10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
「――私、今回のライブツアーを最後に、B小町を引退するわ」
ドーム公演から数日後。苺プロの楽屋で私がそう告げた瞬間、部屋の空気がピキリと凍りついた。
衣装の片付けをしていたルビーの手が止まり、スマホを見ていたMEMちょが勢いよく顔を上げる。
「……え? ロリ先輩、今、なんて……?」
「引退よ。B小町のセンターを降りて、私は役者一本に戻る」
私はあえて努めて冷静に、一文字一文字をはっきりと口にした。2周目の人生、私は大人の知識を使ってルビーの闇堕ちを防ぎ、アクアの復讐を裏からすべて叩き潰した。
ルビーは曇りのない光のアイドルのままでいられたし、グループはドーム公演を大成功させた。私がこのグループに『仕込んだ』役割は、もう十分に果たし終えたのだ。
何より、私は役者だ。
かつて天才子役ともてはやされ、一度は泥をすすって挫折した、あの世界。
1周目では周囲の才能に嫉妬して、使い勝手のいい道具になることで逃げていたけれど、今回の私は違う。この10年間、自分を死ぬ気で鍛え直してきた。舞台『東京ブレイド』を経て、私は確信したのだ。
――私はやっぱり、あの板の上で、演技だけで世界と戦いたい。そして……、一人の女の子として、アクアの特別になりたいと願ってしまった。
だったら、なおさら中途半端な気持ちでアイドルを続けるわけにはいかない。
すべてに筋を通す。それが私のプライドだ。
「なんで……っ、なんで急にそんなこと言うのよ!」
ルビーが椅子を蹴るようにして立ち上がり、私の元へ駆け寄ってきた。
その瞳には、今にも溢れそうな涙が溜まっている。
「ドームも大成功して、これからもっともっと3人で上に行くって、そう思ってたのに……! 私、ロリ先輩がいないB小町なんて嫌だよ!」
「ルビー……」
「……ねえ、かなちゃん」
一歩遅れて、MEMちょが静かに私に近づき、ルビーの肩をそっと抱きとめた。彼女の目は、ルビーのように取り乱してはいなかった。どこか、すべてを察したような大人の目だった。
「それって、役者として本気で勝負したいって気持ちと……あと、アクたんのことが関係してたりする?」
「――っ!?」
図星を突かれ、私の心臓が大きく跳ねた。大人の精神を持っているはずなのに、本当に私は分かりやすすぎる。
「お兄ちゃん……? アクたんがどうしたの?」
ルビーが涙を流したまま、不思議そうに私とMEMちょを交互に見つめる。
「やっぱりね。かなちゃん、最近アクたんといる時、いっつも顔が真っ赤だったもん。
……そっか。かなちゃんは、プロだもんね。アイドルである以上、誰かの特別にはなれないから。……自分の夢にも、恋にも、全部に完璧に筋を通して、一人の『役者』と『女の子』に戻るために、この衣装を脱ぐ覚悟を決めたんだね」
「一人の、女の子として……」
ルビーはぽろぽろと涙をこぼしながら、じっと自分の足元を見つめた。
しばらくの沈黙のあと、ルビーは袖でゴシゴシと乱暴に涙を拭うと、顔を上げて私の胸ぐらをぐいと掴んできた。
1周目の、あの復讐に狂っていた頃の力じゃない。
ただの、大好きな先輩を引き止めたい、不器用な妹としての力だった。
「……ずるいよ、ロリ先輩。お兄ちゃんを救ってくれたのも、役者として上を目指すのも、めちゃくちゃ格好いいと思う。でも、だからって、B小町を辞めちゃうなんて……」
ルビーは私の胸に頭を押し付け、小さな声で、けれどハッキリと言った。
「……でも、ロリ先輩がそこまで本気なら、私は止めない。だって、ロリ先輩には役者としても、お兄ちゃんの隣でも、世界で一番幸せになってほしいもん。お兄ちゃんがもしロリ先輩を泣かせるようなことをしたら、私が絶対に許さないからね!」
「ルビー……、MEMちょ……」
二人の温かい愛が胸に染み渡り、私の目からもついに涙が決壊した。
私は二人を両腕でぎゅっと抱きしめ、何度も、何度も頷いた。
「ありがとう……。本当に、ありがとう……!」
「決まりね! よーし、じゃあ次のラストステージ、伝説に残る最高のライブにしなきゃね!」
MEMちょが涙を拭いながら、明るく声を張り上げる。こうして、私のアイドルとしての本当の『引き際』が決まった。
すべての人に筋を通して、あのバカな男の元へ行くための、私の最後のステージが始まる。