自炊の合格点は、なんとなく美味しい。
鈴木智恵
罠だった。
私とサナが降り立った瞬間、ワラワラと地面から怪人や魔物が湧き出てきた。50、70、100、200……一体何匹いるのかわからない。
私が怪人一体は倒せても。その次がどうなるか………。
ああ、ダメだ。数の暴力には勝てない。
そう思った。
しかし、魔法少女サナは胸のブローチを軽く握り目をつぶると、周囲の景色が、ゆっくりになった。
鼓動の音すら、引き伸ばされたように聞こえる。
突然、サナは目を見開き、
「ハァーッ!」
と叫ぶと、周囲が光に包まれ、轟音と衝撃波が発生する。
怪人と魔物がゆっくりとかき消えながら吹き飛んでいく。
チリ一つ残さず、街並みだけが元通りに戻る。
世界最強の魔法少女サナはいつも通り涼しい顔でにこりと微笑み、私を見る。
「さあ、ドローンが来る前に早く帰ろ?」
私の手を引っ張り空へ飛び上がる。
私が来る意味、なんかあったかな?
ーーー
魔法少女サナは強すぎる。
そして性格もいい。
誰かが困っていれば手を差し伸べるし、怪人や魔物が現れれば一人で倒してしまう。
だから、この世界の人間にとって怪人や魔物というのは、恐ろしい存在ではあるものの、どこかたまに起きる災害くらいの認識だった。
交通事故に遭う確率より低い。
そんな認識になってしまえば、人間というものは、その災害を防いでくれている一人の少女について、深く考えたりはしない。
当然、サナを保護したり支援する団体はない。
サナが自炊ができなく、不摂生のために数年後に体を壊して死ぬことになって、はじめて人類はサナを支援するべきであった、と気づくが、その頃にはもう遅く、多くの人類は怪人や魔物のお腹の中なのだ。
だから、別の世界の日本から転生した私は、サナに自炊を叩き込まなければならない。
ーーー
いつものように人気の無い路地裏に降り立ち、変身を解除する。
可愛らしい14歳くらいの魔法少女の見た目から少しお姉さんになる、サナ、桜紗奈18歳大学生。メスガキ魔法少女の見た目から、普段着のメスガキに戻る私、鈴木智恵13歳中学生。
時計を見ると17時をまわっていた。
「そろそろ夕食の時間だね……」
さっさと別れて帰ろうと思ったら、サナが私の手を取った。鼓動が大きくなる。
「えっ、どうしたの急に?」
「チエちゃん……」
恥ずかしそうに顔を伏せながらもじもじしていた。
まさかとは思うけど、まさかの百合展開……いやー困っちゃうなぁー、ご褒美で来世は眼鏡っ子ハーレムということで神様に手を打ってもらっているしさ、サナみたいな可愛い子も悪くないしー、性格もいいしさ……
「夕食のメニューが思いつかないの! なんかない!?」
「いや、わかってたさ、そういうこと言ってくるって……くぅー!」
思わず天を仰ぐ。
神は死んだ。
いや、神はいる。
私がやらかす時を狙って落雷の準備をしている。
「どうしたのチエちゃん? 頭どこかぶつけた? もしかして怪人か魔物に?」
サナが本気で心配そうな顔で覗き込んでくる。その純粋な瞳に、少しだけ罪悪感が湧いた。私は何でもないと首を振った。
ーーー
「お邪魔します。サナさん、これキッチンにおいて」
私はそう言って、サナに買い物袋を渡した。
レジ袋の持ち手が指に食い込んで、少し赤くなっている。
「ありがとー! チエちゃんのご両親にも後でお礼言わないと」
「あー、それはややこしくなるから言わないで」
「?」
サナが不思議そうに首を傾げる。話をそらすように、私は買い物袋の中身を確認するふりをした。
私が材料をスーパーに買いに行き、先にサナには家に帰ってもらいお米を炊いてもらったのだ。
今日、私が一人で買い物をしてきた理由は、ビジョンで万馬券を当てたことによる義務だ。
義務というのは、遊ぶ金欲しさで万馬券を得るためにビジョン使ったのに神様に落雷撃たれなかったな、と思っていたのだが、購入した馬券の裏に、
ただし、自炊会費用は交互に支払うこと
と書かれていた。
今後、サナとの自炊会は交互に支払わないと神の怒りが私の頭に降り注ぐのだ。落雷的な意味で。
そうなると、サナと私が一緒にスーパーで買い物をすれば、レジを通る時に一緒にいる大学生のサナではなく、あからさまに子供の私の方が財布を出してお金を払っている姿は、不自然だ。
それに、サナが気にしてお金を取り出そうとするだろう。
例え、私の両親に、いつもサナの家で食べさせてもらっているから支払うように言われたと言っても。
そういう理由で私が買い物に一人で行ったのだ。
「今日はどんな料理を教えてくれるの?」
サナが目を輝かせて聞いてくる。この顔を見るたび、少しだけ肩の力が抜ける。そして、見た目どう見ても中学生、最悪小学生高学年の女の子に教えを乞う姿……。いや、逆にいいことか。いらん、プライドに邪魔されて聞けないより。
うん、サナの長所だよ。きっと。
「うーん、力が出るけどさっぱりした料理」
「なんだろー」
私は豚肉の入ったパックを見せる。
「豚の生姜焼きです」
「力出るぅー! でも、さっぱりしてる?」
「まあ、それはおいおいだね。
ところでね、豚肉の特徴はなんといっても疲労回復効果のあるビタミンB1が多いことが特徴! しかも高タンパクで肌ツヤも良くなる!」
「お肉はどれも同じだと思ってた」
「違うよ、全然違う。そして、味。濃すぎず、あっさりしすぎず。本当に癖の少ない味わいで大体の料理に合います。肉に困ったらとりあえず豚肉を買えばいいと個人的に思います!」
「豚しゃぶも豚スキも美味しいよね。親子丼の鶏肉を豚肉に変えた他人丼もあるしね」
「それで、今日はアメリカ産豚ローストンカツ用が100g98円の安売りでしたのでこれにしました。個人的に国産豚の方が臭みが少なく肉質が柔らかいのですが贅沢は言えません」
「このちっちゃく切れ目があるのは?」
「筋切りだよ。筋切りをしないとお肉を焼くと反ってしまうの。見た目も良くないし、火の通りも均一じゃなくなる。自分でやることもできるけど、時短です。後はお肉を叩きます」
「え? どうやって?」
「ほら、そこにあるの使えるじゃない?」
ちょうどサナの後ろにあるものを指差す。
「ああ、変身して拳でやるってこと?」
「魔法少女の力がなくても料理は誰でもできるの! 後ろの包丁!」
サナが変身して肉を拳で叩いたら、まな板やキッチンの台を巻き込んだ挽肉になるよ。
「あー、これ? 切れちゃうよ?」
サナの声に、微かな困惑が混じる。
「その反対のみねの部分。そこで軽く叩きます。包丁使えないサナでも包丁で叩くことはできるでしょ? 力一杯やらなくていいから、叩いてみて。刃の部分は気をつけてね」
サナが恐る恐る、みねの部分を肉に落とす。
トン、トンとテンポはゆっくり。でも、確実に。
「え、すごい、あんまり力入れてないのに、包丁が押し込まれた跡ができる。これ、簡単に薄くなっちゃうね。とんかつ用だから分厚いなと思ってたのに」
だんだん慣れてくると、早くなって来る。
トントントンと、早い手拍子のリズムを刻む。
「でしょ。包丁のみねも当然金属だから簡単にお肉を叩けるの」
とんかつ用のお肉二切れは、随分と薄くなり、生姜焼き用になった。
まあ、普段でも私はこれにバッター液とパン粉をかけてトンカツにするけど。厚いと火の入りが心配なんだよね……
「次は何やるの?」
「すりおろした玉ねぎに漬け込んだりしても美味しいんだけど、手がこむとキリがないし続かないから、これで焼いちゃおう……その前に合わせタレを作ります」
「合わせタレ?」
「事前に醤油とか砂糖を混ぜておいたものだよ。砂糖と醤油とお酒とみりんかな、あと生姜チューブ」
「え、何その適当な感じで入れちゃうの!?」
「あっ……、自炊歴が長いと、なんとなく分量が感覚でわかるんだよね。今日は甘いのがいいなとおもったら砂糖多めって」
「本当に、何歳なのチエちゃん……」
サナが呆れたように、でも、どこか楽しそうに目を細めていた。
「分量は概ねだけど、今日は二人前くらいで甘めに作ったから、砂糖は小さじ2、醤油は大さじ1、みりんは大さじ1、調理酒は大さじ1、生姜チューブは3センチくらいかな? あー、思い出した。生姜焼きのタレの黄金比1:1:1:1」
「何その黄金比?」
「砂糖と醤油とみりんと調理酒の比率。小さじ1、他全部大さじ1らしいよ。よくインターネットで語られたり、夕方の料理番組で出てくるよ」
「そんなのあるんだねぇー」
「まあ、どんな比率だろうと、最後は甘じょっぱめに出来上がって生姜の味が残ってそれなりに美味しければ、誰がなんと言おうと生姜焼きだよ」
「すごい雑!」
フライパンをコンロの上に置き、サラダ油を垂らす。
「フライパンにサラダ油大さじ1くらい入れて、火にかけます。火の強さは?」
「中火!」
私はにっこり笑うと、真剣そうな顔つきのサナがつられて笑顔になる。
「正解! 強火にすると焦げるし、フッ素樹脂のフライパンにも優しくないからね」
フライパンが温まり、サラダ油がフライパンの上で薄く広がり、サラダ油の匂いが立ってきた。
「フライパンがあったかくなって来たね」
「では、サナさんお肉を入れましょう。そぉーと、低い位置から入れないと油が跳ねるから気をつけてね」
サナが肉をそっと滑り込ませると、じゅわっと音を立てて油が弾けた。びくっと肩が跳ねる。
「うあ、いい音だね。焼肉の時の音!」
油跳ねに驚いた割に、目はすっかり楽しそうだった。
「お肉焼いてるしね。肉の側面見るとどんどん白くなってくるでしょ。そのうち上の端の方が白くなって来たら片面が焼けたので、ひっくり返してもう片面を焼きます」
「両方とも焦げ目がついてきた」
「はい、タレをこのままかけてください」
サナが渡された容器を、少しためらいながら傾けて、お肉の上にまんべんなくタレが降り注ぐ。タレが肉の上を流れ、じゅうっと泡と湯気を立てる。
「これもすごい音!」
「肉をひっくり返してタレを絡めて。タレにとろみを感じるまでは火にかけて」
「もういい?」
フライパンの熱気で、少し赤くなった顔を私に向けた。
「いいよ。火を止めて、皿の半分に乗せて」
「ここのスペースには?」
「千切りキャベツを乗せます。キャベツが千切りされてパック詰めされているやつ、コンビニで見たことあるよね。これ便利だよ。キャベツを消費しきれない一人暮らしの人とか、仕事終わりで何も調理したくないけど野菜はたっぷり食べたい時とか」
「チエちゃん、中学生、なんだよね?」
サナが苦笑いしてこちらを見る。私は聞こえなかったふりをした。
「それで、キャベツだけだと彩りが悪いので冷蔵庫にあるトマト……流石にこれは包丁で切るわ、いくらなんでも、ちぎって割れない。あと、ブロッコリースプラウト」
「ブロッコリースプラウト?」
「貝割れ大根の、ブロッコリー版。これは抗酸化作用に関係する成分が含まれていて、がん予防との関係も研究されてるんだよ! まさにがん予防の期待の星!
女性には乳がんや子宮がんなど、女性特有のがんがあって、特に乳がんは女性の約8人に1人は統計上経験することになるの。少しでも自分の発生率を下げるためにも、普段からバランスのよい食事、適度な運動、適正体重、禁酒、禁煙を心がけて、さらに抗酸化作用のある食品を摂るのがおすすめと言われ……」
「ちょっと待って……チエちゃん、すごい早口……」
ドードーと馬をなだめるようにサナが私の背中をさすり始めた。
「いやさ……サナさんが長生きできるようにね!」
サナがポカーンとしていた。
サナが不摂生で死ぬことは伏せていた。
前に、サナ自身に不摂生で死ぬことを伝えたらいいんじゃない、と神様に伝えたら、それだとサナの成長にならないからダメ、と却下された。
だから、私がビジョンで未来が見えることは黙っていた。
私は視線をトマトに逃がし、包丁を動かす。
「……えっと、ほら、前に言ってたじゃない。おばあちゃんになっても魔法少女続けるんでしょ? 生涯現役って」
「あ、言ってたね! チエちゃんよく覚えてるね」
「高齢になっても健康でいたいんでしょ。それならがん予防はしておく。
ブロッコリースプラウトに含まれる成分をしっかり摂りたいなら、生で、よく噛んで食べてね」
ブロッコリースプラウトを千切りキャベツの上に散らして盛り付ける。
「あと、この野菜に合うドレッシングは……醤油をだばっ」
「やめてー! またわからなくなる!」
「あーごめんごめん。醤油は大さじ……3くらいに、穀物酢が大さじ1.5、水大さじ3、砂糖大さじ2、胡麻油小さじ1……かな? これは後でメモに書いて渡すよ」
混ぜ終えたドレッシングを横に置いて、私はハッとする。
「それとすっかり作り忘れてたけど、味噌汁。
お湯をお椀で4杯分、沸騰させて、乾燥わかめを、これは好きなだけでいいけど、多すぎると大変なことになるから、ちょっと足りないんじゃないくらいにします。これに顆粒の和だしを大さじ1より少なめに入れて、あとはおたまの3分の1くらい味噌を取って、火を止めてからお湯に入れて溶かします。溶かし終わったら味見して、薄かったら味噌やダシをちょっと追加すればいいし、濃かったら水入れて薄めればいい。器に入れて出来上がり」
「すごく雑……。だけど、なんか簡単だね」
「そう。簡単じゃないと自炊は続きません」
ーーー
【実食!】
湯気の立つ皿がテーブルに並ぶ。生姜の香りと味噌汁の匂いが混ざって、部屋いっぱいに広がっていた。
「生姜焼き美味しいね! 切ってない一枚ままで噛みごたえあるし、それなのに程よく柔らかい。そして、この生姜の香りがいいよね。ご飯何杯でもいけそう。
だけど、付け合わせの野菜も美味しい!
すごく、さっぱりしていて、生姜焼きに合う! 力出て、さっぱりしているってこのこと!?」
私はにんまりと笑う。
「そのとおり!」
「本当に美味しい! それにしても、何このドレッシング!? 野菜こんなに美味しかった記憶ない!?」
「中華風ドレッシングかな?
中華要素、ゴマ油しかないけど」
「でも、千切りキャベツ余っちゃってるよね?
まあ、あのドレッシングがあれば……」
「これさ、ぶっちゃけ言うと、冷やし中華のタレなんだよね」
「えっ?」
「じゃーん、生ラーメン買ってます」
「でも、きゅうりとか、ハムとかない」
「頭硬いなー。冷やし中華は、というか、料理はもっと自由でいいんだよ。さっきのこのタレに合うと喜んでいた野菜やハムによく似たものが冷蔵庫に入っているじゃない」
「あっ、千切りキャベツにブロッコリースプラウト、ベーコン」
サナが冷蔵庫の中身を思い浮かべるように、視線を宙に泳がせる。
「もちろん、トマトも合うよね。美味しいよ」
「明日のご飯作るの、楽しみだなぁー」
サナが茶碗を抱えたまま、窓の外を見た。夕焼けの名残がまだ薄く空に残っていた。
きっと、明日の冷やし中華が楽しみなんだろうなあ……。
ーーー
【本日の夕食の栄養価】
・ごはん 150g
・豚ロース肉の生姜焼き(生肉約100gで調理)
・付け合わせの野菜(千切りキャベツ50gとブロッコリースプラウト1/4パック、トマト1/2個)
・わかめの味噌汁
栄養素 栄養価 充足率
カロリー 約644kcal 約32%
タンパク質 約28.3g 約57%
ビタミンC 約21mg 約21%
ビタミンB1 約0.9mg 約82%←ほとんど豚の生姜焼きの栄養!
βカロテン 約1,500μg 約38%
カリウム 約845mg 約33%
カルシウム 約135mg 約21%
鉄 約2.4mg 約24%
【アドバイス】
今日のメニューはとってもバランスがいいです!
読んでいただきありがとうございます。
自作の冷やし中華のスープが余っていて、ドレッシング代わりにサラダにかけたら、思い他美味しかった思い出が元ネタです。
市販の冷やし中華のスープは合うかわかりません。