10秒で泣ける天才子役は2周目の人生では泣かない 作:M1tarash1
『東京ブレイド』の舞台本番。
客席を埋め尽くす超満員の観客の熱気が、ステージの袖にまで伝わってくる。
今回の私の役は、劇中劇の主人公の行く手を阻む強敵であり、同時に彼を陰から支える相棒の役でもある。
まさに、今のアクアと私の関係そのものだった。
ステージの裏、出番を待つアクアの表情は最悪だった。
あいつは今、アイが死んだあの日のトラウマを無理やり脳裏に引っ張り出し、自分の心をガリガリと削りながら「慟哭」の演技をしようとしている。
(バカね、本当にバカ。そんな風にしか、感情を爆発させられないなんて)
あいつの身体が、微かに震えているのを見逃さなかった。パニック発作の兆候。
1周目、あいつはここで倒れそうになりながら、命を削るようにして舞台をやり遂げた。
だけど――
「しっかりしなさい、星野アクア」
出番の直前、私はあいつの冷たくなった手を、舞台袖の暗がりのなかでギュッと力強く握りしめた。
「――え」
驚いて顔を上げたアクアの瞳に、私は有馬かなとしてのすべての包容力を込めて笑ってみせた。
「一人で逝かせないって言ったでしょ。あんたの苦しみも、絶望も、全部私がステージの上で受け止めてあげる。だから、安心して狂いなさい」
「有馬……お前……」
『本番、行ってください!』
スタッフの声と同時に、私たちは眩い照明の当たるステージへと飛び出した。
カツン、と刀のぶつかる音が響く。アクアの演技は、凄まじかった。
刃を交えるだけで、あいつの胸の奥にあるドス黒い復讐心と、アイを救えなかった後悔の念が、濁流のように私の身体に流れ込んでくる。客席の誰もが、その圧倒的な「リアルな絶望」に息を呑んでいた。
隣で演技をしている黒川あかねでさえ、アクアの放つ異様なプレッシャーに圧倒されかけている。
だけど、私はびくともしなかった。
(その程度の闇で、私を絶望させられると思ったら大間違いよ!)
私は1周目の記憶を持っている。
あいつがどれだけ孤独だったか、どれだけアイを愛していたか、そのすべてを知っている。
アクアが絶望の刃を振るうなら、私はそれを折るんじゃない。
もっと大きな、すべてを包み込むような「光の演技」で、あいつの刃を受け止めてやる。
「――お前は、一人じゃない!!」
台本にはない、けれどキャラクターの、そして私の本心の叫びがアドリブとなって口から飛び出した。
私の木刀が、アクアの刀を激しく弾き飛ばす。
その瞬間、アクアの瞳が大きく見開かれた。
あいつの頭の中に満ちていたはずのアイの死のトラウマが、私の放った圧倒的な演技の光によって、綺麗に塗り替えられていく。
絶望に沈んでいたあいつの心が、私の存在によって、強引に現世へと引き戻されたのだ。
舞台の上のアクアの目から、一筋の、本物の涙がこぼれ落ちた。
それは復讐のためではなく、救われた子供のような、純粋な涙だった。
割れんばかりの拍手が、劇場全体を包み込む。
ステージの幕が下りる瞬間、私は崩れ落ちるように膝をついたアクアに歩み寄り、その肩をそっと抱きとめた。
「私の勝ちね、アクア」
耳元でそう囁くと、アクアはもう私を疑うような目はしていなかった。
ただ、一人の迷子のような顔で、私の衣装の袖をぎゅっと握りしめていた。