10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
目が覚めると、そこはすっかり見覚えのなくなった、けれど私の人生の原点でもある、安っぽい映画の撮影スタジオだった。
機材の擦れる音、スタッフたちの怒号に近い指示、独特のワックスと埃の匂い。
鏡に映る自分を見る。短い髪。ぱちくりとした大きな目。
どこからどう見ても、かつて「十秒で泣ける天才子役」ともてはやされていた頃の、幼い私――有馬かなの姿だった。(……本当に、戻ってきちゃったんだ)
さっきまで目の前にいた、あの不気味なカラスのガキの言葉は嘘じゃなかったらしい。
頭の中に残っているのは、泥をすするような芸能界の裏側。アイの死。ルビーの絶望。
そして何より、復讐という底なしの沼に身を投じ、最後に自らの命ごと黒幕を道連れにしていった、あのバカな男の最期の笑顔。
あいつの復讐劇の、最悪な結末をすべて見届けた大人の記憶を持ったまま、私は十年前の過去にタイムリープしてしまったのだ。
「有馬かなちゃん、間もなく本番入りまーす!」
スタッフの大きな声がスタジオに響く。
私は小さく深呼吸をして、子供の体に大人の執念をなじませるように、ゆっくりと立ち上がった。
今回の人生の目的は、もう決まっている。
天才子役の座を守ることじゃない。ちやほやされて調子に乗ることでもない。
ただ一つ。
これから出会う、あの不器用で、優しくて、放っておいたら一人で死んでしまうバカな男の子の運命を、私の手で、今度こそ絶対にひっくり返す。それだけだ。
「よろしくお願いしまーす!」
子供らしいハキハキとした声を張り上げて、私はカメラの前へと進む。
そこにいたのは、監督の横で退屈そうにつっ立っている、一本の輝く原石。星野アクア。
まだ「復讐」に魂を捧げる前の、どこか冷めてはいるけれど、綺麗な瞳をした男の子がそこにいた。
1周目の時は、あいつの天才的な演技にボコボコにされて、私はただ泣くことしかできなかった。
だけど、今の私はあの頃の私じゃない。
「あいつがどう動くか」という未来の知識もある。
「――ねえ、アンタが私の相手役?」
私はアクアの前に歩み寄り、1周目とまったく同じセリフを口にする。
ただし、その声には怯えも傲慢さもない。ただ真っ直ぐに、あいつの瞳を見つめ返した。
「……有馬かな、だっけ。よろしく」
アクアは少しだけ目を見開いた。
1周目では私の我が儘な態度に呆れていたはずのあいつが、今の私の「眼光」に、ほんの少しだけ気圧されたような顔をしたのを私は見逃さなかった。
よし、手応えはある。監督がメガホンを片手に声を張り上げる。
「よーし、じゃあ本番行くぞー!」
この映画でのアクアの役回りは、監督の意図を汲み取った「不気味な子供」の演技。
1周目では、その圧倒的なリアルさに私は完全に喰われてしまった。
だけど、2周目の私は最初からあいつの「引き立て役」に回るつもりなんて毛頭ない。
(アンタの監督を狂わせるような怪演、全部知ってるのよ。だから――)
先に私が、この場にいる全員の空気を支配してやる。
まずはこの撮影現場で、アクアの度肝を抜いて、あいつの計算を狂わせることからだ。
「本番、よーい……スタート!」カチンコが鳴る。
私の二度目の役者人生、そして、あのバカを救うための戦いが、今ここから始まった。