はは、ははは……今日から三年生だぜ……クラス最悪だったぜ……
現実から逃げるように書いた、今までで恐らく最長の第六十話、どうぞ!
十時キッカリに宿屋から出てきたヨルコさんは、どうやらグッスリ眠れなかったようで、目を瞬かせながらキリトとアスナにペコリと礼をした。俺はそもそも気づかれていない。
二人もお辞儀仕返しているので、一応俺もそれに倣う。
「ごめんね。友達が亡くなったばかりなのに……」
「いえ……」
軽くウェーブがかかったダークブルーの髪を左右に揺らし、ヨルコさんはかぶりを振った。
「いいんです。私も、早く犯人を見つけてほしいですから……」
言いながらまたも私服に着替えたアスナに目を向けたヨルコさんは、目を見開いた。
「うわぁ、すごいですね。その服ぜんぶ、アシュレイさんのワンメイク品でしょう。全身揃っているところ、初めて見ましたー」
……誰だ、アシュレイって。阿修羅?確かにアスナは怒ったら阿修羅になるけど……
「……なあ、キリト。アシュレイって誰だ?」
「さあ……」
ワンメイク品とか言ってたから、多分職人クラスの人なんだろうが……
「知らないんですかぁ!?」
まるでダメな人を見る目で俺達を見てくる。いいだろ、別に知らんでも。
「アシュレイさんは、アインクラッドで一番早く裁縫スキルを一〇〇〇にしたカリスマお針子ですよ!最高級のレア生地素材持参じゃないと、なかなか作ってもらえないんですよー」
「「ほーっ(へーっ!)」」
感心の声がキリトと被る。スキル熟練度を一〇〇〇にするのは、一朝一夕で出来るものじゃない。俺も
そんなにスゴい性能なのだろうか……と、見た目のセンスは解らないので、機能はどうなのだろうと思わずまじまじと眺めていたら、アスナは頬を引き攣らせ、一言怒鳴った。
「……ち、違うからね!」
「何がだよ……」
その服、アシュレイさんに作ってもらったものではないってことか?
俺の思考とキリトのため息が重なった。
得心したみたいな顔のヨルコさん、呆れた顔のキリト、思考放棄した俺を引き連れて、アスナは昨日飯を食いそびれたレストランの扉を潜った。
時間が中途半端だからか、店内にプレイヤーの姿はなかった。扉から充分距離のある奥のテーブルに座る。秘密話をしたいなら宿屋でロックを掛けるのが一番だが、聞き耳スキルで盗み聞きされた前例がある。
俺達同様ヨルコさんも朝食は済ませたようで、全員お茶をオーダーして、速攻で届けられた……三個。
「……あのー、すいません。お茶、三個しか届いてないんですけど……」
NPCに訴えかけるが、何も返事がない。仕方ないので持参のお茶をオブジェクト化する。
なんか微妙な空気になってしまった中、キリトがなんとか取り繕う。
「んんっ!まず報告だけど……昨夜、黒鉄宮の《生命の碑》を確認したら、カインズさんは間違いなくあの時間に亡くなってたよ……」
その報告を聞いて、ヨルコさんは短く息を吸ってから瞑目し、静かに頷いた。
「そう……ですか。ありがとうございました、わざわざ遠いところまで行って頂いて……」
「ううん、いいの。それに、確かめたかった名前が、もう一つあったし」
本当に何でもないように首を振り、アスナは一つ目の重要な質問をヨルコさんにした。
「ね、ヨルコさん。あなた、この名前に聞き覚えある?一人は、たぶん鍛冶職人で、《グリムロック》。そしてもう一人は、槍使いで……《シュミット》」
ヨルコさんの頭がピクリと震える。
少しの間をおいて、ゆっくりと、けど確かに肯定の意を示すジェスチャーがあった。
「……はい、知ってます。二人とも、昔、私とカインズが所属してたギルドのメンバーです」
……なんらかの形で接点があると思っていたが、まさか同じギルドのメンバーだったとは……
こうなるとカインズが起こした《罪》はギルド絡み……いや、断定は危険だが、十中八九そうだろう。
ならば、次に訊くべきことは、そのギルドで《何があったのか》ということだ。
嫌なことのガサ入れは俺の専売特許だ……って、昨日も同じことを考えたな……
「ヨルコさん、正直に答えて欲しいことがある。そのギルドに所属していた時……何か、トラブルがなかったか?」
真面目な空気に真面目な質問だからか、噛まずに言えたことに少し感激しつつ、返答を待つ。
長い沈黙の中で、ヨルコさんは震える手でカップを持ち上げ、唇を湿らせてから口を開いた。
「……はい……、あります。昨日、お話できなくて、すみませんでした……。忘れたい……あまり思い出したくない話だったし、無関係だって思いたかったこともあって、すぐには言葉にできなくて……。――でも、お話しします。《出来事》……そのせいで、私たちのギルドは消滅したんです」
長い話だったので、要点だけ言うと、昔所属していたギルドの名前は《黄金林檎》で、メンバーは八人の宿屋代と食事代のためだけの安全な狩りだけをしていたギルドだったらしい。
だが、半年前の秋口のある日、中間層のサブダンジョンに潜っていたら、真っ黒なすばしっこい小さなトカゲのレアモンスターにエンカウントし、誰かが投げたダガーが偶然当たり、倒せたようだ。
ドロップしたのは敏捷力が二十も上がる指輪だったらしい。参考までに言うと、今の俺が装備している首飾りで敏捷力が+十七だ。
当然、ギルドで使うか売るか意見が割れたらしい。最終的に多数決で決めて、五対三で売却に。しかしそんな代物を中層の商人には扱えるはずもなく、ギルドリーダーが前線の大きい街に持っていき、
相場や信用できる競売屋を調べるのに時間がかかるから、一泊の予定で帰ってくるリーダーをヨルコさん達《黄金林檎》のメンバーは待っていたが、結局帰ってこなかったらしい。
メッセージは来ず、追跡も出来ない。送ったメッセージの返信もなく、それでもリーダーが持ち逃げするはずがないと信じていたヨルコさん達は、嫌な予感がして何人かで黒鉄宮《生命の碑》を見に行ったらしい。
そこから先は言葉にされなかったが、予想はつく。引かれていたのだろう、無慈悲に無情に残酷に、リーダーの
実際に体験していない人が言う安っぽい慰めの言葉や同情の言葉はともかく、掛ける言葉すら見つからない。
そんな空気を察してか、ヨルコさんは目尻を拭い顔を上げ、しっかりとした口調で告げた。
「死亡時刻は、リーダーが指輪を預かって上層に言った日の夜中、一時過ぎでした。死亡理由は……貫通属性ダメージ、です」
「……そんなレアアイテムを抱えて圏外に出るはずないよね。なら……《睡眠PK》かな」
キリトの呟きに、アスナも僅かに首肯する。
「半年前なら、まだ手口が広まる直前だわ。宿代を節約するために、ドアロックできない
「まあ前線近くは宿代もバカにならないしな。ただ……偶然とは考えにくい。となると、《黄金林檎》のリーダーを《睡眠PK》したのは、指輪のことを知っている……」
俺の推測を、ヨルコさんが引き継ぐ。
「……ギルド《黄金林檎》の残りの七人……の誰か。私たちもそう考えました。ただ……その時間に、誰がどこにいたのかを遡って調べる方法はありませんから……皆が皆を疑う状況のなか、ギルドが崩壊するまでそう長い時間はかかりませんでした」
何度目か解らない重い沈黙が、再び部屋を支配する。
ギルド《黄金林檎》で起きた出来事は、充分起こりうる物であり、また人間の《欲》を如実に表している。
レアアイテムを取り合って、それまでパーティーやらギルドやらを組んでいた人と離散、疎遠になることは、MMOでは珍しいことじゃない。当然だ、人は人間関係よりも自分の欲を優先するのだから。特にこの
人間関係含め、そんなことが面倒だから
しかし、僅か八人の《黄金林檎》でもこんな争いが起こるのだから、それより規模がでかい《血盟騎士団》は、アイテム分配をどのように取り決めているんだ?……とアスナに少しだけ目を向け、またヨルコさんに向き直す。
まだ、最低あと一つは訊かなければいけないことがある。
「その……指輪売却に反対した三人の名前は……?」
またも数秒押し黙り、やがて意を決したような表情で答えた。
「カインズ、シュミット……そして、私です」
……意外だ。何が意外かと言うと、カインズ、シュミット共に重装甲装備なのに、なんで敏捷力を上げるんだ?それとも半年前はプレイスタイルが違ったのか?ということだった。
「ただ、反対の理由は、彼らと私で少し違いました。カインズとシュミットは、
……さすがの俺も、ここで「リア充爆発しろ!」とか言うほどKYじゃない。ヨルコさんが圏内殺人をされて、仮想体を爆散されるのかもしれないのだから。
洒落にならない駄洒落を考えていたら、長く沈黙していた我らがコミュ力高い副団長様が柔らかい語調で訊ねた。
「ね、ヨルコさん。もしかして……あなた、カインズさんと、ギルド解散後もずっとお付き合いしてたの……?」
今度はアスナの質問に、俯いたまま顔を横に振り答えた。
「……ギルド解散と同時に、自然消滅しちゃいました。たまに会って、ちょこっと近況報告するくらいで……やっぱり、長く一緒にいればどうしても指輪事件のことを思い出しちゃいますから。昨日もそんな感じで、ご飯だけの予定だったんですけど……その前に、あんなことに……」
「そう……。――でも、ショックなのは変わらないわよね。ごめんなさいね、辛いこと色々訊いちゃって」
ヨルコさんはまたかぶりを振る。
「いえ、いいんです。それで……グリムロックですけど……」
ある意味一番訊きたかった話題を出され、思わず緊張してしまう。
「……彼は《黄金林檎》のサブリーダーでした。そして同時に、ギルドリーダーの《旦那さん》でもありました。もちろんSAOでの、ですけど」
「え……、リーダーさんは、女の人だったの?」
SAOにおいては、同性婚はシステム的に不可能になっている。つまり、グリムロックが男ならば、必然的にギルドリーダーは女の人になる。
「ええ。とっても強い……と言ってもあくまで中層レベルの話ですけど……強い片手剣士で、美人で、頭もよくて……私はすごく憧れてました。だから……今でも信じられないんです。あのリーダーが、《睡眠PK》なんて粗雑な手段で殺されちゃうなんて……」
「……じゃあ、グリムロックさんもショックだったでしょうね。結婚するほど好きだった相手が……」
結婚。考えられない重みだ。現実世界では、今俺は十八歳、今年で十九歳、法律上はリアルで結婚できる歳だが、バク○ンじゃあるまいし、実感すら湧かない。
「はい。それまでは、いつもニコニコしている優しい鍛冶屋さんだったんですけど……事件直後からは、とっても荒んだ感じになっちゃって……ギルド解散後は誰とも連絡取らなくなって、今はもうどこにいるのかも判らないです」
「そうか……最後に訊きたいんだが、今回の圏内事件……犯人はグリムロックさんの可能性があると思うか?あのショートスピアを鑑定したら、作製者がグリムロックさんだったんだが……」
この問いは、カインズが半年前に指輪を奪った真犯人であるかと訊いているのと同義だ。
思考を張り巡らせているのか、認めたくないと思っているのか、長い逡巡のあとに小さく首を縦に振った。
「……はい……その可能性はあると思います。でも、カインズも、私も、リーダーをPKして指輪を奪ったりなんかしてません。無実の証拠はなにもないですけど……。もし昨日の事件の犯人がグリムロックさんなら……あの人は、指輪売却に反対した三人、つまりカインズとシュミット、それに私を、全員殺すつもりなのかもしれません……」
俺達三人は、昨日と同じようにヨルコさんをもとの宿屋に送り届け、一週間分の食材アイテムを渡し(二人が)部屋からでないように言い含めた。
せめてもの配慮として、宿屋で最も広い三部屋続きのスイートに移動してもらい、一週間分前払いをしたが、暇潰しの道具などなにもない宿屋にずっと引きこもっているのも限界がある。(二人が)なるべく早く事件を解決すると約束をし、宿屋を後にした。
「……ほんとは、KoBの本部に移ってもらえればもっと安心なんだけどね……」
……あんな物々しい《鉄の都》にいたら、それこそ息が詰まるわ。確か……トランザム……じゃなくて、《グランザム》……だったけ?
「そうだね……だけど、本人が嫌ならしょうがないよ……」
もしヨルコさんがKoB本部に匿ってもらうなら、ギルドに事情……つまり、《黄金林檎》の事件を逐一報告しなければならない。カインズの名誉のために、それは嫌だったのだろう。……なんとも、まあ、献身的なことだ。
転移門前広場に着くと同時に十一時の鐘が鳴る。
霧雨は上がったが、代わりに辺りには霧が出ている。
そんなときにふと、さっきのアシュレイさんがどーたらこーたらという話を思い出す。やはり防水性も凄いのか……?と、知的好奇心の赴くままに、またまじまじと見てしまう。
「……な、なによ」
「いや……そんなにスゴい人が作製した服なら、防水性も凄いのかな、と」
俺の装備にも防水性付加とかできないのか?コートが水吸ったりしてウザいときがあるんだが……
「ふ、ふふ、ふふふふ」
壊れたレコーダーみたいに声を出して笑っている
「は、はは、ははは」
乾いた笑いしか出ねえ……あの幽鬼 阿修羅を止められるのは、誰にもいない。
いつの間に装備していたのか、レイピアを抜き放ち、ソードスキルのモーションになるように構える。あれは、アスナが最も得意とする《リニアー》だ。
「ハチ君の……バカーーッ!」
放たれた光を纏う剣は、まさに閃光。なぜかデュエルしたときより剣速が速くなっていて、モロにクリーンヒット。
人々の驚きの声と、俺がノックアウトされて地面に倒れる音、息を切らした閃光様の息遣い、そしてキリトの呆れたようなため息だけが、広場を支配した。
……俺がなにをしたのか、誰か教えてください……
次回!『SAO最強プレイヤーとの昼御飯』です!