10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
「――よし。陽菜、準備はいいな。俺は予定通り、裏から警察を動かす」
「うん、パパ。私、完璧に人形のフリをして時間を稼いでみせるよ」
カミキプロダクションの残党である、あの演出家の男が用意した、深夜ドラマの地下撮影スタジオ。
コンクリートが剥き出しになった薄暗いセットの裏側で、星野アクアと陽菜の二人は、お互いの目を見つめ合いながら、最後の作戦確認を交わしていた。
完璧に隠し通せているはずだった。
午前二時に交わした秘密の密約。あのトラウマを、二度とかなに味わせないために、二人が泥をかぶってすべてを終わらせるための、命懸けの『台本』。アクアは胸ポケットのスマートフォンに触れ、黒川あかねや警察の突入班との連携がいつでも取れる状態であることを確認する。
二人は覚悟を決め、重厚な防音扉を押し開けて、スタジオのメインセットへと足を踏み入れた。
しかし。
戦場であるはずのその場所の光景を目にした瞬間、アクアと陽菜の身体は、完全に凍りついた。
「……え?」
「これは……どういうことだ……っ!?」
スタジオの中は、二人が想像していたような「撮影の緊張感」など、微塵も存在していなかった。
機材はすべて電源が落とされ、カミキプロダクションの残党であるスタッフたちは、全員が壁際に並べられて警察官たちにガッチリと身柄を押さえ込まれている。そして何より、審査員席のあった中央のデスクの上には、あのトレンチコートを着た黒幕の男が、手錠をかけられたまま、魂が抜けたような顔でへたり込んでいた。
完璧に包囲され、すでに完全に『終わっている』現場。
その大混乱のセンター、演出家が座るはずだった一番立派な椅子に、足を組んで優雅に腰掛けている一人の女性がいた。
大きめのサングラスを指先で少しずらし、現役トップ役者としての凄まじいオーラを放つ『星野かな』の姿だった。
かなは、間抜けなほどにそっくりな顔をして呆然と立ち尽くしている夫と娘に向かって、ジト目で冷徹な、けれどどこか楽しそうな笑みを叩きつけた。
「何しに来たの、もう終わったわよ?」
「「っ……!?」」
アクアと陽菜の口から、完全に思考が停止した声が漏れた。
「マ、ママ……っ!? なんで、なんでここに……っ!?」
「かな、お前、まさか……知っていたのか……?」
「当たり前でしょ。夜遅くに陽菜の部屋で二人でコソコソ話してたこと、ドア越しに全部聞いてたわよ。あんたたちが私に隠れて格好いい台本を作ってるから、私、触発されて一足先に動いちゃったわ」
かなはパイプ椅子からゆっくりと立ち上がると、カツカツとヒールの音を響かせて二人の元へと歩み寄った。
「あんたたちね、私がどれだけの覚悟をして『2周目の人生』始めたと思ってるのよ。カミキの周辺にいた奴らなんて、1周目の世界を生きてた時点で、裏の裏まで全員リストアップしてあったわよ。あんたたちがコソコソ話してた昨日の夜のうちに、私、あかねを直接呼び出してね。あんたが必死に集めてた裏の証拠一式、あかね経由で警察へ送らせてもらったわ。今日ここで現行犯逮捕なんて悠長なこと待たずに、令状取って、今朝の撮影開始と同時に警察を突入させたのよ」
圧倒的な先読みと、2周目の知識をフル活用したスピード解決。
お医者さんのパパと中学生の娘が「ママを守るために」と必死に組んだ午前二時の作戦を、ママはさらにその上から、完全に力ずくで踏み潰していたのだ。
かなは、アクアの胸元を人差し指で強く小突いた。
「奴らが陽菜をカメラの前に立たせたいなら、その前に私が『有馬かな』のネームバリューと2周目の人脈で、奴らの現場ごと完膚なきまでに叩き潰してやる。あんたたちにいい格好させてたまるもんですか。中学生の娘と、役者を退いたお医者さんが、二人で格好つけて私を守るなんて、100年早いわよ、大馬鹿野郎」
あまりにも格好よくて、あまりにも圧倒的な有馬かなの主人公ムーブ。
アクアはしばらく絶句していたが、やがてフッと降参したように、瞳の中の漆黒の星を、今度は心からの深い愛と信頼の光へと変えて、呆れたように苦笑した。
「……ああ、そうだったな。お前には、一生勝てそうにない」
「あったり前でしょ! あんたを救うために私は二回も人生やってんのよ!」
かなが満足げに笑うと、陽菜の瞳からは、今度こそ張り詰めていた恐怖と緊張の糸が解け、ボロボロと温かい涙が溢れ落ちた。陽菜はママの元へと駆け寄り、その胸へと力いっぱい飛び込んだ。
「ママ……っ! ママ、すごぉい……っ! ありがとう……!」
「よしよし、怖かったわね、陽菜。もう大丈夫よ。あの男は、もう二度と私たちの前に現れないから」
かなは陽菜をぎゅっと抱きしめながら、アクアに向かって「さあ、お家に帰りましょ!」と、いつもの明るい星野家のママの声を響かせた。
檻の向こうから伸びてきたカミキの残影。その次世代を巡る戦いは、星野家の誰よりも強く、誰よりも家族を愛する星野かなの圧倒的な『現場でのフライング逆王手』によって、大きな悲劇を起こすことなく、最高の形で幕を閉じたのだった――。