10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
宮崎の夜風は、どこか懐かしくて、驚くほどに穏やかだった。アクアがホテルの部屋で、明日の観光ルートを大真面目な顔でチェックしている間、私は
「ちょっと夜風に当たってくるわ」
と告げて、一人でホテルの静かな中庭へと足を運んでいた。
パサパサ、と暗闇のなかで羽ばたきのような音が響く。
見上げると、中庭の古びた煉瓦塀の上に、数羽のカラスを引き連れたあの風変わりな少女が、月を背にしてちょこんと腰掛けていた。1周目の最悪な結末のあと、絶望していた私に「二度目の人生」をよこした、あの不気味なガキ
――ツクヨミだ。
「へえ、本当にすべてをハッピーエンドに塗り替えて、新婚旅行でここへ来るなんてね。役者っていうのは、どこまでも僕の計算を超えていく」
ツクヨミは相変わらず、人間の子供のそれとは思えないほど冷ややかに澄んだ瞳で私を見下ろし、小さく口端を釣り上げた。
「アンタが私をここに呼んだんでしょ。……見届けてくれた?」
私は腕を組み、塀の上の少女を真っ直ぐに見据えた。10数年前、あの古いスタジオの裏路地で対峙した時のような怯えは、もう今の私にはない。
私には、守り抜いた最高の『現実』がある。
「見届けてくれも何も、カミキヒカルを警察に突き落とし、新野冬子の狂気をへし折り、挙句の果てにはあの男の苗字まで奪い取るなんてね。……滑稽だね。人間の執念っていうのは、僕の想定よりも少しだけしぶといらしい。君があまりに無様だから与えた『神様の気まぐれ』だったけれど……どうやら、その価値はあったみたいだ」
ツクヨミの声は相変わらずトゲだらけだったけれど、その響きには、完全な敗北を認めたような晴れやかさが混ざっていた。
「1度絶望したからこその戦い方があるのよ。……これで文句ないでしょ。私はあのバカの胸ぐらを掴んで、今度こそ、絶対に一人で死なせなかった。私の用意した、完璧なハッピーエンドよ」
私が誇らしげに胸を張ると、ツクヨミはフッと息を漏らし、塀の上からふわりと地面へ飛び降りた。着地した瞬間、彼女の周囲に集まっていたカラスたちが一斉に夜空へと飛び立っていく。
「……うん、君の勝ちだよ、有馬かな。もうお前に用はない。僕の気まぐれに付き合ってくれる役者は、もう十分だ。……せいぜい、その必死に手繰り寄せた未来を、あいつの隣で楽しみに生きるといい」
「言われなくても、そうするわよ」
私がフイッと顔を背けた瞬間、一陣の強い夜風が中庭を吹き抜けた。
思わず目を瞑り、風が止んだあとに目を開けると――そこにはもう、少女の姿は影も形もなかった。芝生の上に、黒いカラスの羽が、一枚だけ静かに落ちているだけ。
「……ありがとね、不気味なガキ」
私はその羽をそっと拾い上げ、夜空を見上げて小さく呟いた。
これで、本当に、私の2周目の役者人生の『過去の因縁』はすべて完全に消滅したのだ。
「――かな」
暗がりの向こうから、聞き慣れた、世界で一番愛おしい主人の声が私を呼んだ。振り返ると、部屋から上着を持って追いかけてきたアクアが、少し心配そうな顔をして歩いてくるのが見えた。
「夜風はまだ冷たい。風邪を引いたら明日の地鶏の店に行けなくなるぞ。……ほら、帰るぞ」
あいつはそう言って、当然のような顔をして、私の左手をそっと、けれど逃がさないように力強く握りしめた。薬指の指輪同士が、カチリと小さく音を立てる。
「ちょっと、子供扱いしないでよ! 私は世界一の女優なんだからね!」
「知ってるよ。だから、俺はお前の世界一のファンとして、一生隣でこうして手を引いてるんだろ」
「っ……バカアクア!」
顔を真っ赤にして歩き出す私の隣に、アクアが当然のような顔をして並ぶ。
繋がれた手の温かさを感じながら、私は今度こそ、新しく始まる二人の本当の未来へと、真っ直ぐに一歩を踏み出した。
本編は次が最後です!
その後は番外編をいくつか投稿していく予定です
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