10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない   作:M1tarash1

26 / 27
24.私たちの推しの子

宮崎への新婚旅行から、さらに数年後。

世界から『復讐』や『亡霊』といった不穏な影が完全に消え去り、私たちは新しい未来を生きていた。

「パパ、パパ! ママがテレビに出てる! 画面のなかでもめちゃくちゃ格好いい!」

星野家のリビングに、まだ幼い、けれど愛らしい女の子の元気な声が響き渡った。

ソファーの前に置かれたテレビの画面のなかでは、主演映画のクライマックスで圧倒的な演技を見せる「国民的女優・有馬かな」の姿が映し出されている。

かつて十秒で泣ける天才子役ともてはやされた少女は、二度目の人生の果てに、今や名実ともに世界一の女優へと登り詰めていた。

「ああ、知ってるよ。ママの演技は世界一だからな」

リビングのキッチンから、すっかり大人の落ち着きと、頼もしい『父親』の顔になったアクアが顔を出した。

あいつは過酷な研修医時代を乗り越え、今や病院の最前線で多くの命を救う、若き天才心臓外科医として日々を戦っている。あいつがキッチンから歩み寄り、ソファーでテレビを凝視している小さな我が子をひょいと抱き上げた。

その時、ガチャリとリビングの重い扉が開く。

「ただいまー……。もー、今日の舞台挨拶、衣装が重くて肩が凝っちゃったわよバカアクア……」

帽子とコートを脱ぎながら、少し疲れた、けれど最高に充実した顔で帰ってきたのは、他でもない私――星野かなだった。

「おかえり、かな。お疲れ様。ほら、お前の『一番のファン』が、ずっとテレビの前で待ってたぞ」

アクアが抱っこしている娘を私に見せながら、フッと、1周目のあいつが決して見せなかったような、心の底から穏やかで優しい苦笑いを浮かべた。

「ママ、おかえりなさーい! 今日の映画もすっごく格好よかった!」

「っ――、ただいま! もー、本当に良い子ね、ママの遺伝子を完璧に引き継いでるわ!」

私は鞄を放り出し、アクアの腕から娘を受け取ってぎゅーっと抱きしめた。その小さな身体の温かさと、トクトクと力強く刻まれる心臓の鼓動。

かつて、星野アイは双子を育てながら夢を見て、臨終の間際に「愛してる」という嘘を本物にした。

1周目のアクアは、その呪いに縛られ、自分の人生をすべて復讐のために投げ打って、死んでいった。

だけど、今はどうだ。

カミキは檻の中で罪を償い、新野冬子の狂気も消え去った。

ルビーとMEMちょはトップアイドルとして今も世界中を飛び回っているし、何より、アクアが、私が、位置が変わったこのリビングで、新しく生まれたこの小さな命が、こうして当たり前のように笑い合っている。

私が二度目の人生の10数年間を全て仕込み、泥をすすりながら大人のカードを集め、あいつの胸ぐらを掴んでまで手に入れたかった未来が、今、この部屋に完璧な形で満ち溢れていた。

「……かな」

アクアが私の隣に並び、私の肩をそっと、愛おしそうに引き寄せた。

「俺をあの暗い泥沼から引っ張り出して、こんなに眩しい未来をくれて、本当にありがとう。……俺の人生のすべてを賭けて、お前を、そしてこの子を一生幸せにするよ」

あいつの真っ直ぐな、嘘偽りのない本物の愛の言葉。私の目から、溜まっていた温かい涙が、ポロポロと溢れ出した。「当たり前じゃない……! アンタが最高のお医者さんで、私が世界一の女優で、そしてこの子が私たちの最高の『推しの子』なんだから!」

私は涙を拭って、あいつの胸ぐらをきゅっと掴み、最高の笑顔を弾けさせた。

「絶対に途中で投げ出したら許さないんだからね、アクア!」

「ああ。喜んで、一生かけて果たすよ」

数え切れないほど交わしたやり取り、窓から差し込む、暖かな午後の光のなかで、三つの影が静かに、けれどこれ以上ないほど確かに重なる。転生した私の、命がけの2周目の役者人生は、悲劇のすべてを祝福へと塗り替え、新しく始まる未来の恋へと、永遠に、甘く続いていく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。