10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない   作:M1tarash1

37 / 39
34.放課後の接触

「……ねえ陽菜、本当に最近ずっと、誰かに見られてる気がするの?」

中学校の放課後。夕暮れ時の帰り道を歩きながら、クラスの親友が心配そうに陽菜の顔を覗き込んだ。

カバンの紐をぎゅっと握りしめながら、陽菜は小さく首を振る。

「ううん、私の気のせいだと思う。……ちょっと、最近寝不足だからかも、!」

笑顔を作って誤魔化したものの、陽菜の背中には、ここ数日ずっと冷たい不快感がへばりついていた。学校の行き帰り、あるいは塾の帰り道。遠くから自分をじっと見つめる「視線」を確かに感じていたのだ。クローゼットの奥に隠した、あの紫色のアイリスが添えられた青い封筒。あの手紙が届いた日から、何かが確実に狂い始めている。

「じゃあね、陽菜。また明日!」

「うん、また明日!」

駅の分岐点で親友と別れ、陽菜は一人、少し薄暗くなってきた住宅街の坂道を登り始めた。早くお家に帰ろう。パパのいる、ママのいる、あの温かいリビングに。

そう思って歩みを早めた、その時だった。

 

「――星野陽菜さん、だね」

 

不意に、すぐ真後ろから、ひどく耳に心地よい、芝居がかった大人の男の声が響いた。

陽菜はゾクりと全身の毛穴が逆立つような恐怖を覚え、弾かれたように振り返る。

そこに立っていたのは、仕立ての良いトレンチコートを着た、端正な顔立ちの男だった。年齢は四十代前半ほど。どこか浮世離れした、芸術家のような独特のオーラを纏っている。男の胸元には、あの日届いた手紙と同じ、紫色のアイリスのブローチが妖しく光っていた。

「……だ、誰ですか?」

一歩、後ずさりする陽菜。しかし男は、優しげに見えてその実、奥が一切笑っていない瞳で陽菜を真っ直ぐに見つめていた。

「はじめまして。手紙は読んでくれたかな? 僕はカミキプロダクションで、かつてヒカル……カミキヒカルと共に舞台を作っていた演出家の男だよ」

男は一歩、陽菜との距離を詰める。その瞬間、男の瞳の奥に、アクアが持っているものとは違う、歪んだ『星の光』が灯ったのを、陽菜は見逃さなかった。

「素晴らしい。やはり君の瞳の輝きは、ヒカルがこの世界に遺した最高傑作だ。有馬かなの泥臭い演技も悪くないが、君の中にある『星野』の血は、もっと高い場所で輝くべきだ。どうだい? 僕たちの舞台へおいで。君を、あの星野アイを超える、本当の伝説にしてあげる――」

「こ、来ないで……!」

陽菜は恐怖に耐えかねて悲鳴を上げると、男を突き放すようにして、夢中で坂道を駆け上がった。

男は追いかけてはこなかった。ただ、背後から「またすぐに会おう、陽菜ちゃん」という、逃げ場のない男の声だけが、夜の静寂に響き渡っていた。

 

――同時刻。都内の総合病院。

 

「星野先生、お疲れ様です。今日の回診のデータですが――」

「ああ、デスクに置いておいてくれ。申し訳ないが、今日はこれで失礼する」

アクアは白衣を脱ぎ捨て、私服のジャケットを羽織ると、かつてないほどの鋭い眼光で医局を後にした。

昨夜、黒川あかねから共有された情報。カミキプロダクションの元演出家であり、カミキヒカルの過去の犯行に「芸術」としての価値を見出し、裏でそれを手助け、あるいは心酔していた狂信者の男。その男の現在の場所を、あかねの卓越したプロファイリング能力によって、ついに特定したのだ。

(終わらせたはずだった。アイの仇も、あの男の血の因縁も、すべて俺達がこの手で終わらせたはずだ……!)

スマートフォンの画面に表示された、あかねからのマップのピンを見つめながら、アクアは自分の車へと乗り込み、アクセルを強く踏み込んだ。

医師という、人を救うための穏やかな仮面は、今の彼には微塵も残っていない。

最愛の妻であるかなを、そして自分たちの命よりも大切な娘・陽菜を脅かす存在があるならば、アクアは何度でも、かつての『復讐者』としての冷徹な頭脳を取り戻す覚悟だった。

ハンドルを握るアクアの瞳の奥で、かつて消え去ったはずの、底知れない『漆黒の星』が、夜の車内に不気味な光を放っていた――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。