推しの子×ジョン・ウィック物 作:ウィック好き
苺プロダクションに所属して、もうすぐ一年が経つ。
蓮はといえば、中学を卒業したばかりの十五歳にして、既に「アクション班のちょっとした問題児」という評判を確立しつつあった。
ちなみに、高校は私立陽東高校に入学している。俳優業に融通が効くのが最大の要因だった。
閑話休題、蓮自身に問題があるわけではない。むしろ真面目そのものだ。ただ、殺陣の稽古中に見せる動きが、あまりにも「本物」すぎるだけだった。
「――蓮くん、ちょっといい?」
スタジオの隅で、アクション監督の男が困り顔で手招きしている。呼ばれた蓮が近づくと、その後ろで共演者の一人――今日が殺陣初挑戦だという二十代の若手俳優が、青い顔で座り込んでいた。
「どうかしました?」
「いや、その……。さっきの型、もう一回、新人の子にも分かるように、ゆっくり見せてやってくれないか」
「はい、いいですよ」
蓮は軽い調子で頷くと、指示された立ち位置につき、木刀を構えた。相手役は先ほどの若手俳優――田村という名の、緊張の面持ちの青年だ。
「じゃあ、いきますね」
「は、はい……」
振り下ろされる木刀。田村がそれを受け止めた、次の瞬間には、蓮の体が沈み込むように懐に入り込み、木刀を絡め取るようにして田村の手首を軽く極めていた。田村の木刀が、からんと床に転がる。
「――え?」
田村本人が、何が起きたのか分かっていない顔をしている。
「はい、これで無力化完了です」
「い、いや、蓮くん。今の、台本にない動きだよね……?」
監督が恐る恐る口を挟む。蓮は不思議そうに首を傾げた。
「台本だと、ここで田村さんが体勢を崩す流れですよね。だったら、この方が自然に崩れるかなと」
「自然すぎるんだよ! あと、田村くんの手首、大丈夫?」
「あ、大丈夫です……多分」
田村が涙目で手首をさすっている。監督は額を押さえながら、深いため息をついた。
「あのね蓮くん。殺陣って、危なく“見せる”のが仕事であって、実際に危なくしちゃダメなの」
「そうなんですか」
「そうなの」
蓮は素直に頷いたが、正直なところ、体に染み付いた感覚と「見せる殺陣」の呼吸をどう擦り合わせればいいのか、まだよく掴めていなかった。前世――かどうかは分からないが――の記憶にある動きは、常に”相手を無力化すること”だけを目的にしている。危なく見せる、という発想そのものがそもそも存在しなかった。
それでも稽古を重ねるうちに、蓮は少しずつ「見せるための間」というものを覚えていった。もっとも、その過程で幾人もの共演者が涙目になったのは、もはや現場の風物詩と化しつつあった。
その日の稽古終わり、苺プロに帰り稽古終了と帰宅する旨を伝えて出た廊下で蓮は斉藤壱護に呼び止められた。苺プロの社長であり、業界でも一目置かれる敏腕プロデューサーだ。くすんだ金髪にサングラスという出で立ちは、初対面の人間には強面のスカウトマンとでも思われそうだが、身内に対する物腰はいたって砕けている。
「おう蓮、ちょっと面貸せや」
「あ、社長。お疲れ様です」
「今日の稽古、監督から聞いたぞ。田村のやつ、また泣かせたんだって?」
「わざとじゃないんですけどね……」
蓮が困ったように頭を掻くと、壱護はサングラスの奥で目を細め、口の端を上げて笑った。
「いやいや、ちげえよ。むしろ、その“わざとじゃない本物感”が、お前の武器だ」
「武器、ですか」
「殺陣なんてもんはな、突き詰めりゃ嘘なんだよ。危険を演じる嘘。けど、お前の動きには嘘がねえ。だからこそ、画面越しに見てる奴の心を掴む」
壱護はサングラス越しにじっと蓮を見た。
「まあ、共演者を怪我させねえ程度には、加減も覚えてもらわねえと困るけどな」
「善処します」
「おう、頼んだぞ」
軽く肩を叩かれ、壱護は去っていった。その背中を見送りながら、蓮はふと考える。
この人は、自分のこの動きをどこまで見抜いているのだろうか。単なる「才能のある新人」として見ているのか、それとも――。
考えても仕方のないことだと、蓮はすぐにその思考を打ち切った。深く考えるのは、性に合わない。
翌週の稽古では、田村が防具を二重にして臨んでいた。
「田村さん、それ、動きにくくないですか?」
「蓮くんに教わるからには、これくらいしないと命に関わる気がして」
「大袈裟ですよ」
「大袈裟じゃないんだよなあ……」
現場中に、乾いた笑いが広がった。それでも、この日の稽古を経て、田村の殺陣は見違えるほど様になっていた。本人いわく「本気で怖い思いをすると、演技に迫真味が出る」らしい。
こうして、蓮の「実戦殺陣」の噂は、良くも悪くも少しずつ苺プロ内外に広がっていくことになる。
主人公の名前は蓮ウィックです
まんまですね