10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
「うわっ!アクア、どうしよう、陽菜の体がすごく熱いんだけど……! 私、どうしたらいいの!?」
ルビーの家から陽菜を連れて帰ってきた、その日の夜。
星野家のリビングには、デートの余絨なんて一瞬で吹き飛ぶような、かなの悲鳴が響き渡っていた。
ソファの上で、大好きなピンクのサイリウムを握りしめたまま、顔を真っ赤にして苦しそうな息を吐いている陽菜。お留守番中にルビーと騒ぎすぎて知恵熱を出したのか、それとも季節の変わり目で風邪をひいてしまったのか、陽菜の額は明らかに熱を持っていた。
元天才子役としてどんな修羅場もプロ根性で乗り越えてきたかなだったが、我が子の突然の異変には、一人の母親としてパニックを起こしてしまう。
「落ち着け、かな。まずは深呼吸しろ」
その時、リビングのドアを開けて入ってきたアクアの声は、驚くほど冷静で、視線には強い安心感があった。
日中の病院での勤務を終え、ラフな部屋着に着替えていたアクアだったが、その佇まいはすでに『父親』であると同時に、数々の患者を救ってきた『医師・星野アクア』のそれだった。
アクアは迷いのない足取りでソファへ近寄ると、膝をついて陽菜の目線に合わせる。
「陽菜、ちょっとお父さんに体見せてな。……お腹痛いところはあるか? 喉は痛くない?」
「う、うん……のど、ちょっとヒリヒリする……」
「そうか、偉いな。ちゃんと教えてくれてありがとう」
アクアは優しく陽菜の頭を撫でながら、手際よく脇の下に体温計を差し込み、トントンと胸の音を確かめるように手を当てた。その無駄のない動きと、安心感を与える穏やかな口調は、前世の産婦人科医・ゴローとしての経験と、現世で血の滲むような努力で培った医学の知識が同居しているからこそだった。
ピピッ、と体温計が鳴る。
「三十八度五分。ただの急性咽頭炎――いわゆる引き始めの風邪だな。胸の音も正常だし、そこまで心配しなくていい。かな、そんなに泣きそうな顔をするな」
「だって、だってさぁ……あんなに真っ赤な顔して苦しそうにしてるの、見てられないわよ……」
オロオロと涙目を浮かべるかなの肩を、アクアは片手でポンと叩いて安心させる。
「大丈夫だ。俺がついてる。かなは台所から氷嚢と、ポカリを持ってきてくれ。あと、陽菜の着替えも一枚用意してほしい。できるか?」
「あ、うん……! わかった、すぐやってくる!」
的確な「医師の指示」を出されたことで、かなもようやく自分のやるべきことを見つけ、弾かれたように台所へと走っていった。
「さて、陽菜。お薬ちゃんと飲めるか? 苦くないように、お父さんが美味しいゼリーに混ぜてあげるからな」
「うん……お父さん、かっこいい……」
「そうか? ありがとう。陽菜が早く元気になるのが、お父さんへの一番のご褒美だ」
アクアが優しく微笑むと、陽菜は安心したように、小さな手でアクアの服の裾をぎゅっと握りしめた。
いつもは「ママの方が好き!」なんてルビーのコールを真似している陽菜だったが、こういう時に誰よりも頼りになるお父さんの姿は、幼い心にとても大きく、格好よく映っているようだった。
一時間後。
薬をしっかり飲み、アクアに手際よく体を拭いてもらって綺麗なパジャマに着替えた陽菜は、額に冷たいシートを貼ってもらい、寝室のベッドですやすやと穏やかな寝息を立てていた。
「……ふぅ。本当によかった……」
寝室のドアを静かに閉め、リビングのソファにどさりと崩れ落ちるかな。
アクアはキッチンから淹れたての温かいハーブティーを持ってきて、かなの前にそっと置いた。
「お疲れ様、かな。初めての看病で驚いたろ」
「本当に心臓が止まるかと思ったわよ……。でも、あんたがいてくれて本当に助かった。こういう時、医者の旦那さんって、ちょっと反則なくらい格好いいわね」
かなはハーブティーを両手で包み込みながら、少し照れくさそうに、けれど心からの信頼を込めてアクアを見上げた。昨夜の「男としての甘いアクア」も素敵だったが、大切な家族のピンチを無敵の冷静さで救ってくれる「医師としてのパパのアクア」は、それ以上にかなの心を強く惹きつけて離さない。
「医者になったのは、大切な人間を今度こそ誰も失わないためだ。我が子の風邪くらい、何度でも俺が治してやる」
アクアはかなの隣に座り、お疲れ様、という意味を込めてその小さな頭を自分の肩に引き寄せた。かなは大人しくその肩に頭を預け、ふふっ、と幸せそうに鼻を鳴らす。
「明日の朝には、きっと熱も下がってるわね。そしたらさ……ルビーに、陽菜が『お父さんかっこよかった!』って言ってたの、自慢してやろーっと」
「それはやめておけ。そんな話をしたら、ルビーがまた嫉妬して、夜中に突撃してくるぞ」
二人は静かに笑い合いながら、温かいお茶をすすった。
お医者さんのパパと、トップ役者のママ。
星野家の夜は、少しハラハラしながらも、やっぱりどこまでも温かい『本当の愛』に満ち溢れていた。
34話の「31.星野家の物語は、どこまでも輝いて」で完結しようと思ってるのですが続けるべき…?
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続けるべき
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キリ良いしやめるべき