ソロアート・オフライン   作:I love ?

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やっとヨルコさんが死んだぜ……本当にSAO編だけで百話行くな、と確信しましたね。
あと今回は三人が空気です(笑)


なすすべもなく、また新たな犠牲者が目の前で生まれる。

ヨルコさんの笑顔に緊張したわけではないだろうが、より一層顔を引き締め、唇を噛んだシュミットが答えた。

 

「……ああ。もう二度と会うことはないと思ってたけどな。座っていいか」

 

いきなり開始のボディーブローを放ってくるが、そんなことを気にした様子もないヨルコさんが頷くと、がしゃがしゃとアーマーを鳴らして向かいのソファーに座った。俺は軽装敏捷極振りヒット&アウェイ型プレイヤーなので、フルプレートアーマーなんぞ数える程しか着た(装備した)ことないが、慣れないのも相まってか、メチャメチャ窮屈で息苦しかった。おまけに重い。それでも心の安寧を保つための防護だからか、除装する様子はない。……それならちゃんとドアを閉めろよ。

俺はキリトに「俺が閉めておく」と目配せをして、ちゃんと扉を閉め、フレンド以外開けられないドアロックがされたのを確認してからシュミットの後ろにある部屋の壁にもたれ掛かる。キリトはヨルコさんとシュミットの東側に立ち、アスナはその逆に立つ。

さすがスイートルームと言うべきか、ヨルコさん、シュミット、キリト、アスナ、俺の五人が疎らに位置してもかなりの広さがある。北はドア、西は寝室に続くもう一つのドア、南と西は大きな窓になっている。

その大きな窓から赤い夕光が射し込み、暖かい春の柔らかな残照を思わせる。風は涼しく気持ちがいいのに、部屋の中の空気はどんより重く暗くて最悪だ。窓からは風が吹いているとは言っても、もちろん風のようにプレイヤーが侵入……なんてことはあり得ない。そもそもここは周りの建物より高いため、そんな不審な人物がいたらすぐわかる。

澱んでいる空気を少しでも爽やかにしようと吹いているとさえ思える風とともに、アルゲードほどじゃないが、確かに喧しい喧騒が届いてくる。

 

「シュミット、いまは聖竜連合にいるんだってね。すごいね、攻略組のなかでもトップギルドだよね」

 

素直な賛辞に思える言葉だが、シュミットの背中が勘に障ったようにピクリと震えた。

 

「どういう意味だ。不自然だ、とでも言いたいのか」

 

刺々しいを超えて、むしろ毒々しいまでの返事だが、心に余裕がない人間は誰でもこうなるものだろう。そしてそれはヨルコさんも解っているのか、一切動じなかった。

 

「まさか。ギルドが解散したあと、凄く頑張ったんだなって思っただけよ。私やカインズはレベルアップに挫けちゃったのに、偉いよね」

 

肩にかかる濃紺色の髪を払い、再度微笑む。

余裕そうな表情に態度だが、シュミットがフルプレートアーマーを着込んでいるように、厚手のワンピースに革の胴衣、紫のベルベットの短衣(チュニック)を羽織って、肩にはショールを掛けている。服の性能は知らないが、これだけ着込めば装備が胴衣の蒼いシャツに灰色のコート、同色ズボンにブーツとグローブだけの俺にも匹敵するんじゃないだろうか。

ポーカーフェイスという言葉を知らんのかと言いたくなるほど動揺を隠さないシュミットが、金属鎧をがしゃと鳴らし、身を乗り出した。

 

 

「オレのことはどうでもいい! それより……、訊きたいのはカインズのことだ」

 

口調をドスが効いたものに変え、続けた。

 

「何で今更カインズが殺されるんだ!? あいつが……指輪を奪ったのか? GAのリーダーを殺したのはあいつだったのか!?」

 

GAというのがGolden Apple……すなわちギルド《黄金林檎》の略称だということは、中学生以上の年齢なら解るだろう。しかし、この台詞はシュミットが《圏内事件》及び《指輪事件》の双方に無罪主張したのと同じことだ。これが演技ならば、体育会系という言葉は訂正して、演技系男子と言わなければならない。……まあ、人はみんな人生ロールプレイングしているようなものだけどな。

これまでうすら寒いとさえ思えたヨルコさんの張り付けたような笑顔が変わり、睨み付けるようにシュミットを見据えた。

 

「そんなわけない。私もカインズも、リーダーのことは本心から尊敬してたわ。指輪の売却に反対したのは、お金(コル)に変えてみんなで無駄遣いしたゃうよりも、ギルドの戦力として有効利用すべきだと思ったからよ。ほんとはリーダーだってそうしたかったはずだわ」

 

「それは……、オレだってそうだったさ。忘れるな、オレも売却には反対したんだ。だいたい……指輪を奪う動機があるのは、反対派だけじゃない。売却派の、つまりコルが欲しかった奴らの中にこそ、売り上げを独占したいと思った奴がいたかもしれないじゃないか!」

 

正論、である。反対派にも賛成派にも指輪を奪う……つまり《黄金林檎》のリーダーを殺す動機があるのだ。

――いや、ちょっと待て。リーダーが指輪を持っていたから殺した、ここまではいい。しかし聞いたことがある――結婚している人は、結婚相手とストレージが共通化される、と。

なら、ならだ。ストレージが共通化されているのならば、結婚している片割れが死んだのならば、そのストレージ内にあったアイテムはどうなる?

まさか全部破棄されるなんてことはないだろうが……。まさか、全部生きている方のものになるのか? となると、指輪を奪った犯人は……

一歩一歩真相に近づき、一つ一つパズルのピースがはまっていくような感覚はするものの、未だ全貌は掴めていない気がする。

結論を逸るな、落ち着け、と焦燥感を無理矢理心の奥底に押さえつけ、再び二人の会話に耳を傾ける。

見ると、シュミットが何やら籠手に包まれた両手で頭を抱えていた。

 

「なのに……、グリムロックはどうして今更カインズを……。売却に反対した三人を全員殺す気なのか? オレやお前も狙われているのか!?」

 

そう。本当にカインズが死んでいたのならば、今更カインズが殺された理由は恐らく三つのうちどれかだ。一つ、何らかの準備や仕込みが必要で、それがようやく整った。二つ、この半年の間にアンチクリミナルコードの穴を突くシステム的ロジックを見つけた。三つ、何らかの理由でこの日じゃないといけなかった。

まあ、少なくとも二つ目の可能性は低いな。そんな偶発的に見つけられるなら、意図的に見つけようとしている俺達が判らないのはおかしい。

……やはりあと少し、あと一つ、ピースが足りない。

俺がこれ以上の思考は無意味だと判断したとき、平静さを取り戻したヨルコさんが囁くように投げ掛ける。

 

「まだ、グリムロックがカインズを殺したと決まったわけじゃないわ。彼に槍を作ってもらったメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら……」

 

視線がソファーの前に置いてある低いテーブルの表面をさ迷う。

 

「リーダー自身の復讐なのかもしれないじゃない? 圏内で人を殺すなんて、普通のプレイヤーにはできないんだし」

 

「な…………」

 

パクパクと金魚のようにシュミットは喘いだ。何をバカな、と言いたくなるが、今までの常識が打ち破られ、おまけに自分達が関わっていた人間が殺されたと聞いたら冷静でもいられなくなるだろう。

まるで諦めたかのような笑みを浮かべるヨルコさんに、恐らく呆けた表情であろう顔で、シュミットは言った。

 

「だって、お前さっき、カインズが指輪を奪ったわけがないって……」

 

そのすがるような質問にはすぐに答えず、スムーズに無音で立ち上がり、右に移動した。

両手を腰にやり握ると、俺達には背中を見せずに、ゆっくり、ゆっくりと後ろ歩きしていく。部屋を支配する微かなスリッパと床が当たる音に混じり、短く切られている言葉を紡いだ。

 

「私、ゆうべ、寝ないで考えた。結局のところ、リーダーを殺したのは、ギルメンの誰かであると同時に、メンバー全員でもあるのよ。あの指輪がドロップした時、投票なんかしないで、リーダーの指示に任せてればよかったんだわ。ううん、いっそ、リーダーに装備してもらえばよかったのよ。剣士として一番実力があったのはリーダーだし、指輪の能力を一番活かせたのも彼女だわ。なのに、私たちはみんな自分の欲を捨てられずに、誰もそれを言い出さなかった。いつかGAを攻略組に、なんて口で言いながら、ほんとはギルドじゃなくて自分を強くしたかっただけなのよ」

 

途切れ途切れの長い言葉が切れると同時にヨルコさんの腰は南窓の窓枠に当たった。

そのまま現実世界だったら窓から落ちるんじゃないかと思うように窓枠に腰掛け、短く言葉を付け足した。

 

「ただ一人、グリムロックさんだけはリーダーに任せると言ったわ。あの人だけが自分の欲を捨てて、ギルド全体のことを考えた。だからあの人には、たぶん私欲を捨てられなかった私たち全員に復讐して、リーダーの敵を討つ権利があるんだわ……」

 

それは違う。いかに己を正当化し、正しいと断じようとも、人を殺していい権利などない。

俺の心と同じように夕暮れの冷たい風が、部屋の中を吹き抜ける。

沈黙した部屋の中を、やがてかちゃかちゃかちゃ、と小刻みに震えるシュミットの鎧が当たる金属音が鳴る。歴戦の猛者であるトッププレイヤーシュミットは、もはや独り言のように呟いた。

 

「…………冗談じゃない。冗談じゃないぞ。今更……半年も経ってから、何を今更……」

 

感情が爆発したかのように突然上体を跳ね上げ、叫ぶ。

 

「お前はそれでいいのかよ、ヨルコ! 今まで頑張って生き抜いてきたのに、こんな、わけも解らない方法で殺されてもいいのか!?」

 

その言葉で、この部屋にいる全員の視線はヨルコさんに向けられる。

狂ったように叫ぶでもなく、激昂するわけでもなく、平静な――いや、弱々しい雰囲気を纏う濃紺色の髪を持つ女性プレイヤーは、どこを見ているのか解らない視線を彷徨せ、しばらく言葉を探した。

やがて唇が微かに動き、発声をしようとした――

その瞬間。

とん、と乾いた音が部屋に響いた。同時に、ヨルコさんの目と口が、大きく開かれる。

続き、細い体が傾き、がく、という感じで足を一歩前に出し、よろめくように振り返ると、開けたままの窓の窓枠にてをついた。

ヨルコさんが背中を見せたとき、より一層強い風が吹き、背中にかかっている髪をなびかせた。

今度は俺が、目を見開くことになる。

紫色の光沢のチュニック。その中央辺りから、小さな黒い、俺が見慣れている投げ短剣(スローイングダガー)が赤いエフェクト光を撒き散らしている……つまり、ヨルコさんを貫いていることが窺えた。

フラフラと足許がおぼつかない動きで前後に揺れていた体が、遂に前に大きく傾いた。

 

「あっ……!」

 

アスナが悲鳴じみた声を出すとともに、キリトが飛び出す。

俺もソファーを飛び越え、すぐに窓枠に駆け寄るが――

 

「ヨルコさん!!」

 

キリトが窓から身を乗り出したとき、石畳にバウンドしたヨルコさんの体が青いエフェクトが包んだ。

この世界で嫌というほど見た、ガラスの破砕音とともにポリゴンが巻き散り、青い光が石畳を拡散し――

数秒後には、そこには金属音をたてて地面に落ちた、禍々しいダガーしかなかった。

 




次回!『キリトと殺人者の鬼ごっこ』です!

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