10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
辻褄が合ってないところがあったら教えて欲しいです!
世の中のすべては、不確定要素の塊だ。
だからこそ僕は、あらゆる可能性を計算し、最悪の事態を想定して動く。
星野アイを死に追いやったあの男への復讐、その一点のためだけに、僕の人生のすべては組み立てられていた。
はずだった。
「……あり得ない」
苺プロダクションの事務所のデスクで、僕はノートパソコンの画面を凝視したまま、自らの思考がショートしかけるのを感じていた。狂っている。計算が、何もかも合わない。
事の発端は数ヶ月前、僕のスマホに宮崎県警から入った一本の連絡だった。
僕が前世で、雨宮ゴローだった頃に殺され、遺棄されたあの山奥の座標。
あの遺体がなぜか警察の「定期捜索」によってあっけなく発見された。
最初はただの偶然だと思った。
だが、警察の内部にいる知り合いから極秘に入手したタレコミのログを見て、背筋が凍った。
発信源は巧妙に偽装されていたが、使われたボイスチェンジャーの波形。
それは、一般の市場には出回っていない、とある芸能関係のスタジオで使われている特殊な機材の癖と完全に一致していた。
さらに、だ。
『今からガチで恋をします』の収録時、黒川あかねの炎上を救うために僕たちが制作したあの動画。
あの時、僕たちの元へ信じられないほどの格安で映像機材を貸し出し、プロの編集助っ人を送り込んできた匿名のルートがあった。その助っ人の所属を辿ると、宮崎の件で使われた機材のスタジオと、綺麗に同じ『線』で繋がった。
宮崎の遺体。今ガチの裏サポート。そして極めつけは、新しくB小町に加入したインフルエンサー、MEMちょの件だ。彼女の家庭環境、そして二十五歳という絶対に表に出るはずのない年齢の秘密。
それを、苺プロの契約の場で、完璧なタイミングで突きつけ、彼女の心を救った者がいる。
すべての点をつなぎ合わせた中心に、信じられない、けれど絶対に動かせない一人の少女の姿が浮かび上がった。
有馬かな。
「……何のために?」
目的が分からない。あいつが僕の正体や復讐を知っているのだとしたら、なぜそれを世間に暴露せず、僕を告発もせず、ただ僕の負担を減らすように、僕の先回りをし続けているのか。
『東京ブレイド』の舞台の上で、その答えの片鱗を見せつけられた。
アイの死のトラウマに呑まれ、命を削るような演技をしていた僕の絶望を、あいつは台本にない圧倒的な『光』の演技ですべて包み込み、僕の心を強引に現世へと引き戻したのだ。
あの時、有馬は僕に言った。
『一人で逝かせないって言ったでしょ』、と。
「一人で、逝かせない……?」
カチ、カチ、と。パソコンの画面をスクロールする僕の指が、微かに震える。
すべてを知っているかのような行動。僕の復讐の刃をへし折るような、未来を見通した先回り。
そして、僕の最悪の結末を最初から拒絶しているかのような、あの必死な瞳。
脳裏に、確率としてはコンマ数パーセント以下の、オカルトじみた狂った仮説が浮かび上がる。
もし、あいつがただの天才なんかじゃなくて。
もし、僕が前世の記憶を持って生まれたのと同じように――
「あいつ……僕が死んだあとの未来から、やり直しに来たんじゃないか?」
そう仮定すると、この10年間のあいつの奇妙な動きのすべてのつじつまが、恐ろしいほどの精度で合致してしまった。
あいつは、僕を救うために。
一人で暗闇へ落ちていこうとする僕の手を、今度こそ掴むために、あの10秒で泣ける天才子役のプライドを全部捨てて、裏で泥をすすりながら大人のカードを集めていたというのか。
「……バカか、お前は」
画面を閉じ、僕は顔を覆った。
口から出たのは呆れたような呟きだったけれど、胸の奥から湧き上がってきたのは、これまで感じたことのないほどの、巨大で、圧倒的な温かさだった。
あいつがそこまでして僕の未来を諦めないと言うなら。
僕の冷徹な計算を、あいつの執念がすべて狂わせてしまったと言うなら。
「……だったら、その完璧なハッピーエンドとやらに、付き合ってやるよ」
僕はフードを深く被り、あいつの待つ星野家のリビングへと歩き出す。僕の冷たい復讐のシナリオは今、一人の不器用な少女の愛によって、完全に書き換えられた。