10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
「お父さん、ナイスボール! ほら、次は私の番だよ!」
雲一つない秋晴れの日曜日。
少し広めの公園の芝生の上で、元気な少女の声が響き渡った。
声を上げたのは、星野家の一人娘だ。
母親に似て勝気で、くるくるとよく動く大きな瞳が特徴的な女の子である。
彼女は自分には少し大きめのグラブを左手にはめ、緊張感とワクワクが入り混じった面持ちで佇んでいた。
「お父さん、いくよ。……えいっ」
娘が小さな体を目一杯に使って投げた白球は、ぽんと山なりの弧を描いて、アクアの手前でバウンドした。
それを、動きやすいパーカー姿になったアクアが、優しくグラブに収める。
パシィン、と乾いた良い音が秋の澄んだ空気に溶けていった。
「ナイスボールだ。コントロールがだいぶ良くなってきたな」
「本当……? やったぁ!」
アクアが褒めると、娘は照れくさそうに、けれど本当に嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
その少し引っ込み思案なところがありつつも、褒められると一気に笑顔になるところは、どこか幼い頃の母親――有馬かなの面影を強く感じさせるものがあった。
「ちょっとお父さん、今の球、かなりキレがあったでしょ? もっと私のこと褒めてよ!」
娘が不満げに頬を膨らませて詰め寄ってくる。
その表情や、負けず嫌いな口調は完全に母親の血を引いていた。
アクアは思わず苦笑しながら、娘の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「ああ、今の球は凄かったよ。さすがに元天才子役の娘だな。肩の強さは母親譲りか?」
「もう、その『元天才子役の娘』って、恥ずかしいからやめてってば!」
怒る娘の姿を見つめながら、アクアは手元にある革のグラブの感触を確かめた。
キャッチボール。
それはかつて、アクアがまだ「星野アクア」として復讐の炎を燃やしていた頃、ほんの一時だけ、ただの高校生に戻って誰かと心を通わせた大切な時間だった。
あの日、河川敷で誰かと交わした言葉や、不器用に投げ合った白球の重み。
それが巡り巡って、今、自分の最愛の子供へと受け継がれている。
「あーっ! 見つけた! あんたたち、私を置いて二人で何楽しそうにやってんのよ!」
公園の入り口の方から、聞き馴染みのある、少し高めで通る声が響いた。
振り返ると、大きめのキャスケット帽を被り、サングラスを少しずらした有馬かなが、両手にレジャーシートや水筒の入ったバッグを抱えて歩いてくるのが見えた。
「お母さん!」
娘が、一斉にキャッチボールを中断してかなの元へと駆け寄っていく。
かなは荷物を地面に下ろすと、飛び込んできた我が子を愛おしそうにぎゅっと抱きしめた。
「もう、アクアもアクアよ。ちょっと目を離した隙に、この子に野球なんて教え込んじゃって。怪我でもしたらどうするの?」
「ただのキャッチボールだ。この子は筋が良いから、怪我をするような危ない投げ方はしてないさ」
「そういう問題じゃなくて……。まあ、楽しそうだから良いんだけどね」
かなはサングラスを外すと、少し呆れたように、けれど底抜けに優しい微笑みをアクアに向けた。
芸能界という、嘘と本音が入り乱れる世界を生き抜いてきた二人。
かつては深い孤独を抱えていた彼らが、今ではこうして、自分たちの『家族』という最高の居場所を築いている。
「ねえお母さん、お母さんもキャッチボールやろうよ! お父さんの球、結構速いんだから!」
「えっ、私が!? 冗談じゃないわよ、私は今でも現役の役者なんだから、顔にボールが当たったらどうするのよ。それに、私があんたくらいの頃はね、もっと……」
ブツブツと文句を言いながらも、かなは娘からグラブを借りて、嬉しそうに左手にはめた。
そして、少し不器用なフォームでアクアに向かって構える。
「いくわよ、アクア! 私の全力投球、ちゃんと受け止めなさいよね!」
「ああ、いつでもこい。どんな球でも受け止めてやる」
アクアがグラブを構える。
かなの手から放たれた白球は、少しだけブレながらも、真っ直ぐにアクアの元へと飛んできた。
パシィン、と今日一番の大きな音が響く。
「ナイスボールだ、かな」
「ふん、当然でしょ!」
勝ち誇ったように笑うかなと、それを見て大はしゃぎする娘。
木漏れ日が降り注ぐ公園の中で、アクアは胸の奥が温かいもので満たされていくのを感じていた。
かつて失ったと思っていた幸福は、今、目の前で確かに輝いている。