10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
すべての真実を告げられた翌々日の夕方。
学校の放課後、陽菜はいつもより少し重い足取りで、夕暮れの並木道を一人で歩いていた。
パパとママの過去、檻の中にいるカミキヒカルという男のこと、そしてママが二回目の人生でパパを救い出したという、星野家の本当の奇跡。そのすべてを知った陽菜の胸には、恐怖ではなく、両親への深い愛と「今度は私がこの家族を守るんだ」という、静かで熱い覚悟が宿っていた。
(パパもママも、私を必死に守ろうとしてくれてる。だから、私だって絶対に負けない……!)
カバンの紐を強く握りしめ、前を向いて歩みを進める。
だが、並木道の角を曲がった瞬間――陽菜の身体が、本能的な恐怖でぴたりと硬直した。
街灯の影からゆっくりと姿を現したのは、あのトレンチコートを着た男だった。
一昨夜、陽菜の父親である星野アクアから直接オフィスに乗り込まれ、骨が軋むほどの力で胸ぐらを掴まれて「次はない」と冷酷な警告を叩きつけられた、カミキプロダクションの残党である演出家。
普通ならアクアの脅しに怯え、身を潜めるはずの男が、不気味なほどに平然とした笑みを浮かべて、陽菜の目の前に立ち塞がったのだ。
「やあ、星野陽菜さん。……今日も綺麗な瞳だね」
男の口調には、もはや前回のようなどこか泳がせるような余裕の芝居はなかった。アクアと直接接触し、お互いが完全に『敵』であると認識し合っているからこそ、その言葉には隠しきれない刃のような敵意が剥き出しになっていた。
「……何の用ですか。私のパパが、あなたに会いに行ったって聞きました。これ以上、私に近づくなって言われたはずです」
陽菜は後ずさりすることなく、かな譲りの強い眼差しで男を真っ直ぐに睨みつけた。
「ふっ、ははは! 流石は有馬かなの娘だ、気が強いね。そうだよ、君の父親は凄まじい男だ。僕のオフィスに乗り込んできて、僕の過去の裏稼業の証拠を突きつけ、医者とは思えない声で僕を脅していったよ」
男は一歩、陽菜との距離を詰める。その瞳の奥にある、檻の中のカミキに魅了された狂信者の『星の光』が、夕闇の中でギチギチと歪に輝き始める。
「でもね、無駄なんだよ。星野アクアがどれだけ僕を社会的に破滅させようと、そんなものは痛くも痒くもない。僕たちカミキプロダクションにとって、君という『最高傑作の血筋』を表舞台に引きずり出すことは、もはやただのビジネスじゃない。檻の向こうにいるヒカルに捧げる、至高の愛なんだ」
「勝手なことばかり言わないで……!」
「君に拒否権なんてないのさ、陽菜ちゃん。僕が君の学校の周りをうろつくだけで、君の繊細なお母さんは生きた心地がしないだろうね。君の父親がいくら優秀な医師でも、二十四時間君の横に張り付いているわけにはいかない。……君が僕たちの提案に首を縦に振るまで、星野家の平穏は二度と戻らないよ」
男の言葉は、小細工なしの、完全な『脅迫』だった。
アクアの警告すら踏み越えて、力ずくで星野家の日常を精神的にすり潰しに来ている。
(この人は、本物の狂っている……パパの警告も何も怖がってない……っ!)
剥き出しの狂気を前にして、陽菜の足が僅かに震えかける。
その時だった。
「――そこまでにしてもらおうか、カミキの犬が」
並木道の向こうから、鋭く、そしてよく通る、聞き馴染んだ女性の声が響き渡った。
振り返ると、夕日を背に浴びながら、鋭い眼光を放つ有馬かな――『星野かな』が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。その佇まいは、数々の修羅場をくぐり抜け、2周目の人生で最愛の男を救い出した、本物の表現者の圧倒的なオーラに満ちていた。
「……おや、有馬かな」
男が薄く笑う。かなは陽菜を自分の背中にかばうようにして前に立つと、男に向かって容赦のない蔑みの視線を叩きつけた。
「あんたさ、カミキの親友だか何だか知らないけど、やってることが三流のストーカー以下なのよ。アクアが裏で動いているなら、芸能界の戦いは私の領分だって、言ったはずよね?」
かなの瞳に、かつてないほどの激しい『役者としての執念の光』が宿る。
お互いの手の内も、敵意も、すべてが完全に剥き出しになった極限の状況。2周目の有馬かなと、カミキプロダクションの残党による、陽菜を巡る本当の正面衝突が、この夕暮れの並木道から真に幕を開けようとしていた――。