10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
「――ママにバレないように、完璧に演じきるぞ、陽菜」
「うん……! 任せて、パパ」
午前二時。陽菜の部屋の中で交わされた、父親と娘の密約。
二人の瞳の奥で、母親を守るための星が静かに共鳴し、カミキプロダクションの残党を奈落の底へと突き落とすための裏の盤面が、完全に組み上がったその瞬間だった。
カチャ、と微かな音を立てて、陽菜の部屋のドアの外で、一つの影が小さく動いた。
廊下の暗がりのなか、壁に背中を預けて立ち尽くしていたのは、他ならぬ有馬かな――星野かなだった。
寝室のベッドに入ったものの、昼間のアクアと陽菜の激しい怒鳴り合い、そして自分だけが何も知らされず蚊帳の外に置かれたあの孤独感が、どうしても胸を締め付けて眠れなかったのだ。様子を見るために静かに部屋を出てきてみれば、聞こえてきたのは、あまりにも愛おしくて、そしてあまりにも馬鹿げた『嘘つきたちの会話』だった。
かなは、溢れ出てきそうになる涙を必死に両手で押さえ、声を出さないようにして自分の寝室へと静かに戻った。
ベッドへ潜り込み、毛布を頭から被った瞬間、堪えていた涙が堰を切ったように枕を濡らしていく。
(……なによ、それ)
胸の奥から湧き上がってきたのは、悲しみ、そしてそれ以上に、激しい『怒り』だった。
(アクアも娘も、揃いも揃って大馬鹿野郎じゃない……っ!)
アクアが言った『あのトラウマを、もう二度とあいつに味わせたくない。あいつには、ただ笑っていてほしいんだ』という言葉。
陽菜が言った『ママがまた泣いちゃうのが、一番嫌だったから』という言葉。
二人が、どれほど自分を大切に想って、どれほど傷つけないように必死で泥をかぶろうとしてくれているのかは、痛いほどによく分かった。だが、それとこれとは話が別だ。
(あんたたち、私がどれだけの覚悟をして『2周目の人生』を始めたと思ってるのよ……っ!)
1周目の世界。アクアを失い、血の海の底のような絶望の中で、ボロボロになりながらも「もう一度あんたに会いたい、今度こそ救いたい」と神様に縋り付いて時間を遡ってきたのだ。
カミキヒカルを警察に引き渡し、アクアの復讐を止めて、今のこの平穏を掴み取るために、どれだけの泥をすすって戦ってきたと思っているのか。
(1周目のアクアと、中学生の娘が、2人で格好つけて私を守る? ――100年早いわよ!!)
かなはガバッと毛布を跳ね除けると、ベッドの上に座り直し、涙を手の甲で力強く拭った。その瞳の奥に灯ったのは、かつてアクアを地獄の底から引っ張り戻した時と同じ、そして芸能界の頂点へと這い上がった時と同じ、元天才子役の圧倒的な執念の光だった。
(いいわ、そこまで言うなら、完璧に騙されたフリをしてあげる。あんたたちを泳がせてあげるわよ。アクアが裏で証拠集めをして、陽菜が現場で人形でいるフリをする……上等じゃない)
かなは不敵な笑みを暗闇の中で浮かべた。
(でもね、カミキプロダクションの残党が、私の娘をただの道具としてカメラの前に立たせるのよ? そこで陽菜が困った時その男の前に立ち塞がるべきなのは……あんたたちを救うために二回も人生やってる、この私に決まってるでしょ!)
2人が自分を守ろうとして隠すなら、自分もまた「何も知らないママ」を完璧に演じきって、最後の最後にそのカミキプロの残党の現場へ、一人の母親として、文字通り全てを叩き潰しに乱入してやる。
かなの心の中で、アクアたちの計画をも裏から包み込む、さらに巨大な『逆チェックメイトの台本』が完成した瞬間だった。
翌朝。
「おはよー、パパ、ママ!」
「ああ、おはよう、陽菜。昨日は……すまなかったな」
「ううん、私の方こそ!」
何事もなかったかのように、リビングでいつも通りの「仲の良い親子」を演じるアクアと陽菜。
かなはキッチンから、そんな2人の大根役者な芝居をジト目で眺めながら、いつも通り明るい声を響かせた。
「ほら、2人とも早く席につきなさい! 朝ご飯冷めちゃうでしょ!」
笑顔の仮面を被りながら、かなの胸の奥の炎は静かに、けれど誰よりも激しく燃え盛っていた。
パパと娘による秘密の作戦。そして、それをさらに上から支配するママの逆襲。カミキプロダクションの残党が仕掛けた次世代の戦いは、星野家の全員がそれぞれの『嘘と覚悟』を抱えたまま、一触即発のドラマ撮影日へと向かって加速していく――。