10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
翌朝の星野家の食卓には、重苦しい、けれどどこか逃げ場のない決意に満ちた空気が流れていた。
陽菜の前に並んで座ったアクアとかな。かなは、少し不安そうに視線を彷徨わせている陽菜の手を、テーブルの上で優しく、けれど絶対に離さないという強さで握りしめた。
「陽菜。昨日、カミキプロダクションの男に言われたこと、怖かったよね。……今から、パパとママの口から、この星野家が隠してきた『本当のこと』を全部話すわ」
かなの凛とした声に、陽菜は息を呑み、小さく頷いた。
アクアは静かにコーヒーカップを置き、自分によく似た娘の瞳を真っ直ぐに見つめて、静かに口を開いた。
「陽菜。まず、お前が知っておくべき男がいる。現在、刑務所の檻の中に収監されている男――カミキヒカルだ。あの男は、かつて芸能界の光の裏側で、多くの若き才能を奪ってきた大罪人であり……俺とルビーの、実の父親だ」
「えっ……パパの、お父さん……?」
陽菜の瞳が驚愕に揺れる。アクアは痛みを堪えるように言葉を続けた。
「そして、かつて世界を魅了しながら、志半ばで命を奪われた伝説のアイドル、星野アイ。あの人が、俺とルビーの母親だ。カミキは、自分の手を汚さずに狂信者を操り、俺たちの母を奪った。……俺のこれまでの人生は、その男を地獄に落とすための、復讐のためだけに存在していた」
アクアの口から語られる、あまりにも凄惨な星野家の過去。陽菜は言葉を失い、ただパパの顔を呆然と見つめることしかできなかった。いつも優しくて、頼りになるお医者さんのパパ。その胸の奥に、そんな暗い炎が眠っていたなんて、想像すらしていなかった。
「……でもね、陽菜。パパの話には、もう一つの『本当』があるの」
今度はかなが、陽菜の手を握る力を強めて言葉を紡いだ。
「パパはね、その復讐を果たすために、あの男と一緒に海に堕ちて、自分の命を捨てるはずだったの。誰の手も借りず、1人で死ぬつもりだった。――それが、パパが1回目に辿った『1周目の結末』よ」
「1周目……? ママ、何を言ってるの……?」
中学生の陽菜には、その言葉の意味がすぐには理解できなかった。
かなは少しだけ遠い目をしながら、けれど確かな誇りを胸に、娘に微笑みかけた。
「ママね、そのパパが死んじゃった後の、暗くて、誰も笑っていない最悪の世界を生きたの。パパを失った悲しみの中で、ボロボロになりながらね。……だからママは、神様にお願いしたの。もしもう一度人生をやり直せるなら、今度は絶対に、自分の命を懸けてでもアクアを救い出すって」
かなの瞳から、一筋の涙が頬を伝う。
「ママは『2周目の人生』へ、時間を遡って転生してきたの。パパが子供の頃の世界へね。そこでママは、1周目の知識を全部使って、パパが1人で闇に堕ちていかないようにずっと傍にいた。パパの復讐の計画を暴いて、引っ叩いて、絶対に死なせないって誓って動き回ったの。……その結果、カミキは心中じゃなく、警察に逮捕される未来に変わった。パパが今、復讐者じゃなく『医師』としてここに生きていられるのは、ママが未来を変えたからよ」
陽菜は、隣に座るアクアを見た。
アクアは静かに、けれど心からの深い愛と感謝を込めて、かなを見つめ返していた。
「ママの言う通りだ、陽菜。俺は、お前の母親に命を救われた。この世界線で、俺たちがこうして家族として笑い合えていること自体が、かなが命懸けで掴み取った『本物の奇跡』なんだ」
すべてのパズルのピースが、陽菜の頭の中で繋がっていく。
なぜ、あのトレンチコートの男が、自分の中に「アイ」と「カミキ」の血を見出していたのか。
そしてなぜ、自分のパパとママが、これほどまでに深く、強く結ばれているのか。
「……そっか。ママが、パパを助けたんだね」
陽菜は溢れ出てきた涙を、制服の袖でゴシゴシと力強く拭った。
恐怖は、もうなかった。自分の目の前には、運命すらひっくり返して自分を産んでくれた、世界一強くて格好いい母親と父親がいるのだ。
「陽菜。カミキプロダクションの残党はね、あんたのその『星野の血』を利用して、また歪んだお芝居を始めようとしてる。……でも、そんなこと絶対にさせないわ」
かなは涙を拭い、元天才子役の、そして2周目の覚悟を持つ『星野かな』としての鋭い光を瞳に宿した。
「パパがお医者さんとして、裏で証拠を固める。そして芸能界の戦いは、ママの領分よ。陽菜、恐怖に負ける必要なんて一切ないわ。私たちの、本物の家族の力を見せてやりましょう」
「うん……っ! 私、ママみたいに強くなりたい! パパとママと一緒に、戦う!」
陽菜の瞳の奥で、両親から受け継いだ、濁りのない純粋な『光の星』が、初めて力強く灯った。
2周目の有馬かなが紡いできた救済の物語。
そのバトンは今、最愛の娘・陽菜へと確かに引き継がれ、カミキプロダクションの残党を迎え撃つための、真の反撃がここから始まろうとしていた――。