10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
「……ふっ、ははは! 流石は星野アクア、いや、ヒカルを檻の中に引きずり込んだ張本人だ。言うことが恐ろしいね」
胸ぐらを掴まれ、骨が軋むほどの力で締め上げられているにもかかわらず、トレンチコートの男は歪んだ笑みを消さなかった。アクアの瞳に宿る『漆黒の星』を至近距離で見つめながら、男はねっとりとした声で言葉を続ける。
「でも、勘違いしないでほしいな。ヒカルは死んでいない。彼はあの冷たい刑務所の檻の中で、今もなお静かに生きている。そして僕たちは、面会室の分厚いガラス越しに、今でも彼の『美学』を共有し続けているんだよ」
アクアの眉間が、ピクリと不快そうに跳ね上がった。
カミキヒカルは生きている。あの男を殺さず、法の裁きによって一生をあの大罪の償いに費えさせると決めたのは、他ならぬアクアとかな自身だった。だが、あの男の狂気は、檻の向こうからでもなお、外にいる信奉者たちを操り、自分の最愛の娘へと手を伸ばしてきている。
「お前たちが檻の向こうの男とどんな夢を見ていようが勝手だが、俺の家族にこれ以上近づけば、次は警察ではなく、俺が直接お前を排除する」
アクアは男の胸ぐらを冷酷に放り投げると、デスクの上の証拠書類を掴み、一瞥もくれずにカミキプロダクションの旧オフィスを後にした。
――深夜、星野家。
リビングのソファでは、泣き疲れた陽菜が、かなの膝枕でようやく小さな寝息を立てていた。かなはその頭を優しく撫でながら、時計の針が午前一時を回ったところで、静かに玄関の鍵が開く音を聞いた。
「ただいま、かな。……遅くなってすまない」
「アクア……っ!」
帰宅したアクアの顔を見た瞬間、かなの張り詰めていた糸が切れ、その瞳から涙が溢れた。アクアは静かにかなの隣へと腰掛け、陽菜を起こさないように、二人の体をそっと大きな腕で抱きしめた。
「かな、陽菜から何があったか聞いたか?」
「……うん。学校の帰りに、変な大人の男に声をかけられたって。カミキプロダクションがどうとか、陽菜を最高のステージに立たせるとか……。ねえ、アクア。カミキって…数年前に私たちが捕まえた、あの……」
かなの言葉に、アクアは静かに頷いた。
我が子にまでその魔の手が伸びるとは夢にも思っていなかった。
「終わったはずだったのに……なんでまた、私たちの陽菜が狙われなきゃいけないのよ……っ」
「カミキは捕まったが、あの男の歪んだ才能に惹かれた狂信者が、まだ外に残っていた。そいつが今、カミキプロダクションの残党として、陽菜の中にある『星野』の血を狙っている」
アクアは眠る陽菜の、自分によく似た顔立ちを見つめた。
これまで、過去の凄惨な事件から娘を遠ざけるために、あえて何も話さずに「普通の女の子」として育ててきた。だが、もう隠し通せる段階は過ぎてしまった。
「……かな。明日、陽菜が起きたら、すべてを話そう」
「えっ……? でも、あの子はまだ中学生よ? そんな重い話……」
「隠し続ける方が、あいつを危険に晒す。あいつには、自分を守るための『本当の事実』を知る権利がある。……それに、俺たちの娘だ。きっと、乗り越えられる」
アクアの真っ直ぐな瞳を見て、かなは小さく息を吸い、涙を拭って頷いた。
嘘で塗り固められた世界を生き抜いてきた二人が、我が子のために、初めて「すべての本当」を明かす覚悟を決めた瞬間だった。
夜の静寂の中、星野家のリビングには、これから始まる厳しい戦いに向けた、静かで強い絆の空気が流れていた――。