10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
カミキの逮捕、そしてニノの不穏な影。
不穏な未来の火種はまだ残っているけれど、今日ばかりはそれらをすべて頭の隅に追いやることにした。
なぜなら今日は、アクアと付き合ってから初めての、本当の『デート』の日だからだ。
「……で、なんでデートの行き先が、こんな寂れた河川敷の広場なわけ?」
私は手にした小ぶりな革のグローブをパタパタさせながら、隣を歩くアクアに目を向けた。
ワンピースにキャスケット帽という、私なりのデート服に対して、あいつの手にはしっかりとした野球グローブと白球が握られている。
「お前が前に言ったんだろ。本当に暇な時があったら、いつでもキャッチボールくらい付き合ってやるって」
「それは高校に入ったばかりの時の話でしょ! バカアクア!」
ぷんすかと怒ってみせるけれど、あいつが私の何気ない一言をずっと覚えていてくれたことが、本当は嬉しくてたまらない。
「ほら、行くぞ」
アクアはそう言って、少し離れた位置まで歩いていくと、綺麗なフォームでふわりとボールを投げてきた。
すとん、と小気味いい音がグローブに収まる。
「アンタ、進路どうするの? アタマ良いんだから、良い大学行けるでしょ。また役者やる気はないわけ?」
ボールを投げ返しながら、私は1周目と同じ質問をあえて口にしてみた。
1周目の時は、あいつは「一応、医大を受けるつもりだ」と言った。
アイを救えなかった後悔から、心臓外科医を目指すのだと。
けれど今のあいつは、私の先回りによって、アイの死も、すべて乗り越えている。
だからこそ、あいつが今、自分の本当の意志でどんな未来を描いているのかを知りたかった。
アクアは私の投げたボールをパシッと受け止めると、少しだけ空を見上げ、それから真っ直ぐに私を見た。
「……医大を受けるつもりだ」
「医大!?」
「ああ。医者になる。……心臓外科医に、なるのが俺の夢なんだ」
あいつの口から出た言葉は、1周目と同じだった。だけど、その瞳に宿る光は、あの頃のような悲壮な義務感じゃない。
「長い長い…夢」
誰かを救いたいという、一人の人間としての、純粋で前を向いた「夢」の輝きだった。
「良い! 良いわよ、アクア! 向いてると思う!」
私はグローブを大きく振って、心の底からの笑顔をあいつに弾けさせた。
「助けたがりのアンタにはピッタリよ、絶対に良いお医者さんになれるわ!」
「……そうか。そう思うか」
アクアはふいっと顔を背け、グローブを口元に当てて俯いてしまった。
耳の裏が、ほんのりと赤くなっている。
「あー! 珍し! 照れてやんの! 照れてやんのー!」
「……うるさい。お前はどうなんだよ、有馬」
あいつは照れ隠しにボールを少し強めに投げ返してきながら、今度は私に問いかけてきた。
「B小町を引退して、役者一本に絞るんだろ。お前の夢はなんだ? やっぱり、国民的女優とかか?」
アクアの問いに、私は胸を張って、今度こそ嘘偽りのない、二度目の人生の本当の夢を叫んだ。
「当たり前じゃない! アンタが最高のお医者さんになるなら、私は世界一の女優になってやるわよ! ……それで、アンタを、私が独占してあげるんだから!」
「っ――」
私の直球すぎる宣言に、アクアは今度こそ完全に言葉を失い、顔を真っ赤にして固まった。
そんなあいつの不器用な姿を見て、私は河川敷に響き渡るような、最高の笑い声をあげた。
ただの男女として、私たちは今、本当の未来を歩き始めている。