ソロアート・オフライン   作:I love ?

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やっと圏内事件終わったああぁぁぁぁーーーー!
……すいません、取り乱しました。はい、ということで次回からやっと、やっと! レイン編です(泣)
最近俺ガイルとブラック・ブレットのクロス書こうかな〜と画策している作者からの報告でした(笑)


誰でも、人は生命と意思を受け継ぎ歩いていくのである。

「まだなにかあるのかな?」

 

……さて、勢いよく言い放ったのはいいものの、まず何個か訊かなければいけないことがある。

 

「……二つほど訊きたいことがあってな。まず一つ。あんたは今でもグリセルダさんを愛しているか?」

 

「もちろんだとも」

 

即答。まあ予想通りだ。『被害者』グリムロックが言う選択肢には、この返答しかない。

 

「じゃあもう一つ……これは他の三人にも訊きたいんだが、あんたらのリーダーは優しかった……いや、言い方を変えよう。あんたらのリーダーは、あんた達との関係や絆を大事にしていたか?」

 

質問の意図が理解できないのは、この場にいる俺以外の全員の共通の思いだろう。

ヨルコさん達三人は顔を見合わせて頭にクエスチョンマークを浮かべていたが、やがてゆっくり頷き、グリムロックは言葉で応じる。

 

「……ああ。そうだよ、彼女は優しかったからね。……もういいかな? 私はこれで御暇させてもらうよ」

 

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

言質はとった。舞台の幕も上がり、役者も揃っている。さぁ、始まりだ。

 

「……いったいいつまで続ける気だい? 私の疑いは晴れたはずだが?」

 

「ああ、ちょっとな。あんたが憐れでならなくてな」

 

初手はインパクト。なんでもいい、相手がこちらの話を聞くように仕向ける。

事実、グリムロックだけじゃない、この場にいる全員が驚いている。

 

「……どういうことだ?」

 

眼鏡の奥の剣呑とした睨みを感じながら、俺はつらつらと嘲るように言った。

 

「いや〜、最愛の妻を理解している気のあんたが滑稽で滑稽でな……」

 

嘲笑を浮かばせ、嘲弄の感情を持っているように思わせる。できるだけ不敵に、大胆に。

視線だけで問いかけているのが十分伝わるので、詭弁を続けた。

 

「あんた達四人……少なくともグリムロック、あんたは確実にリーダーに裏切られているんだよ」

 

「……どういうこと? ハチ君」

 

俺を咎めるべきか、黙って聞いているべきかの境界辺りの微妙な表情をし、アスナが問う。

 

「それを説明するには、まずさっきの質問の意図を言わなくちゃならん。いいか? まず一つ目の質問、あれはグリムロックが本当に被害者なのかを確認するためにしたんだ。正直言って、お前も完全にシロだと思ってないだろ?」

 

戸惑いながらも、まあ……といった様子で縦に首を振る。

 

「つまり、だ。愛していたのなら殺すはずがない。ならばグリムロックは被害者だ、そう仮定しよう」

 

俺はそして、と少し大きめの声で言う。

 

「二つ目の質問は、黄金林檎メンバーのリーダーに対する印象の相違を確認するのもあったが……より大きい目的は、グリムロックから言質を取ることだ」

 

「どういう意味?」

 

今度はキリト。

高めのソプラノ声での質問に、俺は腕を組んだまま右手人差し指をピンと立てた。

 

「あのな、さっきグリムロックを被害者だと仮定した。なら、グリセルダさんついては誰よりも信用できる証人だ。当然だよな、なにせ結婚までしてたんだから」

 

犯人だとまだ疑っているのだろうが、グリムロックを被害者と仮定しないと話が進まないと思ったのか、アスナと同じような微妙な表情で頷いた。

 

「んで、その誰よりも信用できる証人がグリセルダさんは絆を大事にしていたと言った。……ここで一つ、矛盾が生じる」

 

「矛盾?」

ああ、と肯定し、その矛盾について語る。

 

「明らかに夫としておかしいことを言ったんだ。それは、グリセルダさんが指輪を売却する前に、指輪を装備して敏捷力を体感したかった、と言ったこと」

 

グリムロックと俺除く五人が首を傾げている。これは言い方を変えねば解らないだろう。

 

「まず、システム的に手に装備できるのは、左右の手それぞれ一つずつだろ? グリセルダさんは絆を大事にする人だった。じゃあ両手に装備できるアイテムは決まっていたはずなんだ。ギルドメンバーとの絆の証である印章(シギル)と、夫との愛情の証である……」

 

「結婚指輪……」

 

うわ言のように呟いたキリトに、わざとらしく称賛の拍手を送る。

 

「そう。つまり妻を愛し、信じているはずのグリムロックは、絆を大事にすると自分で言った妻が、私欲のために愛情の証か絆の証を外した……こう言っているんだ。即ち矛盾」

 

これはもうグリムロックにとっては王手じゃない、詰みだ。肯定すれば妻のことを絆より私欲を優先する人だと思っていることになる……即ち妻を愛している夫としてはあるまじき言動になるし、否定は言質をとっているためできない。この辻褄が合うようにするには、グリムロックがグリセルダさんを殺した犯人だということにするしかないのだ。

チェックメイト。もうグリムロック()を守る(言い訳)はない。

無防備な王を責めるのは、こちらの(糾弾)だ。

 

「グリムロック……どうして、どうしてお金なんかのために奥さんを!」

 

「…………金? 金だって?」

 

と、俺に八方塞がりに論破されたときに膝から崩れ落ちたグリムロックが、膝立ちのままく、と笑った。

左手を振り、メニューウインドウを呼び出す。素早くオブジェクト化されたのは、少し大きめの革袋だった。グリムロックはそれを地面に放った。その瞬間に交響した金属音が、中に大量の金貨が入っていることを示している。

 

「これは、あの指輪を処分した金の半分だ。金貨一枚だって減っちゃいない」

 

「え…………?」

 

驚いたように眉を寄せるヨルコさんを見上げ、次いで他の五人を見渡しながら、乾いた声でグリムロックは言った。

 

「金のためではない。私は……私は、どうしても彼女を殺さなくてはならなかった。彼女がまだ私の妻でいる間に」

 

感情を滲ませた瞳を一瞬だけ苔むした墓標に向け、鍛冶屋は独白を続けた。

 

「グリセルダ。グリムロック。頭の音が同じなのは偶然ではない。私と彼女は、SAO以前にプレイしたネットゲームでも常に同じ名前を使っていた。そしてシステム的に可能ならば、必ず夫婦だった。なぜなら……なぜなら、彼女は、現実世界でも私の妻だったからだ」

 

なるほど、と妙に俺は得心していた。珍しい話だが、ないわけじゃない。世の中にはネトゲを出会い系サイトとして使う直結厨なる者もいるのだから。

 

「私にとっては、一切の不満もない理想的な妻だった。夫唱婦随という言葉は彼女のためにあったとすら思えるほど、可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すらもしたことがなかった。だが……共にこの世界に囚われたのち……彼女は変わってしまった……」

帽子に隠れた顔は窺えないが、悲壮感を纏って顔を横に振って低く息を吐いた。

 

「強要されたデスゲームに怯え、恐れ、竦んだのは私だけだった。いったい、あの彼女のどこにあんな才能が隠されていたのか……。戦闘能力に於いても、状況判断力に於いても、グリセルダ……いや《ユウコ》は大きく私を上回っていた。それだけではない。彼女はやがて、私の反対を押し切ってギルドを結成し、メンバーを募り、鍛え始めた。彼女は……現実世界にいたときよりも、遥かに生き生きとし……充実した様子で……。その様子を傍で見ながら、私は認めざるを得なかった。私の愛したユウコは消えてしまったのだと。たとえゲームがクリアされ、現実世界に戻れる日が来ても、大人しく従順な妻だったユウコは永遠に戻ってこないのだと」

 

小刻みに震える肩は自嘲の笑いを表しているのか、はたまた喪失に対する悲嘆なのか俺には判らない。虫の羽音のような語りはまだ続く。

 

「……私の畏れが、君たちに理解できるかな? もし現実世界に戻った時……ユウコに離婚を切り出されでもしたら……そんな屈辱に、私は耐えることができない。ならば…………ならばいっそ、まだ私が彼女の夫であるあいだに、そして合法的殺人が可能な、この世界にいるあいだに。ユウコを、永遠の思い出のなかに封じてしまいたいと願った私を……誰が責められるだろう……?」

 

……アホらしい。これに尽きる。

人はどんなに変わるまいとしようとも、自分でも自覚なく変わってくものだ。過去の自分を肯定しきれないなら変わろうとし、今の自分が好きなら停滞しようとする。しかし、どちらにせよ人は変わるのだ。

例えば、雪ノ下雪乃。

あいつは自分の我を通さんがために周りから孤立し、ボッチと化した。

例えば、由比ヶ浜結衣。

あいつは人に嫌われたくないがために空気を読み、周りに合わせていた。

だが、この二人は確かに変わった。雪ノ下雪乃は由比ヶ浜結衣という友達を得て。由比ヶ浜結衣は雪ノ下雪乃が自分の信念を貫く姿を見て。

グリセルダさんの場合は、SAOという極限状態で変わった……或いは元々の性格に戻ったのかもしれない。

 

「……お前のちっぽけなプライドなんかどうでもいいがな、妻との生活を思い出のまましたいなら、自殺でもなんでもしろ。ただな、そんな理由で殺人なんかしてんじゃねぇよ」

 

「そんな理由? 違うな、充分すぎる理由だ。君にもいつか解る、探偵君。愛情を手に入れ、それが失われようとしたときに」

 

「いいえ、間違っているのはあなたよ、グリムロックさん」

 

反駁したのは、なぜか言われた俺ではなくアスナだった。

凛とした態度だが、俺には読み取れない表情で、アインクラッドで最も美しい剣技を放つ細剣士は諭すように告げた。

 

「あなたがグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない。ただの所有欲だわ。まだ愛しているというのなら、その左手の手袋を脱いでみせなさい。グリセルダさんが殺されるその時まで決して外そうとしなかった指輪を、あなたはもう捨ててしまったのでしょう」

 

指摘されたグリムロックの細い肩が揺れ、右手で左腕をギュウッと握る。が、手はそれ以上動かず、結局左手袋を脱ぐことはなかった。

もう何度目かになる静寂を破ったのは、先ほどから黙りこくっていたシュミットだった。

 

「……エイト。この男の処遇は、俺たちに任せてもらえないか。もちろん、私刑にかけたりはしない。しかし罪は必ず償わせる」

 

どうするんだ? と二人に視線を送ると、同時に首を縦に振った。アイコンタクトによる会話を終え、俺も構わないと首を動かした。

シュミットも無言で頷き返し、グリムロックの右腕を掴んで立たせた。アスナの言葉が相当堪えたのか、未だに項垂れている鍛冶屋を確保し、「世話になったな」と言い残し連行していった。

今度はヨルコさんとカインズが丘から立ち去ろうとし、見届けようと立ち尽くしている俺達の横で立ち止まって一礼すると、ちらりと眼を組み交わし、ヨルコさんが口を開いた。

 

「アスナさん。キリトさん。特にエイトさん。本当に、何とお詫びして……何とお礼言っていいか。エイトさんが来てくれなければ、私たちは殺されていたでしょうし……お二人がいなかったら、グリムロックの犯罪も暴くことができませんでした」

 

「いえいえ! 私達は本当に何もしてませんよ。頑張ったのはエイトです」

 

謙遜したのち、俺を褒めるような言葉をいってくるキリト。

 

「いや、俺別になんもしてねぇし。元を辿れば、ヨルコさん達二人が圏内事件の演出をしたからだろ」

 

一瞬キョトンとしてから少し笑い、改めて深い礼と感謝の言葉を述べてから二人は丘を降りていった。

やがて四つのグリーンカーソルが主街区方面に溶けるように消え、子丘の上には青い月光と四月にしては涼しげな夜風だけが残った。

 

「…………ねぇ、二人とも」

 

不意にアスナが俺達二人に語りかけてきた。

 

「もしあなたたちなら……仮に誰かと結婚したあとになって、相手の人の隠れた一面に気づいたとき、どう思う?」

 

「えっ」

 

キリトの驚声。無理もない。俺も一応婚約できる歳だが、そんな人生の一大決心を考えたどころか、誰かに恋愛感情を抱いたことすらない。

そんなことを考えていると、キリトが自らの思いを告げた。

 

「うーん、私が好きになる人は多分、人によって態度を変えない、裏表がない人だと思うから心配ないよ」

 

ね? みたいな眼で同意を求められても解らないから、知らないから。

しかし……やっぱり天使が好きになるやつは、嘘を吐かない清廉潔白なやつなんだな。

 

「ふぅん……ハチ君は?」

 

「俺? 俺は慰謝料ふんだくってり……ごめんなさい、冗談です」

 

咳払いを一つして、調子を整えてから真面目に答える。

 

「と言ってもなぁ……やっぱりお互いに全てのことを理解して結婚する訳じゃないから、ある程度は隠し事はあるだろうしなぁ……まぁ、隠し事をしてもすぐにわかるくらい以心伝心な人と結婚したいな、俺は」

 

イメージとしては老夫婦に近い。お互いに何をしてほしいのか大体判る、みたいな。

ちょっと真面目に語ってしまった気恥ずかしさから、さっさと帰ろうぜと早歩きで丘を降りようとすると、二人に襟を掴まれ首が絞まる。なにすんだと抗議の視線を送るべく、後ろを振り向き――

――そこで俺は、あり得ないものを目にした。

ヒースクリフの言った通り、この世界のあらゆるものはコードに置換可能なデジタルデータなのだ。例えば、この仮想体(アバター)も、ただの数字の羅列の塊でしかない。

そんな世界の、ある丘の北側にあるねじくれた古樹の根本にある、苔むした墓標の傍らに。

薄い金色の膜のようなものに包まれた、半ば透き通っている、一人の女性プレイヤーの姿があった。

細い体を守れるような防具は、最低限の金属鎧だけで、腰には細めの片手剣。背中には盾。髪は短く、顔はたおやかな美しさだが、眼を引くのがその瞳。その瞳に宿す炎は、今まで見てきた何人かと酷似していた。

即ち、このデスゲームを自らの剣で斬り拓かんとする者。

そんな攻略の意思を宿した女プレイヤーは、穏やかに俺達を見詰めていたが、やがて何かを差し出すように、開いた右手を俺達に伸ばした。

なんとなく、本当になんとなく右手をズボンポケットから出し、受け皿のようにすると、全身を駆け巡るような熱さを掌に感じた。

 

「あなたの意思は……必ず私達が引き継いでみせます。いつか必ずこのゲームをクリアして、みんなを解放してみせます」

 

「ええ。約束します。だから……見守っていてください、グリセルダさん」

 

キリトの宣誓とアスナの囁きが女剣士に確かに届いたのを直感した。優しげなその顔に、やはり優しげな笑顔が浮かべられ――。

次の瞬間には、もう誰も居なかった。

再びポケットに手を突っ込み、一歩後ろから二人のように立ち尽くしていた。

 

「さ、帰ろ。明日から、また頑張らなくちゃ」

 

「……そうだね。今週中に、今の層は突破したいね」

 

俺達は振り返り、主街区に向かって歩き始めた。

 

 

 

出逢いもあれば、別れもある。愛があれば、憎しみもある。世の中はそういう風にバランスがとれているのだ。

しかし、二つだけ、バランスをとるためではなく、繋げるためにあるものがある。即ち、生命(いのち)と意志。

生命と意志を受け継ぎ、一歩一歩、一つ一つ歴史は形作られてきた。

ならば、この世界のクリアのために一歩一歩ゆっくりでもいい。受け継いだ意思を糧に、歩いていこう。


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