10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
今回から娘の名前登場してます
「いい?ルビー。甘やかすのは程々にね。特にお菓子はご飯の後! あと、変な動画も陽菜に見せちゃダメだからね!」
「わかってるってばー! 先輩は心配性だなぁ。ほらほら、仕事遅れちゃうよ、いってらっしゃい!」
玄関先で、小言を並べる有馬かなの背中を、星野ルビーは笑顔でぐいぐいと押し出した。
その隣で、苦笑しながらバッグを肩にかけたアクアが「よろしく頼む」と短く告げる。
今日は、アクアとかなの二人がどうしても外せない映画の夫婦役での撮影があり、一日だけ一人娘の『陽菜(ひな)』の留守番をルビーが引き受けることになっていたのだ。
パタン、と重厚なドアが閉まり、静かになったリビング。
ルビーはゆっくりと振り返り、ソファの上でちょこんと座ってこちらを見つめている、大好きな姪っ子へと視線を向けた。母親のかなに似て、くりくるとよく動く大きな瞳。
けれど、どこか父親のアクアに似て落ち着いた雰囲気を纏う、世界一可愛い大切な天使。
ルビーの口元が、むくむくと邪悪かつ幸せそうに歪んでいく。
「ふふふ……ついにこの時が来た。お父さんとお母さんがいない、陽菜ちゃんとルビーちゃんの秘密の時間だねぇ……!」
「るびーちゃん、お顔がこわい……」
小さな手をきゅっと握りしめて身構える陽菜に、ルビーは「ごめんごめん!」と両手を振って、ソファへとはい寄った。
「怖くないよー! ほら見て、お母さんには内緒で高級なイチゴのショートケーキ買ってきたんだから! 陽菜、一緒に食べよ?」
「けーき! 食べる!」
お菓子はご飯の後、というかなの約束は、開始わずか三分で綺麗さっぱり破られた。
美味しそうにケーキを頬張る陽菜の口元を、ルビーはスマホのカメラで連写しながら、完全に限界を迎えたオタクのような声を漏らす。
「か、可愛い……! なにその尊い生き物……! ねえ陽菜ちゃん、お父さんとお母さん、どっちが好きなの?」
「うーんとね、どっちも好きだけど、お父さんはお本読んでくれるから好き。お母さんはお歌が上手だから好き」
「お歌! そう、お歌だよね! じゃあさ、これ見て!」
ルビーは待ってましたとばかりに、テレビのリモコンを操作して大画面に『ある映像』を映し出した。
それは、かつてルビーとかな、そしてMEMちょの三人で活動していた、2代目『B小町』の伝説のファーストライブの映像だった。
画面の中では、若き日の有馬かなが、センターで汗を輝かせながら「サインはB」を熱唱している。
「これ、ママだよ! ママ、すっごくアイドル上手でしょ?」
「ママ、きらきらしてる!」
目を輝かせる陽菜を見て、ルビーの胸の奥にあるドルオタの血が激しく騒ぎ出した。
ルビーはすっと立ち上がると、リビングのクローゼットから、サイリウムを二本取り出し、一本を陽菜の手へと握らせた。
「そうだよ! ママはね、すっごいアイドルだったの! でもね、その隣で一番可愛く踊ってるこの金色の髪が長いお姉ちゃん……誰だと思う?」
「……るびーちゃん?」
「大正解!! 天才!! さすが私と血を分けたお兄ちゃんの子!! 陽菜ちゃんは天才だよ!」
ルビーは自分のライブ映像に合わせて、リビングの真ん中で完璧なコールとオタ芸を披露し始めた。
「ほら、陽菜も一緒に! ママよりルビーちゃんの方が可愛いよねー!? ルビーちゃん、世界一ーっ!!」
「るびーちゃん、せかいいちー!」
小さな手でサイリウムを不器用に振る陽菜。
ルビーは完全に理性を失い、抱きしめて頬ずりを連発した。
ケーキ、アニメ、そしてアイドルのコール。
ルビーによる全力の甘やかしと秘密の英才教育は、夕方までノンストップで続けられた。
――そして、午後六時。
「ただいまー……。あー疲れた。ルビー、陽菜はちゃんと良い子にしてたか?」
鍵が開く音と共に、くたくたに疲れた様子のかなとアクアが帰宅した。
しかし、リビングのドアを開けた瞬間、二人はその場に硬直した。
散らかったケーキの空き箱。テレビに映る大音量のB小町のライブ映像。
サイリウムを握りしめたまま、疲れ果ててソファですやすやと眠る陽菜の姿。
その傍らで、ルビーだけが満足げに親指を立てていた。
「おかえりー! ばっちり留守番できたよ! 陽菜、すっごい素質あるわ。コールのリズム感が完璧」
「ちょっとルビー!! あんた人の娘に何やらせてんのよ!!」
かなの怒号が響き渡る。
アクアは額を押さえて深いため息をつきながら、眠る陽菜をそっと抱き上げた。
すると、陽菜は寝ぼけ眼を少しだけ開け、アクアの首にしがみつきながら、小さな声でむにゃむにゃと呟いた。
「……ううん……お父さん……ママより、るびーちゃんの方が、かわいいの……むにゃ……」
「……あ?」
一瞬にして、かなの目が据わった。
アクアは抱き上げた陽菜を腕に抱えたまま、ゆっくりとルビーの方へと視線を向ける。その瞳には冷徹な光があった。
「ルビー。……ちょっとこっち来い。我が子にどんな教育を施したのか、詳しく聞かせてもらおうか」
「ひえっ!? お、お兄ちゃん目がマジ! 先輩助けて! 私はただ、叔母さんとして愛を注いだだけで――うわあああ!」
ドタバタと逃げ回るルビーと、それを追いかけるアクアとかな。
パパの腕の中で目を覚ました陽菜は、そんな賑やかな家族の光景を見ながら、楽しそうにキャッキャと声を上げて笑うのだった。