10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
星野家のリビングには、どこまでも温かくて穏やかな、いつも通りの時間が流れていた。
「はい、陽菜。今日のご飯は、あんたの大好物の特製オムライスよ。卵、今度は大成功なんだから!」
「わぁっ、美味しそう! ママ、ありがとう!」
ダイニングテーブルの上に並べられた、湯気を立てるふわふわのオムライス。かなはエプロンを外しながら、満足げにふふんと胸を張る。その隣では、病院での勤務を終えて部屋着に着替えたアクアが、静かに淹れたてのハーブティーを全員の席へと置いていた。
「それにしてもさ……パパもママも、本当に極端なんだから」
陽菜はスプーンを握りながら、呆れたような、けれどどこか嬉しそうな視線を両親に向けた。
「昨日のパパの驚いた顔、本当にカメラで撮っておきたかったなぁ」
「……よしてくれ。俺だって、あそこまで完璧に先を越されるとは思っていなかったんだ」
アクアは苦笑しながら、淹れたてのお茶をすすった。かなは「なによ、文句あるわけ? あんたたちが頼りないから、私が助けてあげたんでしょ。ほら、冷めないうちに食べるわよ!」と口元を尖らせつつも、その頬を嬉しそうに赤く染めた。
「「いただきまーす!」」
スプーンを動かし、賑やかに交わされる他愛のない会話。
1周目の世界で、アクアが孤独な復讐の果てに命を落とし、残されたかなが涙に暮れていたあの絶望の未来。それを変えるために、かなが二回目の人生を懸けて繋ぎ止めたこの一本の糸が、今、こうして何気ない、けれど世界で一番愛おしい「星野家の団欒」という本物の奇跡を結んでいた。
アクアは、楽しそうに笑うかなと陽菜の姿を見つめながら、胸の奥が濁りのない純粋な幸福感で満たされていくのを感じていた。
もう、この温かい陽だまりを脅かす影なんてどこにも存在しない。言葉にしなくとも、今ここにある空気そのものが、星野家の完全な勝利と平穏を証明していた。
夕食を終え、お皿洗いを手伝い終えた陽菜は、リビングのソファに座るかなの元へと歩み寄った。
その小さな手には、学校の引き出しの奥から持ち帰ってきた、一枚の綺麗に折りたたまれたプリントが握られていた。
「……ママ。これ、見てほしいな」
「ん? なにこれ……学校の、演劇部の入部届?」
かなが不思議そうにプリントを受け取る。そこには、星野陽菜の名前と、はっきりとした筆跡で『演劇部希望』の文字が書かれていた。
「あのね、私、今回のことで本当によく分かったの。ママがパパを助けるために、どれだけすごくて、格好いいお芝居をして未来を変えてきたのか。……私、ママみたいな本物の役者さんになりたい。誰かを騙すための嘘じゃなくて、みんなを幸せにするための本物のお芝居を、一からちゃんと勉強したいの。……だからママ、私にお芝居を教えて」
陽菜は一歩踏み出し、かなの目を、そしてアクアの目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥で、かつてアクアやルビーが宿していたような暗い炎や復讐の漆黒の星ではない。「自分の意志で、大切な人を笑顔にしたい」という、眩いばかりに透き通った『純白の新しい星の光』が、力強く、美しく灯っていた。
「……ふん、言うじゃない。いいわよ、私の指導は身内だからって一切容赦しないんだから。有馬かなのすべてを、あんたのその身体に骨の髄まで叩き込んであげるわ!」
「うん! よろしくお願いします!」
大はしゃぎでかなに抱きつく陽菜と、それを愛おしそうに抱きしめ返すかな。
アクアはそんな二人の姿をカメラに収めることもなく、ただ一人の父親として、端でその眩しい光景を優しく、愛おしそうに見守っていた。
嘘がとびきりの愛であるこの世界で。
2周目の有馬かなが命を懸けて掴み取ったこの世界線の先では、もう悲劇の連鎖なんてどこにも存在しない。星野家の物語は、新しく生まれた小さな星の輝きと共に、これからもずっと、どこまでも眩しく、幸せに続いていく――。
次回、最終話