10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない   作:M1tarash1

28 / 29
25.キャッチボール

「お父さん、ナイスボール! ほら、次は私の番だよ!」

雲一つない秋晴れの日曜日。

少し広めの公園の芝生の上で、元気な少女の声が響き渡った。

声を上げたのは、星野家の一人娘だ。

母親に似て勝気で、くるくるとよく動く大きな瞳が特徴的な女の子である。

彼女は自分には少し大きめのグラブを左手にはめ、緊張感とワクワクが入り混じった面持ちで佇んでいた。

「お父さん、いくよ。……えいっ」

娘が小さな体を目一杯に使って投げた白球は、ぽんと山なりの弧を描いて、アクアの手前でバウンドした。

それを、動きやすいパーカー姿になったアクアが、優しくグラブに収める。

パシィン、と乾いた良い音が秋の澄んだ空気に溶けていった。

「ナイスボールだ。コントロールがだいぶ良くなってきたな」

「本当……? やったぁ!」

アクアが褒めると、娘は照れくさそうに、けれど本当に嬉しそうに白い歯を見せて笑った。

その少し引っ込み思案なところがありつつも、褒められると一気に笑顔になるところは、どこか幼い頃の母親――有馬かなの面影を強く感じさせるものがあった。

「ちょっとお父さん、今の球、かなりキレがあったでしょ? もっと私のこと褒めてよ!」

娘が不満げに頬を膨らませて詰め寄ってくる。

その表情や、負けず嫌いな口調は完全に母親の血を引いていた。

アクアは思わず苦笑しながら、娘の頭をぽんぽんと優しく撫でる。

「ああ、今の球は凄かったよ。さすがに元天才子役の娘だな。肩の強さは母親譲りか?」

「もう、その『元天才子役の娘』って、恥ずかしいからやめてってば!」

怒る娘の姿を見つめながら、アクアは手元にある革のグラブの感触を確かめた。

キャッチボール。

それはかつて、アクアがまだ「星野アクア」として復讐の炎を燃やしていた頃、ほんの一時だけ、ただの高校生に戻って誰かと心を通わせた大切な時間だった。

あの日、河川敷で誰かと交わした言葉や、不器用に投げ合った白球の重み。

それが巡り巡って、今、自分の最愛の子供へと受け継がれている。

「あーっ! 見つけた! あんたたち、私を置いて二人で何楽しそうにやってんのよ!」

公園の入り口の方から、聞き馴染みのある、少し高めで通る声が響いた。

振り返ると、大きめのキャスケット帽を被り、サングラスを少しずらした有馬かなが、両手にレジャーシートや水筒の入ったバッグを抱えて歩いてくるのが見えた。

「お母さん!」

娘が、一斉にキャッチボールを中断してかなの元へと駆け寄っていく。

かなは荷物を地面に下ろすと、飛び込んできた我が子を愛おしそうにぎゅっと抱きしめた。

「もう、アクアもアクアよ。ちょっと目を離した隙に、この子に野球なんて教え込んじゃって。怪我でもしたらどうするの?」

「ただのキャッチボールだ。この子は筋が良いから、怪我をするような危ない投げ方はしてないさ」

「そういう問題じゃなくて……。まあ、楽しそうだから良いんだけどね」

かなはサングラスを外すと、少し呆れたように、けれど底抜けに優しい微笑みをアクアに向けた。

芸能界という、嘘と本音が入り乱れる世界を生き抜いてきた二人。

かつては深い孤独を抱えていた彼らが、今ではこうして、自分たちの『家族』という最高の居場所を築いている。

「ねえお母さん、お母さんもキャッチボールやろうよ! お父さんの球、結構速いんだから!」

「えっ、私が!? 冗談じゃないわよ、私は今でも現役の役者なんだから、顔にボールが当たったらどうするのよ。それに、私があんたくらいの頃はね、もっと……」

ブツブツと文句を言いながらも、かなは娘からグラブを借りて、嬉しそうに左手にはめた。

そして、少し不器用なフォームでアクアに向かって構える。

「いくわよ、アクア! 私の全力投球、ちゃんと受け止めなさいよね!」

「ああ、いつでもこい。どんな球でも受け止めてやる」

アクアがグラブを構える。

かなの手から放たれた白球は、少しだけブレながらも、真っ直ぐにアクアの元へと飛んできた。

パシィン、と今日一番の大きな音が響く。

「ナイスボールだ、かな」

「ふん、当然でしょ!」

勝ち誇ったように笑うかなと、それを見て大はしゃぎする娘。

木漏れ日が降り注ぐ公園の中で、アクアは胸の奥が温かいもので満たされていくのを感じていた。

かつて失ったと思っていた幸福は、今、目の前で確かに輝いている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。