、全然いい奴じゃないんだけどな。人助けなんてろくにしたことないし」
「エイトさんは、いい人です。だって、あたしを助けてくれたじゃないですか」
いい人。俺に向かって言われるいい人は、『都合がいい人』という意味だ。
常日頃から人間観察を怠らなかった(それ以外することがなかっただけ)俺は、人が嘘を吐いているかくらいはわかる。……まあ、雪ノ下さんレベルに底が知れないとわからんが。
さすがにこの小さい少女が雪ノ下さんレベルってことは……ない、と思う。つまり、嘘を吐いていないということだ。
「……そうか。まあ、ありがとな」
……このデスゲームで、嫌が応でも人と関わらなくてはいけなかったからか、(年下限定で)感謝の言葉は言えるのだ。
そんな会話をしているうちに持ってこられたシチューと黒パン、デザートのチーズケーキは、味があまり俺好みじゃなかったが、普通に旨かった。
食事を終えた頃には時刻は夜八時を過ぎていて、四十七層攻略のために早く休もうという提案が了承されたため、お互いの部屋――偶然にも俺の部屋はシリカの隣だった――に入った。
「ふう……」
……妙な展開になったものだ。まあ、目的の人物(かもしれない)と会えたからいいか……やっぱり人助けはだいじだね!
さて、見つけたのはいいがどうするか……できるなら一気に潰したいが、尻尾を掴むためにモタクサしてたらシリカがパーティーを組んでいた奴らが壊滅する可能性も……
武装を解除して、紺のシャツ一枚でベッドの上で所謂『考える人』のポーズをして思案していると、ドアの方からノックが二回聴こえた。
「こんな時間……いや、この状況で俺の部屋を訪ねる奴は一人しかいない、か」
重い腰を上げると、ベッドがギシッという音をたてる。扉を開けるとやはりシリカがいた。寝間着なのか服が替わっている。
「……何のようだ?」
ヤベッ、少しキツく聞こえたか……?
少し戸惑い顔のシリカを見てそう思う。また泣かれでもしたら、手に負えません……
「ええと、その、あの、――四十七層のこと、聞いておきたいと思って!」
ああ、そういえば全然説明してなかったな。
「解った。階下に行くか?」
「いえ、あの――よかったらお部屋で……」
は?ヘイユー少しは警戒心を持とうぜ。
「あっ、あの、貴重な情報を、誰かに聞かれたら大変ですし!」
「いや、まあ、それはそうだが……まあ、いいか」
話が終わったらちゃんと帰せばいいか。
シリカに椅子に座るように促し、自分はベッドに腰掛け、ウインドウを操作して小さな小箱をオブジェクト化する。中の水晶球がランタンの光を受け光っている。
「きれい……。それは何ですか?」
「ん、ああ、これは《ミラージュ・スフィア》っていうアイテムだ」
箱を机に置いてタップすると、メニューウインドウが出現したので迷わずOKボタンを押す。
すると、円形のホログラフィックが出現し、四十七層がこと細やかに立体映像で映し出されている。
「うわあ……!」
地図を覗き込むシリカを傍目に説明を始める。
「ここが主街区。こっちが思い出の丘……この道を通らなきゃいけないんだが、こっちにはメンドクサイモンスターが……」
どうにかつっかえることなく説明をして、もう説明が終わりそうになる。
「この橋を渡ると、もう丘が見え……」
その時、俺の索敵スキルに引っ掛かった奴がいる。それも……ドアの前から。
「……?」
まだ気づいていないシリカに唇に人指し指を当て、『静かに』というジェスチャーをする。わかったらしく、首を上下に振っている。
さて、会話が途切れたことに不審を抱いているだろうから、ドアに近づき一気に開ける。誰もいないが、足音が聴こえた。
俺はシリカに聞こえないくらいの声で呟く。
「逃げられた、か」
むしろ好都合だ。これで尻尾を掴む必要もなくなり、四十七層にあいつらは現れる。
「な、何?」
「ああ……どうやら盗み聞きされていたみたいだ」
「え……で、でも、ドア越しじゃ声は聞こえないんじゃ……」
「《聞き耳》スキルが高いとその限りじゃないんだ」
何せリア充の営みを盗み聞きするのが一時期流行ったくらいだからな……
「でも、なんで立ち聞きなんか……」
「すぐにわかる」
具体的には明日。
「ま、なんにせよ、ちゃんと寝とけよ?」
言いながらホロキーボードを叩く。返事はなかったが、きっと自分の部屋に戻ったのだろう。
現在十一時。……さて、作業は終わったのだが……
「……どうしよう」
シリカが俺のベッドで寝ているのだ。
それから更に約三十分かけて自分が寝るポジションを探し、そこで寝るのに更に一時間ほどかかり、結局寝たのは午前十二時半になってしまった。
次回!『憂鬱な八幡』です!