10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
アクアが過酷な6年間の学生生活を終え、無事に医大を卒業して研修医となった春。
私の薬指には、まだ何もはめられていなかった。
「……遅いのよ、あのバカ」
夜の河川敷。冷たさの抜けた春の風に髪を揺らせながら、私は小さく毒づいた。
B小町を引退してから数年、私は文字通り死に物狂いで演技の道を爆走し、今や「国民的女優」としてその名を知らない者はいないほどのトップに君臨していた。
一方でアクアは、寝る間も惜しんで病院と家を往復する超多忙な研修医としての生活を送っている。
お互いに、かつてこの場所で叫んだ夢の最前線に立っていた。
だけど、あの日から、随分と時間が経っている。
いくらなんでも、ファンとしての義務期間が長すぎやしないかしら。
「待たせてごめん、有馬」
背後から、聞き慣れた、少し疲れの混じった、けれど世界で一番愛おしい少年の――ううん、もう立派な1人んp『大人の男』の声が響いた。
振り返ると、私服のコートを羽織ったアクアが、少し息を切らせて立っていた。
「なによ、呼び出しといて遅刻? 研修医様は本当にお忙しいことね」
「急な急患が入ってな。……でも、今日だけは絶対に外せなかった」
アクアは私との距離を詰める。その瞳は、出会った頃のような昏い闇でも、学生の頃の焦燥でもない。
一人の女性の人生を背負うと決めた、圧倒的な覚悟の光を宿していた。
「有馬。お前が二度目の人生のすべてを仕込んで、俺をあの暗い泥沼から救い出してくれた。……お前がいなければ、俺はとっくに死んでいて、今の俺の人生はなかった」
あいつの手が、私の凍えかけた手を包み込む。
その指先は、未来でたくさんの命を救う、心臓外科医としての強くて温かい手だった。
「お前が世界一の女優になる姿を、俺は一番近くで見届けてきた。……次は、俺が最高の医者になって、お前を支える番だ」
アクアはコートのポケットから、小さな、けれどずっしりとした重みのある紺色の小箱を取り出した。
パカ、と開けられた箱の中には、街灯の光を浴びて眩いほどにきらめく、一粒のダイヤの指輪。
「有馬かな。俺と結婚して、本当の家族になってくれ。……俺の人生のすべてを賭けて、お前を一生幸せにする」
1周目の悲惨な結末のあと、あの不気味なガキの前で
「あのバカの胸ぐら掴んで、絶対に一人で死なせない!」
と啖呵を切ったあの日から、私の10数年間の執念が、今、完璧な奇跡となって目の前で結実した。
「……だから、遅いって言ってるでしょ、バカアクア」
私は溢れそうになる涙を必死に堪えながら、あいつの胸ぐらをきゅっと掴み、その胸に思い切り顔を埋めた。
「絶対に途中で投げ出したら許さないんだからね……っ!」
「ああ。喜んで、一生かけて果たすよ」
アクアの大きな腕が、私の身体を優しく、強く抱きしめる。
春の星空の下、私たちはただの男女を超えて、世界で一番確かな『家族』になった。