それにしても……八幡、不憫だなぁ……などと思いながら書いた第五十二話、どうぞ!
二〇二四年、四月十一日、正午前。
五十九層主街区ダナクの天気は最高で、宿屋で一日中寝てようと決意し、午前の攻略を終えた俺は宿屋へと向かう。
中央広場を歩いて、ふと風が吹いたときに芝生の方を見ると見知った顔が。
一人は最近の悩みが結婚を申し込まれることが多い(普通なら自慢に聞こえるだろうが、顔を真っ赤にして話す姿は眼福でした)こととの《黒の剣士》キリト。もう一人は最近の悩みが忙しすぎて目が回ることとの《閃光》アスナ。……なんで二人とも俺に愚痴ってくるの?ちなみにアスナがあまり求婚されないのは、地位的に高嶺の花だからだと推測している。
……まあ、首を突っ込むとろくなことがない他人の恋愛はさておいて、これは些か警戒心がなさ過ぎると言わざるを得ない。
確かにこの広場――というより街は《圏内》……正確には《アンチクリミナルコード有効圏内》だから、HPが減ることも、毒などの状態異常になることも、ましてやアイテムを盗むこともできやしない。
しかし、触っても起きないくらいに深い眠りに入っているなら、寝ている相手の手を勝手に動かして《完全決着モード》でデュエル申請をし、所謂《睡眠PK》をされるし、もっと大胆なら《
このケースは、実際に《
それぞれに悩みがあり、理由のベクトルが違うが疲れているのだろう。
キリトはボッチ故に慣れない会話で気を張り詰めて、アスナはギルドメンバーの面倒を見て。
はあ……と溜め息を吐く。最近溜め息を吐き過ぎだから、幸せがないんじゃないか?と思ってしまう。
攻略組の主力の二人を万が一にも失わないため、俺は長い長い暇との戦いをするはめになった。
太陽が西に傾き(アインクラッドが自転しているのかは知らないが)、夕陽が出てきた頃にようやく二人は眼を醒ました。
たっぷり八時間も付き合わされた身としてはたまったもんじゃないが、攻略組でも一、二を争うアイドル的存在の寝ぼけ眼な姿を見られただけでもまあ、得したような気分ではある。
生涯二度と見られないであろう女子の寝起き姿を脳にインプットしつつ、未だに脳が覚醒していない二人に声を掛ける。
「……おい」
「「うひゃあ!」」
声を掛けた後にこちらを見ると、一気に脳が覚醒したのか眼を見開く。
……どうやら寝起きに俺の顔を見ると眼が醒めるというのは、雪ノ下の言った通りのようである。
やったね八幡!あの言葉は毒舌じゃなくて真実だったよ!……どっちにしても嬉しくねえ……
キリトは恐らく羞恥で顔を赤くし、アスナは恐らく怒りから顔を赤くする。
「「な、なんでエイト(ハチ君)がここに!?」」
さっきから仲いいですね、君達……
ちなみにハチ君、というのは別に俺がアスナの忠犬になった訳じゃなく、愛称ならぬ哀称だ。なぜかデュエルをした日を境に呼び名を変えた。
その哀称をやめろと抗議したものの、命令権一回分ね?と正に閃光の様に輝く笑顔で言われてしまったら拒否権はない。救いは、ちゃんと公私のメリハリをつけて呼び名を変えてくれることか……
余談だが、公的な場においてはエイト君と呼ばれており、君付けされるプレイヤーは他にいないため、疎まれてるぞとはクライン談だ。……いや、歳が近いからだろ。
「いや、別に……たまたま通りかかっただけだが……」
約八時間前にな、とは言わずにここにいる理由を述べると、キリトは未だに思考停止しており、アスナは歯ぎしりをしているかの様に歯を食い縛っている。
「……ゴハン一回」
「は?」
「ゴハン、何でも幾らでも一回おごる。それでチャラ、どう」
「いや、別にいいから、そんな大したことやってねえし」
ぶっちゃけKoB(血盟騎士団の略)の副団長と飯を食うとか、息が詰まって死ぬ。
「いいから、借りを作るのは嫌いなの」
「俺は養われる気はあるが、施しを受ける気はない!」
フッ、自信満々に言ってやったぜ……なんか呆れられてるけどな。
「はあ……いいから、行きましょ」
いーやーだーと抵抗しても、結果は変わらなかった。世界は集束して結果は変わらないはずなのに、シュタインズゲート世界線に辿り着いた岡○さん、マジパネェす。
あの後、どこで食べる?と聞かれて、特に贔屓の店がないので、復活したキリトが勧めてきた店に向かっている。
そのNPCレストランがあるらしい五十七層主街区《マーテン》は、最前線から僅か二層下ということもあり、攻略を終えて帰ってきた攻略組や飯を食べに来たプレイヤー等が集まり、大いに賑わっている。
メインストリートを肩を並べながら歩いて、楽しそうに会話をしている二人を眺めながら、あれ?これって一応お礼だよね、なんか凄いアウェイ感などと思っている。……別に混ぜてほしい訳でもないが。
アウェイ感がする理由の一つに、周りの眼がある。二人とも攻略組のアイドル的存在……その事実を知らないプレイヤーでも、十人中九人は振り向く美貌の持ち主だ。
そんな人達の後ろに、知らない、見たことがない、おまけに眼が腐っている……いや、最後のは関係ない……ないよね?
ともかく、知らない奴がアイドルの後ろを歩いているという認識をされていて、悪くてストーカー、良くてもストーカー……つまりストーカーにしか見えないのだ。
だからといって前を歩いても、店を知っているのはキリトだけだし、横に並んで歩こうものなら、ゴミを見る眼に加え、殺意も入ってくるため論外。つまり何が言いたいのかというと、詰んだ。
それならばいっそ逃げればいいじゃないと思うが、阿修羅が降臨しようものなら、社畜を越えて馬車馬の様に働かさられる存在――略して馬畜になってしまう。
社会的地位の強さを思い知り、そんな圧迫にも負けない存在である専業主夫に、俺はなる!と新たに決意していると、どうやら着いたらしい。
「ここ?」
「うん、お薦めは肉より魚だよ」
おお、じゃあ俺みたいな眼をした、見所のある魚はいるのか?などと冗談混じりなことを考えながらスイングドアを開けて二人の後に入店すると、NPCウエイトレスの声に迎えられる。
そこそこ混み合っている店内から注がれる眼差し(俺に向けられているのは殺意くらい)にそろそろウンザリしつつ、完全にシカトをしてフロアの中央を横切り、窓側の席に歩いていく二人のあとを溜め息を吐きながら着いていく。
すでに二人並んで席に座っているため、窓側のテーブルの奥の椅子に腰掛け、また溜め息。席に座るだけでこんなに疲れたのは、約十八年八ヶ月生きてきた中で初めてだ。
だがここでイラついて高い料理を注文したら後が怖い。
俺は一番安い料理を注文し、背中を背もたれに預けると、まさか奢らせる気なんじゃ……、最低だなという声が聞こえてきた。
いや、違うから。奢ってもらうのは事実だけど、無理矢理だからという弁明を心の中だけでしておいて、窓の外にボーッと眼を向けているとグラスが運ばれてきた。
それに口をつけてチビチビ飲んでいると、閃光様がモジモジしていた……トイ、んんっ!お手洗いか?
「……どうした?」
「…………」
「え、なに言ってんの?」
虫が囁く様な声しか聞こえなかった。はっきりしないのは日本人の悪いところらしいぞ。
見かねたのかキリトが助け船……というより通訳をする。
「今日はありがとう、だって」
「は?」
俺は難聴系主人公じゃないが、聞き間違いか?あの攻略組の鬼がお礼を俺に言うなんて久しぶり……いや、今までなかったんじゃないか?
「す、すまん。どうも最近耳が遠くてな……もう一度頼む」
「だから、ありがとうだって。ガードしてくれて。私からもお礼を言わせて。ガードしてくれてありがとう」
……うん、キリトの微笑みが見られたからオールオッケー!Smile is all OK.
「いや、まあぶっちゃけ本当になんにもしてないけどな」
「でも、(あんなにたっぷり寝れたのは)初めてだったから……」
おい、ぐっすり寝られたことをはしょるな。ほら、観客の皆さんが「初めて!?」とか言ってらっしゃるから、俺のカーソルオレンジとして見てるから。
やめてぇ!それでも八幡のカーソルはグリーンよぉ!
「そ、そうか。まあ、ぐっすりと寝られたならよかったな」
またもや聴衆がざわめく。「寝られた!?」とか言ってんじゃねえよ。深い意味はねえよ。お前ら絶対除夜の鐘の音を聴かなかったろ、煩悩だらけだもの。
SAOプレイヤーには煩悩が強い奴が多い事実を知ってしまい、なんなんだコイツら……と軽く引いていた。
そんな空気を気にしてないのか気づいてないのか、キリトが口を開く。
これ以上の爆弾を投下してくれるなよ……という俺の切実な願いは、聞き届けられなかった。
「うん、そうだね。私もエイトと一緒に寝たことあったよね!」
ビシッと、確かに空気が壊れる音がした。今回ばかりは聴衆も黙らざるを得なかった。何故なら――目の前に、
ゴゴゴゴゴゴゴ……という文字が背景に見えそうなオーラを纏い、噴火直前の火山の様な顔から一変、ドライアイスの様な冷たい笑顔を向け、問うてくる。
「ハチ君?それ、どういうこと?」
サラダが来るまでの間に、それは一緒に昼寝をしたのと、攻略上の都合で野営をするしかなかっただけだと言うと、どうにか信じてくれた。……決め手がキリトの証言だったことは、もう何も言うまい。
ともかく、何とか信じてもらえた後に運ばれてきた謎野菜のサラダに謎スパイスを振りかけているキリトを見つつ、今までの疲れを癒やす。
どうでもいいことだが、ふと気になったことがあるので訊いてみた。
「……なあ、なんで栄養バランスとか関係ないのに野菜食ってんだ?」
「えー、美味しいじゃない」
「いや、(トマト以外)不味いとは言わんが、せめて調味料があればな……」
いや、ホントに。ここ来てから初めて調味料のありがたさが解ったわ。
「うん、マヨネーズに、ソースに、ケチャップに……それから」
「「醤油!」」
うんうん、(千葉県民か知らないけど)千葉の醤油は(生産量が)日本一だからな。
などと思っていた、その瞬間――。
「……きゃあああああ!!」
――恐怖の悲鳴が、聞こえた。
次回!『有り得ない死』です!