10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
東京ドーム公演の成功から、2週間が経った。
新生B小町は一躍トップアイドルの仲間入りを果たし、私はそれまで以上に目まぐるしい毎日に追われていた。
だけど、私の頭の中の何割かは、あのドームのステージ裏での出来事に支配されたままだ。
『付き合うのは時間の問題だろ。俺のファンとしての義務期間は、一生分残ってるんだからな』
あの日、私の手を握ってそう言った星野アクアは、有言実行とばかりに私の周囲に現れるようになっていた。
前のあいつのような、復讐のための不気味な監視じゃない。
ただ純粋に、一人の男として、真っ直ぐに私を甘やかそうとしてくるのだ。
「……なによ、その顔」
ある日の夜、苺プロの事務所。他のメンバーが帰った静かな部屋で、デスクワークをしていたアクアが私を見てフッと笑った。
「いや。お前、さっきから台本を持つ手が止まってる。また俺のことを考えていたんじゃないかと思ってな」「だ、誰がアンタのことなんか! 私は次のドラマのセリフを頭の中で整理してたの!」
2周目で慣れているはずなのに、アクアを前にすると、途端に子供のような安い嘘しか出てこなくなる。
顔がカッと熱くなるのが自分でも分かった。
アクアはペンを置き、ソファーに座る私の隣へと歩み寄ってきた。
開いた距離を詰めるように、当然の顔をして隣に腰を下ろす。近すぎる距離に、私の心臓がトクトクと警報を鳴らし始めた。
「有馬。俺はこれまで、復讐のことしか頭になかった。誰かを好きになるとか、誰かと未来を歩むなんて、自分には許されないことだと思ってた」
アクアの瞳が、窓の外の夜景を反射して静かに揺れる。1周目のあいつの目にあったドス黒い闇は、もうどこにもない。
「でも、お前がその未来を力ずくで変えてくれた。カミキは逮捕され、ルビーも笑っている。……だから、そろそろ俺も、自分の幸せについてちゃんと考えてもいい頃だと思ってな」
「アクア……」
「俺にとっての幸せは、お前の隣にいることだ。だから、今度のオフ、俺と二人で出かけないか。仕事でも、ルビーの付き添いでもない。……ただの、デートだ」
あいつの大きな手が、私の小さな手をそっと包み込む。その温かさに、胸が締め付けられるように愛おしくなった。
……けれど、私はその手を、意思を込めてそっと引き抜いた。
「……今は、ダメよ」
「有馬?」
アクアが意外そうに眉をひそめる。
私は立ち上がり、あいつに背を向けて、自分のブレザーの裾をぎゅっと握りしめた。
「私、今アイドルなのよ? B小町はドームを成功させて、これからもっともっと上に行く。ルビーやMEMちょの足を引っ張るような中途半端なスキャンダルなんて、私は絶対に許さない。ファンを裏切るような真似もね」
1周目でも、私はアイドルとしてのプロ意識から、アクアへの恋心をずっと心の奥底に押し込めていた。
2周目の今だって、私の役者として、アイドルとしてのプライドは変わらない。
私は振り返り、アクアの目を真っ直ぐに見据えた。
「有馬かなが、誰かの特別になる時はね。……この衣装を脱いで、B小町を完全に引退する時よ。すべての人に筋を通して、一人の女の子に戻ってからじゃないと、私はアンタの隣には並ばない」
私の強い決意を前に、アクアは数秒間呆然としたあと、すぐにフッと、降参したように目元を和らげて苦笑した。「……そうか。お前はそういう奴だったな」
「だから…私を推すなら今のうちよ」
アクアはソファーから立ち上がり、私の前に歩み寄ると、私の頭を少し乱暴に、けれど最高に愛おしそうに撫で回した。
「分かった。お前がその最高のプライドを持ってアイドルをやりきるまで、俺は一番近くで待ち続ける。……俺を、世界一贅沢なお前のファンにしてくれ」
あいつの言葉に、今度こそ私の胸は、甘い高鳴りで一杯になった。