妹がVTuber……らしい。それどころじゃない 作:ズッカーニ
「ハァ、ハァッ…!」
走る。
走る。
走る。
後ろを振り返らずにただ走る。
「っ、うぅ」
耳を塞ぐ。
辺りから聞こえる悲鳴から目を逸らす。
知らない。
所詮他人。会ったこともない他人なんだ。
どうなろうが知ったっこっちゃない。
「ハァ、ハァ」
塞いだ筈の隙間から、尚も耳に入ってくる悲鳴。
……その悲鳴の中に紛れる、肉が噛みちぎられる嫌な音。
「ひぃっ!?」
ピチャリという考えたくもない音まで響いてきて、あまりの恐怖に腰が抜ける。
「あっ、ぁぁ…!!」
無様に這いつくばってでもその場を離れる。
ば、
助けようだなんて、それこそ欠片も思わなかった。
死にたくない。
自分ひとりだけでも助かりたい。
あの時の俺の頭にあったものは、そんな醜い自己保身だけだった。
生きたまま肉を喰われ、激痛に絶叫をあげるあの人たちにだって、帰りを待っているひとがいた筈なのに。
俺は見捨てようとした。むしろ、時間が稼げて都合がいいとすら思いもした。
だから……罰が下ったんだろうな。神様の。
「うそ…だろ…?」
そんな…
「Uuuuuuuuu…!」
死地を抜け出した――そう歓喜した俺を待ち構えていたのは、さっき見た化け物そのものだった。
尻もちをついて、体を震わすことしかできない俺へと、1歩1歩と着実に歩み寄ってくる化け物。
愉快に体を揺らす様は、まるで俺を嘲笑っているかのよう。
見捨てて、自分だけ逃げて。…でも結局は無意味。
また、
――あの人が現れたのは、まさにその瞬間だった。
突然の殴打音。
重なる化け物の悲鳴。
「…えっ」
思わず顔をあげる。
「少年、無事か」
そう問いかけてくる、精悍な顔つきの人物。
突き出されたその拳の先には……怯んだように後退る、化け物。
「……」
声が出なかった。
ヒーローもののモブのように、主人公然としたヒーローに救われるのかと思えば、視界に映ったのはダンディなおっさん。
だが、その身を包む大正浪漫風の衣服と、滲み出る歴戦の風格からわかるように、この人…見るからに只者じゃない。
あの化け物が警戒してるのが大の証拠だ。
音から推測するに、この人があの化け物を殴った回数は、1。
1回、たった1回。
あんだけ大暴れしてた怪物をたった1回でビビらせるなんて、どう考えても普通じゃない。
「無事、のようだな」
どこ見て判断した。
そりゃ身体は無事ですけど…
「軽口を叩けるくらいか。ならよし」
あっ、口に出てた…?
ぱっと口元を抑える俺と、一切振り返らない目の前の人物。
「”不可思議"、私の目が黒いうちは…見逃さん」
カチャリという、まるでなにかを嵌め込んだかのような音が聞こえ…
直後、また異なる音声が鳴り響き始めた。
和テイストのリズムと、軽い打音のようなサウンドが入り交じるメロディ。
断言する。この曲、今初めて聴いた。
似たものはともかく、このメロディそのものは、これまで以前には聴いたこともない。
だというのに、耳が離せない。
たった1回で虜になるなんて言葉もあるけど、こういうことなんだろうか。
静かな声と、叩くような音。
そして…あの人とは違う、また別人の声。
青い…卵の殻だろうか。あの人を包むそれを、どこからか現れた巨大なハンマーが殴り壊す。
砕けた殻の隙間から光が溢れ出し、
光が収まった時、そこに立っていたのは……
「ネズミ…?」
「マイス、だ」
黒い、ゴツゴツとした装甲を身に纏う、ネズミの顔をした戦士。
本人はマイスって名乗ったけど…マイスって、マウスだよな?
ってことは、やっぱネズミなんじゃ…?
「Ooooooo…!」
「っ!?」
衝撃の光景に、思わず気が抜けていた。
そんな俺を現実へと引き戻したのは、どこからどう聞いても怒り心頭といった様子の化け物の声。
さっきまでビビってるまであったのに、なんでこんなブチ切れてんだ…?
あのマイスってやつとなんか因縁でもあるのかよ…?
「ここにいろ。離れるなよ」
「あ、ちょ」
駆け出すマイスに手を伸ばすも、当然ながら届く筈もなく。
勢いを乗せ、強く繰り出された拳が化け物にクリーンヒット。化け物が苦しむように声をあげる。
めっちゃ重たい音したし、かなりキツいの入ったんじゃないか?
振りかぶられた長い爪を、少し屈み、下を潜り抜ける形で回避。そのまま脇目掛けて裏拳が叩き込まれた。
化け物が悲鳴をあげ、反射的に爪を振るった。
ガキン!という耳障りな音が辺りに響く。
…だが、それは決してマイスに対する有効打の音ではなかった。
その強固な腕部装甲が、全てのダメージを受けきった証そのものだ。
自慢の爪を受け止められ、致命的な隙を晒す化け物。
…その隙を見逃すほど、歴戦のネズミは甘くない。
腕を掴み、背負い投げ。マウントポジションを奪い取った。
そこからは最早マイスの独壇場。
お前にターンは渡さないとばかりに、一方的な殴打・蹴撃を重ねるマイス。
やられっぱなしではいられない、そう抵抗を試みる化け物を完全に封じ、ワンサイドゲームを演じている。
あの動き、化け物の行動パターンとか完全に理解してるだろ…カウンター入れまくってるし。
「むっ」
あんだけブチ切れてたっぽい化け物だったが、こんだけボコされては流石に敵わないと悟ったか、即座に背を向け一目散に逃げ出した。
「に、逃げちゃいますよ!?」
「わかっている」
「わかってるなら追って…「心配するな」
その声に焦りはない。
ゆるりという動きで、腰に巻いてあるベルトを操作。
ハンマーのようなパーツが、開かれた卵のような形状をしたアイテムを叩いた。
「ここからでも届く」
確信の込められた宣言。
その言葉を証明するかのように、溢れ出す光が収束し、輝きが右足へと集っていく。
収束するその力が最大まで達した時――青い複眼が煌めき、マイスが地を蹴る。
「ハァッ!」
空中でキックの体勢を取るその様は、まさしく……
「”仮面、ライダ"ー……」
正式な変身、必殺描写が出たら修正します