今さら嫌われていることに気がついたので、黙って消えたらなぜかパーティーが壊れた 作:どうも
どうやら俺は、人生初のパーティー脱退イベントを、四人分の揚げパンを抱えたまま迎えることになったっぽい。
「……次の遠征から、ハルには外れてもらおうと思う」
宿の二階、いつも作戦会議に使っているリゼの部屋からそんな声が聞こえてきたので、扉を叩こうとしていた俺の右手は、なんとも間抜けな形で空中に取り残されることになった。
あれ、これって俺の話だろうか。
まあ、このパーティーにハルは一人しかいないし、なんならこの宿に泊まっているハルも俺だけだと思うので、ここで都合よく別人の話をしている可能性に賭けるのは、さすがに分が悪そうではある。
「……賛成、かな。正直、今のままあいつと一緒にいるの、ちょっとキツいし」
今度はエマの声で、普段ならもっと歯切れよく話すやつなのに、その夜はやけに疲れているように聞こえた。
「私も、笑いかけてもらうたびに、苦しくなってしまうので……」
続いたフィオの声は、いっそ申し訳なさそうなくらい小さくて、俺としてはそちらのほうが、わりと胸に来るものがあったかもしれない。
なるほど。
俺の笑顔、知らないうちに味方への攻撃判定がついていたらしい。
いや、そこでちょっと面白い感じに受け止めようとするの、今は違う気もするのだけれど、こういうときに頭の中で軽口の一つでも叩いておかないと、廊下に立ったまま変な顔で固まりそうだったので、そのへんは大目に見てほしいところではある。
紙袋の底が、じんわりと温かかった。
夜市の屋台で最後の一回を揚げてもらったばかりで、リゼには蜂蜜入り、エマには砂糖多め、フィオには何もかけていないやつを選んできたのだけれど、どうやら今は、おやつを持って突入していい空気ではなさそうだった。この状態で「揚げパン買ってきたぞー」とか言いながら入っていける人間がいるなら、その強靱な精神力は普通に尊敬すると思う。
俺には、ちょっと難しいかもしれない。
部屋の中で誰かが息を吸う音がしたけれど、これ以上こっそり聞き続けるのもよくない気がして、俺は上げっぱなしだった右手を下ろし、来たときより少しだけ慎重に、廊下を引き返すことにした。
***
俺たち〈朝焼け〉は、剣士のリゼ、魔術師のエマ、治癒術師のフィオ、それから斥候の俺で組んでいる、この街ではそこそこ仕事を任せてもらえるようになった冒険者パーティーだったりする。結成から一年半ほどになるので、お互いの得意不得意はだいたい分かっていて、リゼが道に迷いそうになったら俺が止めるし、俺が値札も見ずに屋台へ吸い寄せられたらエマが襟首をつかむし、二人そろって買い食いしすぎたらフィオが夕食の野菜を増やしてくる、みたいな感じで、それなりにうまくやっているつもりだった。
炊事も見張りも交代制で、リゼの料理当番にだけはなぜか全員が台所へ集まることになるけれど、それも含めて、俺としてはかなり気に入っている生活だったと思う。
ただ、ここ十日ほどは、少し様子が違っていた。
リゼは俺と目が合うと何か言いたそうに口を開き、そのくせ結局は何も言わずに顔を背けることが増えたし、エマは同じ卓についていても妙に静かで、俺が冗談を言っても、前みたいにすぐ悪態を返してくれなくなった。フィオに至っては、一昨日の夕食中、俺の顔を見たまま泣きそうになっていたので、さすがに気になって、あとで「俺、なんかやらかした?」とは聞いてみたのだけれど。
『ハルさんは、何も悪くありませんから』
そう言われてしまうと、こちらとしても、それ以上は聞きづらいところがあった。そのときは、じゃあ仕事で疲れているのかな、くらいに思っていたものの、さっきの話を踏まえると、もう少し違う意味だったのかもしれない。別に何か悪いことをしたわけではないけれど、一緒にいるのはしんどい相手、というのも、まあ、いるだろうし。俺だって、朝から晩まで筋肉の素晴らしさについて語ってくる隣町の斧使いとは、できれば泊まりの仕事をしたくないと思っているので、人のことをどうこう言える立場ではなさそうだった。
いい人なんだけどな、あのおっちゃん。
食事中にも上腕二頭筋の話を始めるのだけは、ちょっと勘弁してほしいかもしれない。
「……そっかぁ」
自分の部屋へ戻って寝台に腰を下ろすと、独り言は思ったより普通の声で出てきたので、そのことに少しだけ安心した。膝の上の紙袋から、自分の分の揚げパンを取り出してかじってみれば、外側はさくっとしているし、中はふわふわだし、砂糖はきちんとうまかった。仲間に嫌われていたと分かった夜でも、腹は減るし、うまいものはうまいらしい。そのへんの図太さは、俺の長所ということにしておきたいところではある。
壁に貼ってある地図へ目を向けると、南の端に、自分で描き込んだ魚の落書きが見えた。
港町セイル。
こっちじゃ見かけない大きさの魚が丸ごと焼かれて売っているらしい、と行商人から聞いて、いつか行こうと思っていた街だった。もちろん海そのものも見てみたいし、船に乗って、地図の端より向こうへ行ってみるのも楽しそうなのだけれど、とりあえず最初の目的が焼き魚なのは、まあ、俺らしいんじゃないだろうか。
「……海、行くか」
口に出してみると、それはわりといい案に思えてきた。今朝、リゼからは、明日の朝に今後のことを話したい、と言われていたので、おそらくそこで正式に、パーティーを抜けてほしいと伝えられるのだろうと思う。ちゃんと顔を合わせて話すのが筋なのかもしれないけれど、俺が何も知らない顔で座っていたら、あの三人はきっと、かなり言いづらそうにするんじゃないだろうか。とくにフィオなんて、もう合わない靴を捨てるだけでも「今までありがとうございました」って言うやつなので、人間相手にそういう話をさせるのは、だいぶ負担が大きそうではある。
それに俺も、面と向かって苦手なところを並べられたら、さすがに揚げパンだけでは立ち直れないかもしれない。その場合は肉も必要になると思う。
だったら、話は分かりました、こっちは大丈夫です、という形で先に出ていくほうが、お互い気楽なんじゃないだろうか。
少なくとも、今の俺にはそう思えた。
「よし、とりあえず荷造りからかな」
声を出して立ち上がると、何をするか決まったぶんだけ、さっきまで胸のあたりに引っかかっていたものが、少し軽くなった気がした。
嫌われていたのは、普通に残念だった。来月の収穫祭では、また四人でくだらない射的に挑んで、結局フィオだけが景品を取るんだろうな、とか、そういうことを当たり前に想像していたので、そこはちょっと寂しいかもしれない。
でも、これからも一緒にいられないからといって、これまで一緒に笑った時間まで、全部なかったことにする必要はないと思う。俺は楽しかったし、三人にも、楽しい日はあったんじゃないだろうか。そういう日が一日でも多かったなら、それはそれで、かなりいい一年半だったと言ってよさそうだった。
収納袋に着替えを詰め、短剣の刃を確かめ、使い込んだ地図を丸めて差し込んでから、椅子にかけてあった青いマフラーへ手を伸ばす。
去年の冬、エマが「練習で作っただけだから、別にいらなきゃ捨ててもいいけど」と押しつけてきたもので、左右の長さがだいぶ違うのだけれど、首に巻いてしまえば普通に暖かいので、俺としてはかなり重宝していたりする。
これも、ありがたく持っていこうと思う。
海沿いって、風が強そうだし。
反対に、パーティーの共用装備として預かっていた通信石は、忘れずに机へ置いておくことにした。四つで一組の高級品で、魔力を流せば仲間同士で声を届けられる便利な代物なのだけれど、俺が一つ持っていったら、次に入る斥候が困ってしまうかもしれない。これから一人で仕事をするなら、自分用のものは自分で買えばいいだろうし、そのための金も、ありがたいことに少しは貯まっていた。
報酬の取り分は、きっちり四等分してもらっていた。
こういうときのためにも、普段の無駄遣いは控えておくべきなのかもしれない。
さっき揚げパンを四つ買ってきた人間が言うと、多少、説得力に欠ける気もするけれど。
荷物がまとまったところで、俺は宿の備え付けの便箋を引っ張り出し、置き手紙を書くことにした。
最初に書いた『いろいろ迷惑をかけてごめん』という一文は、少し考えてから線を引いて消し、結局、紙ごと新しいものに替えておく。
最後の手紙くらい、謝罪より、お礼を多めにしておきたかった。
『リゼ、エマ、フィオへ。
昨日の話、通りがかったときに少し聞こえました。
気を遣わせてたみたいで、気づくのが遅くなってごめん。
明日の朝の話はしなくて大丈夫なので、俺はここでパーティーを抜けて、前から行ってみたかった港町セイルへ向かおうと思います。
手続きは出発前にギルドで済ませておくし、預かっていた装備も返しておきます。
こっちはこっちで楽しくやるつもりなので、三人も俺のことは気にせず、元気でやってくれたらうれしいです。
一年半、一緒に冒険できて、マジで楽しかった。
今までありがとう!
追伸。
揚げパンを置いておくので、よかったら朝に食べてください。
包みに名前を書いてあるから、エマは間違えてリゼの分まで食べないように。
ハル』
読み返してみると、結局一回は謝っているし、手紙なのに普段の話し方が混ざっているし、締めが揚げパンなのもどうかとは思ったけれど、変に格好をつけるよりは伝わりやすい気がしたので、これでよしとすることにした。重たい別れの言葉とか、俺が書いてもたぶん似合わないだろうし。
手紙の横へ通信石を置き、残り三つの揚げパンが入った袋を並べてみると、これからパーティーを抜けるというより、朝食の準備をしているみたいで、ちょっと笑ってしまった。まあ、こういうのでいいのかもしれない。俺たちの一年半は、世界を救うための壮大な旅というより、仕事をして、飯を食って、しょうもないことで笑っていた時間のほうが、ずっと長かったわけなのでね。
***
夜明け前のギルドで夜番の受付に脱退届を預け、南門へ向かうころには、空の端が薄い桃色になり始めていた。港町行きの乗合馬車は昼までなかったのだけれど、途中の宿場までなら乗せてやる、と野菜を運ぶおっちゃんが言ってくれたので、荷積みを手伝うのを条件に、ありがたく便乗させてもらうことにした。こういう、人と予定の隙間にするっと入れる感じは、一人旅のいいところかもしれない。
「兄ちゃん、ずいぶん機嫌よさそうだな。そんなに海が楽しみかい」
「楽しみっすね。海の魚、こっちで食べるやつよりデカいって聞いたんで」
「魚目当てかよ。まあ、うまいのはうまいが、骨には気をつけな」
「了解です。冒険初日で魚に負けるのは、さすがにちょっとダサいんで」
おっちゃんが笑い、俺もつられて笑いながら、荷台の端へ腰を落ち着けた。街の門がゆっくり遠ざかっていくのを見ると、さすがに少しだけ胸の奥が落ち着かなくなったけれど、首もとのマフラーを巻き直し、これからの予定を頭の中に並べてみることにする。
港町で宿を探して、ギルドに顔を出して、まずは土地勘がなくてもできる仕事を受けてみようと思う。金が貯まったら船にも乗ってみたいし、気の合うやつがいれば、また誰かと組んだっていいのかもしれない。一度うまくいかなかったくらいで、今後ずっと一人でいなきゃいけない、なんてこともないだろうし、次のパーティーでは、もう少し早めに、相手の様子を気にするようにしたいところではある。
そのへんは今回の反省として、ちゃんと持っていけばよさそうだった。
「兄ちゃん、そこの袋、倒れないように押さえといてくれ」
「はいよー。命に代えても守りますよ、この芋」
「そこまでは頼んでねえなあ」
もっともだと思ったので、命までは賭けずに芋を支えながら、俺は朝日が差し始めた街道の先へ目を向けた。
三人も、今ごろは少し、肩の荷が下りているといいのだけれど。