ソロアート・オフライン   作:I love ?

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シリアスのち僅かなコメディ。シリアス描くのって辛いですね! 勉強も辛い!


きっと、誰しもが大小様々な心の傷を抱えている。

ボスを倒してまず俺が感じたのは、新しいスキルを取得した高揚感でもクエストクリアをした達成感でもなく、あれほど忌避していたことをしてしまった嫌悪感だった。

いや、解っている。あの老人は人ではないことなど。現実世界には何の体も持たない、たった一人の天才(茅場晶彦)によってプログラムされた存在であることも。

あれは、人ではない。

俺は、そう断ずる。

だが――――。

だが、僅かなりとも罪悪感を感じているもう一人の俺も、声にならない糾弾を煩いくらいに喚く。

それは逃げだ。妥協だ。それならまだお前は自分を赦せるだろう。だがそれはお前が最も嫌った欺瞞だ。それでも違うと言い張るなら、訊こう。人の定義とは何だ? お前は何を持ってあの存在を人ではないと断じたのだ、と。

人の定義とは?

……最高の知能を持つ者? ――違う。最高の知能を持つ者は、あんな無意味で愚かな争いはしない。国民のため、祖国のためなどと宣い、人々には欺瞞の表層的な部分しか見せず、甘言で籠絡し、絶え間無い争いを繰り返してきた生物がどうして最高の知能を持つ者などと言えようか。

なら、食物連鎖の頂点に立つ者? ――違う。人間なんてものは所詮自然界に出たら最も脆弱な生き物だ。科学――使う人によって、悪魔にも天使にもなりうる存在……まさに、今現実世界の俺達が被っているナーヴギアがいい例だ。そんなものに、守られているだけだ。

そもそも、さっきの存在と、俺達との相違点は何だ?

現実世界の体がないこと? だが、体がないと言うのなら、この世界が彼らにとってのリアルであり、帰る場所であり、生きる場所だ。その世界から居なくなるというのは死と同義ではないのか? この世界の命と現実世界の命がリンクしている俺達と同じように。

 

「……流石に、感情移入のしすぎ、だな」

 

全く、一体いつから俺はこんなに打たれ弱くなったのか。苦笑と自嘲の間くらいの笑みを浮かべ、気持ちを仕舞い込むように、刃こぼれ傷痕劣化なんでもござれの剣をコバルトブルーの鞘に収める。

あ、そう言えば左手の剣はレインのだったな……ヤバイ、意識したら手が(ぬめ)ってきた……ナーヴギア、こういうところは再現しなくてもいいわ。

古人曰く、剣――正確には刀だが――はその人の魂とも言うし、さっさと返そう……と、俺が数十秒も立ち尽くしていたのにも関わらずノーリアクションだった特徴的な服を身に纏う少女に向き直る――と、俺に話しかけるどころかこちらを見てもいない。

 

「……おい、どうした?」

 

声をかけても無反応。ブツブツと、まるで俺の言葉を拒絶しているかのように更に身を縮こませた。

長髪の赤髪に隠された顔がどうなっているか窺い知ることはできないが、一滴、二滴と規則的に落ちる雫がどんな表情をしているか容易に予想できた。

涙を流す。と、一言に言っても流す際には様々な感情がある。悔し涙だったり、嬉し涙だったり、最もメジャーである悲しさからくる涙だったり。

肩を震わせ、嗚咽を必死に噛み殺している姿が嬉し涙などの正の感情からの涙のはずなく、明らかに負の感情から来ている。

そして、恐らく涙を及ぼしている要因は、俺もよく知っている。

トラウマ、PTSD、心理的ダメージ、精神異常……俗にそんな呼ばれかたをされているものだ。

ヒエラルキー、カースト、位階性、階層性最下位にいつも属していた俺が唯一人より多いと誇れるものでもある。……いや、そもそも誇るもんじゃねぇな。

……まぁ、トラウマを刺激された出来事については予想はつく。

あの老人の、砕け散る瞬間。

それが、どんなトラウマを刺激したのかなどSAOプレイヤーなら誰もが想像がつく。

ガラスの破砕音。飛び散るポリゴンの欠片。絶叫。悲鳴。慟哭。呼び起こされるのは、人の死。

確かこいつは、人の死の瞬間を間近で見たことがないと言っていたが、あれはトラウマを思い出したくないが故の嘘だったのだ。

そして、攻略組クラスの実力を持っているのに何故攻略組にいないのか。

別に俺は実力があるから攻略組に入れなどとは言わない。本当に何気なく訊いただけなのだが、今のレインを見ると、些か無神経な質問だったと言わざるを得ない。

攻略組は最前線……つまり、死亡率最多の戦場に身を投じる特攻隊みたいなもんだ。当然、βテスト時の到達階層はとっくに越えているため、全く情報がないまま戦うことになり、その危険さは中層とは比べ物にならない。

だから俺やキリトみたいなソロプレイヤーはマイノリティーだし、安全マージンのレベルも、パーティーを組んでいるやつらより+5されている。つまり、今攻略している階層+十五がソロプレイヤーの適正レベルだ。なので六十三+十五=七十八はレベルがないと、最前線で独りでは戦えない。あくまで目安だが。

そんなところにトラウマ持ちの年端もいかない少女が行きたがるわけもない。かといって、ここも最前線と同等かそれ以上の難易度のダンジョンの中。早くここを脱け出さないといけない。基本的にボス討伐後のボス部屋はモンスターがリポップしない安全地帯みたいなもんだが、だからといっていつまでもここにいるわけにもいかない。

ふと、ここで疑問に思う。

人の形をしたものが壊れていく様を見ると、トラウマを呼び起こされるレインが、なぜこんな高難易度ダンジョンに挑戦したのか。

俺はレインじゃない。だから、あいつが何を思いわざわざトラウマを穿(ほじ)くり返すようなことをしたのかは解らない。もちろんただの自虐ではないはずだ。

幾度も幾度も声をかけても反応しないので、仕方なく肩をつかみ揺する。ここでようやく顔を上げ、くしゃくしゃになった顔面を露にする。

 

「……取り敢えず、帰るぞ」

 

返事はない。だが確かにゆっくりと首を縦に振ったので、自分のポーチから転移結晶を二つ漁り出し一つを渡す。か細い声でこの層の主街区の名前を唱えたのを見届けた後、俺も同じく転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボス戦がかなり速攻(約四十分)でけりがついたのもあり、燦々と太陽が輝く昼前に帰ってこられた。

太陽サンサン労働サムワン! WORKING!! を観てバイトに応募した高一の頃は若かったな……初日は仮病で早引きして、二日目からはバックレたけど。

明るく光を降り注がせる太陽とは対極に、鬱々とまるで泥のごときどろどろとした雰囲気を身に纏っている雨さんをどうしたものか……と、同じく濁った目をしているであろう俺は嘆息した。

ただでさえ和の街にメイド服(みたいなもの)を着ているだけで目立つのに、更に人通りの激しい転移門のポータルに座り込んでいるので、道行くプレイヤーの視線を釘付けにしている。

意気消沈しているパーティーメンバーを見捨てて消え去るのも目覚めが悪い。しかし気分があからさまに落ちている異性に人目がつくところで話しかけるのも居心地が悪い。取り敢えず、俺としてはひとまず泣き止むことを希う。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

 

泣いている人を見過ごせないと思ったのか、道を通りがかった優しげな顔をしている男はレインに安否を確認する。装備は軽装で、藍色のインナーに銀の胸当てや脛当て、手甲を身に付けていてDDAを彷彿とさせる。まぁ、装備の質はかなり違うが。

……なんだ、あのリア充感溢れる男は。無意識ハーレム築いてそうだな……

基本的に俺は優男が(優女もだが)好きじゃない。

中学時代、誰からも……とは言わずとも、大多数の人間に人気があった一人の男子がいた。それはもう八方美人で、俺とすらも仲良くするくらいである。

ある日のことである。いつも通り帰宅しようと自分の下駄箱を開けたら、見慣れないものがおいてあった。ピンクの便箋にハートのシール、見事に俺は勘違いした。

手紙に指定された場所に行っても誰もおらず、気がつけばずぶ濡れになった。後日、教室内での会話を聞く限りでは賭け事だったらしい。俺が手紙を真に受けてあの場所に来るかどうか。まぁ、優等生の羽目外しの遊び道具にされたようなものだ。

思えば、悪意ある悪意に晒されたのはあれが初めてかもしれない。小学生は無垢な悪意で二重の意味でせめてくるからなぁ……

まぁ、そんなこんなで俺は優男が嫌いだ。なんなら優男=腹黒という公式が意識にこびりついちゃってるまである。

いくら取っつきやすそうな雰囲気を醸し出そうとも、見知らぬ人を見て驚いているレインを野次馬達に混じって見ていると、なにやらキョロキョロと辺りを見回している。

何かを探しているのかと思い、注視して――野次馬に混ざっているからできること――いると、気のせいではなかったら目が合った。

そこからは脱兎の如く敏捷力を活かして走り、今度はモーゼの如く人の波を割る(物理的)。

俺も周りの奴らの例に漏れず、転移門方向に急ぐレインに道を譲った――と、思ったら手を掴まれ、先行く赤髪を眼が捉えたと思ったら、また青い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなりの転移光に網膜を焼かれ、一時的な暗黒の世界に光が射し込んできた時に目を開けると、見慣れた……とまでは言わないが、知らないとも言えない街が広がっていた。

鉄都《グランザム》。

攻略組最強クラスのプレイヤーが集まる血盟騎士団のホームが居を構える、謂わばこの街が血盟騎士団に事実上統治されていると言っても差し支えない。

中世ヨーロッパの雰囲気の構造を基本的にしているアインクラッドでは珍しく、工事現場のような……まぁ、言い回しをせずに言えば鉄でできている。

しかしまずい。この鉄の魔都には(アスナ)魔神(ヒースクリフ)がいる。まさに人外の巣窟。逃げるのが得策だ。

「あの……レインさん? なにをするのかは判りませんが、階層を変えません?」

 

目尻に涙をためている少女と一緒にいるのを誰か……主に俺のフレンド欄に入っている人物に見つかったら黒鉄宮にぶちこまれる。天使(キリト)(アスナ)悪趣味バンダナ(クライン)スキンヘッド(エギル)悪徳情報屋()トレジャーハンター(フィリア)……うん、二つを除いてろくなのがいないな。

ここで最もエンカウント率が高いであろう阿修羅さんを危惧してのことなのだが、首をかしげるレインを説得するのもめんどいし、血盟騎士団のホームから離れてれば大丈夫だろと思い、大人しくレインについていく。

 

――――それが、キリトに続く……いや、キリト以上に恐ろしい存在の降誕になるとも知らずに。

 


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