10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
「……で? 何か言い訳はある?」
翌日の夜。陽菜が自分の部屋ですやすやと眠りについた後、星野家のリビングには、重苦しい(ふりをした)空気が流れていた。
ダイニングテーブルを挟んで、腕を組んでジト目を向けるかなと、その隣で静かにコーヒーをすするアクア。そして、二人の正面で正座をさせられているのは、昨日陽菜を全力でドルオタに染め上げた張本人――星野ルビーだった。
「言い訳というか、弁明を許していただけるなら……私はただ、姪っ子に『ママのカッコいい姿』を見せてあげたかっただけでして……」
「嘘おっしゃい! 私のライブ映像をダシにして、自分のコールを叩き込んでたじゃない! 陽菜、今日も朝起きて一番に『るびーちゃん、せかいいち!』って言ってたわよ! 私の娘なのに!」
かながキーキーと悔しそうに机を叩く。かなにとって、娘が自分以外のアイドル(たとえ身内のルビーであっても)に夢中になるのは、母親としても元センターとしても、少しだけジェラシーが湧く案件だったのだ。
「いいじゃないのロリ先輩!それだけ陽菜ちゃんが私に懐いてるって証拠だし! それに、お兄ちゃんだって昨日の夜、裏で私をめちゃくちゃ問い詰めたでしょ! 『陽菜に変な男のオタクがつくような英才教育は今すぐやめろ』って!」
「……俺は親として当然の防衛策を講じただけだ。あいつに将来、変な虫がつく原因を今から作るわけにはいかない」
アクアは真顔で、大真面目にコーヒーカップを置いた。
シスコンからは卒業したはずのアクアだったが、今度は完全に『重度の親バカ』へとシフトチェンジしていた。ルビーの英才教育によって、陽菜が将来「アイドルになりたい」などと言い出したら、男を惹きつける星の目を持つ我が子をどう守ればいいのか、アクアは本気で危機感を覚えていた。
「もう、どいつもこいつも陽菜に甘すぎるのよ……。アクア、あんたも昨日の朝『程々にね』って言った私の言葉、全然聞いてなかったでしょ」
「聞いていたさ。だからルビーをこうして叱責している」
「叱責(形だけ)じゃん! もう、私がお母さんとして、ちゃんと陽菜を真っ直ぐ育てなきゃダメね……」
かなははぁ、と深いため息をつきながら、コップの水を飲み干した。
正座を崩したルビーは、そんな二人のやり取りを見ながら、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「あーあ、かなちゃん怒っちゃった。お兄ちゃん、これは今夜、奥さんの機嫌をしっかり取らないとダメなやつだねぇ?」
「ルビー、お前はもう帰れ。夜道が危ないから送ってやろうと思ったが、歩いて帰れ」
「ひどい!? 冗談だってば! じゃあ私はお邪魔虫だから退散しまーす! 二人とも、仲良くね!」
ルビーは素早く立ち上がると、上着を引っ掴んで、嵐のように星野家から去っていった。
再び静かになったリビング。
かなはまだ少し納得がいかないように、ぷいっと横を向いて、ソファのクッションを抱え込んでいる。芸能界のどんな修羅場もくぐり抜けてきたアクアだったが、最愛の妻のこの「拗ねモード」だけは、何度経験しても正しい対処法に頭を悩ませることになる。
アクアは静かに立ち上がり、かなの隣へと腰掛けた。
「……かな」
「なによ。あんたもルビーの味方するなら、今夜は寝室別だからね」
「そんなことはしない。俺はいつだって、お前の味方だ」
アクアはそう言うと、クッションを抱えたままのかなの肩を、後ろからそっと引き寄せた。男らしい大きな腕がかなの体を包み込み、かなの背中にアクアの胸の鼓動が伝わる。
「……なっ、急に何よ……!」
「陽菜がルビーに懐くのは、ルビーがそれだけお前のことを『凄いアイドルだった』と熱弁したからだ。陽菜は、お前のキラキラした姿を見て、お前と同じになりたいと思ったんだよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
かなの声が、少しだけ小さくなる。アクアの優しい声で諭されると、どうしても調子が狂ってしまう。
「それに」
アクアはかなの耳元に顔を近づけ、少しだけ声を落とした。
「陽菜が一番好きなのは、間違いなくお前だ。毎日、お前が仕事から帰ってきた時のあいつの笑顔を見ていればわかる。……もちろん、俺も、お前が一番だけどな」
「~~~~っ!」
かなの顔が、一瞬で真っ赤に爆発した。ドレスを着た結婚式の日も、子供が生まれた今も、この男のストレートすぎる愛の言葉には、一生慣れそうにない。
「あんた、本当にそういうセリフ、どこで覚えてくるのよ……! 恥ずかしくないわけ!?」
「妻に愛を囁くのに、恥ずかしがる理由がない」
アクアはクスクスと笑いながら、かなの抱えていたクローゼットを外させ、その華奢な体を正面からぎゅっと抱きしめた。かなも文句を言いながら、アクアの背中にそっと手を回す。
「……じゃあ、おねだり」
かなはアクアの胸に顔を埋めたまま、小さく呟いた。
「明日、久しぶりにデート連れてって………そしたら、許してあげる」
「ああ。何度でも連れて行ってやるよ」
木漏れ日の下でのキャッチボール、ルビーとの賑やかなお留守番。そんな愛おしい日々の中心には、いつもこの、愛らしくて少し寂しがり屋な、最高の妻がいる。
星野家の夜は、この先も、どこまでも甘く、幸せに続いていくのだった。