10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
深夜、静まり返った星野家のリビング。
かなの膝の上で、陽菜はようやく恐怖から解放されたように、小さな寝息を立てて眠りについていた。帰宅したアクアは、自分の拳を握りしめながら「明日、陽菜にすべてを話そう」と静かに告げた。
その言葉を聞いた瞬間、かなの瞳の奥に、いつもとは違う――かつてアクアを地獄の底から引きずり戻した時と同じ、鋭く強い光が宿った。
「そうね、アクア。隠し通せる段階はもう過ぎたわ。……でも、勘違いしないで」
かなは陽菜を起こさないように静かに立ち上がると、アクアの正面に真っ直ぐに立ち、その胸元を指先で強く小突いた。
「あんた、また1人で全部背負い込んで、カミキプロダクションの残党と刺し違えようとか考えてないでしょうね?」
「……かな、俺は」
「忘れたとは言わせないわよ。あんたが1人で復讐に狂って、カミキと一緒に心中しようとしてたあの絶望の未来から、あんたを引っ叩いて連れ戻したのは誰だと思ってるのよ」
かなの言葉に、アクアは言葉を失った。
そう、この世界線は、原作通りの悲劇の果てではない。
1周目の世界で、アクアがカミキヒカルと共に海へ堕ちて命を落としたあの結末を知り、すべてを背負って『2周目の人生』へと時間を遡ってきた有馬かなが、その未来を命懸けで変えた世界なのだ。
かなが2周目の知識を総動員し、アクアに寄り添い、絶対に彼を死なせないと誓って動き回ったからこそ、カミキヒカルは心中ではなく「警察への逮捕」という形で生きて法の裁きを受けることになった。アクアが今、復讐者ではなく『医師』として、かなの夫としてここにいられるのは、他でもない、有馬かなが彼を闇から救い出したからだった。
「あんたはすぐ1人で突っ走るから、私が2周目やってまで未来を変えたの。今回の残党だって同じよ。陽菜は、私たちの娘。あんただけのものじゃない、私たちが命懸けで掴み取った『本物の奇跡』なんだから」
かなはそう言うと、アクアの頬に手を当て、少しだけ呆れたように、けれど底抜けに愛おしそうに微笑んだ。
「裏で証拠集めをするのは任せるわ。でも、カミキプロダクションの狙いは陽菜を『舞台に立たせること』でしょう? だったら、芸能界の戦いは、役者である私の領分よ。カミキの狂信者だか何だか知らないけど、私の娘を都合のいい人形にしようだなんて、国民的女優のキャリアを舐めないでほしいわね」
かなの口から出た圧倒的な頼もしさと、2周目としての揺るぎない覚悟。
アクアはフッと緊張を緩め、愛おしそうにかなの腰を引き寄せ、最愛の妻を強く抱きしめた。
「……ああ、そうだったな。お前には、一生勝てそうにない」
「当たり前でしょ。あんたを救うために、私は2回も人生やってんだから」
翌朝。
リビングの食卓についた陽菜の前に、アクアとかなは並んで座った。
陽菜はまだ少し不安そうな顔をしていたが、かながその手を優しく、けれど絶対に離さないという強さで握りしめる。
「陽菜。昨日、カミキプロダクションの男に言われたこと、怖かったよね。……今から、パパとママの口から、この星野家が隠してきた『本当のこと』を全部話すわ」
かなはアクアと視線を交わし、真っ直ぐに娘を見つめた。
「パパが昔、どれだけ暗い場所にいて、ママがそれをどうやって救い出したか。そして、檻の中にいるあの男が、私たちの何なのか。……全部聞いて、一緒に戦ってくれる?」
その母親の、そしてトップ役者としての凛とした強さに満ちた瞳を見て、陽菜は息を呑み、そして小さく、力強く頷いた。
2周目の有馬かなが紡いできた、たった一つの純愛の物語。その先にある次世代の戦いが、今、星野家のリビングから真に幕を開けようとしていた――。